第45話 陸泳ぐ白鯨と、熱湯ハリハリ鍋
ズズズズズズ……!!
地平線を埋め尽くす白い壁。 それは雪崩ではなく、巨大な生物の群れが雪を掻き分けて進む波だった。 『ランド・ホワイト・ホエール(陸白鯨)』。 体長30メートル。分厚い皮下脂肪で寒さを防ぎ、雪原を海水のように泳ぐ陸の王者だ。
「逃げましょうボルグさん! あんなの踏まれたらペシャンコです!」 「逃げる? 最高の出汁が向こうから泳いできたんだぞ」
ボルグは群れの先頭を泳ぐ、一際巨大な「ボス鯨」に狙いを定めた。
「鯨は捨てるところがない。肉も皮も内臓も、すべてが極上の食材だ。特にあの皮下脂肪……『本皮』は最高だ」
ボルグは魔剣グラムを構え、真正面から突っ込んだ。
「いくぞ、グラム。銛代わりだ」 『は? 銛? 待て、投げる気か!? 我は投擲武器じゃな……』
ブンッ!!
ボルグの剛腕から放たれた魔剣は、音速で回転しながらボス鯨の眉間へと飛翔した。 ドスッ!! 深々と突き刺さる。
「吊り上げるぞ!」
ボルグは魔剣に結びつけたワイヤー(以前、鋼鉄蜘蛛から奪った糸)を掴み、大地を踏みしめた。 『戦鬼流・一本釣り』。 数百トンある巨体が、強引に雪の中から引きずり出され、宙を舞った。
ドズゥゥゥンッ!!
ひっくり返ったボス鯨を見て、後続の群れは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
*
さて、調理だ。 ボルグは鯨を解体し、赤身の肉と、白く輝く皮下脂肪(本皮)を大量に切り出した。 そして、近くに自生していた、氷のように尖った植物を引き抜いた。 『アイシクル・ミズナ(氷柱水菜)』。 寒さで凍りつき、ガラスのように硬くなった巨大水菜だ。
「鯨鍋には水菜が欠かせない。こいつは硬いが、熱湯に通せば極上の食感になる」
ボルグが見つけたのは、氷河の割れ目から噴き出す温泉(間欠泉)の溜まり場。 ここを天然の鍋とする。 熱々の温泉に『千年醤油』と酒、砂糖を投入し、甘辛い出汁を作る。
「まずは脂(本皮)だ」
薄くスライスした白い脂身を、鍋に投入。 熱で脂が溶け出し、出汁にコクと深みが加わる。 そこに赤身肉と、山盛りの氷柱水菜を一気に放り込む。
グツグツグツ……。
水菜が鮮やかな緑色に変わり、少ししんなりとした瞬間が食べ頃だ。
「『陸白鯨の熱湯ハリハリ鍋』だ」
「ハリハリ」とは、水菜のシャキシャキした食感を表現した言葉だ。 リズが熱々の器を受け取る。
「ふーっ、ふーっ……! いただきます!」
ハフッ。 バリボリッ!!
「!?」
凄まじい音。 氷柱水菜は、火を通してもなお強烈な歯ごたえを残している。 だが、決して硬くはない。噛むと繊維がほぐれ、中から熱々の出汁がジュワッと染み出す。
「すごい音! シャキシャキを超えてバリバリです! でも、お肉と一緒に食べると……」
鯨の脂身が、口の中でトロリと溶ける。 その甘い脂が、淡白な水菜に絡みつき、最高のソースとなる。 赤身肉は噛みごたえがあり、野性味あふれる鉄分の味が、甘辛い出汁と相性抜群だ。
「これ、無限に食べられます! 脂っこいのに、水菜のおかげでさっぱりしてて……身体がポカポカしますぅ!」 「鯨の脂は保温効果が高い。これで当分は寒くないはずだ」
雪原のど真ん中、湯気を上げる天然の鍋を囲む二人。 その横で、温泉に浸かるグラムが黄昏ていた。
『……ふぅ』 『いい湯だ。……と言いたいところだが、お湯が醤油臭い。あと脂でギトギトする』 「手入れの手間が省けたな」 『だから! 我を「煮沸消毒」ついでに料理に使うな! 刃から出汁が出たらどうするんだ!』
鯨を平らげ、身も心も温まった一行。 極寒の地を越えた先に、ようやく大陸の切れ目が見えてきた。 次なる舞台は、未知の大陸か、それとも――?
「ボルグさん、あそこ! なんか空に浮いてる建物が見えませんか?」
リズが指差した先。 雲の切れ間から見えたのは、空中に浮かぶ巨大な神殿のような影だった。 以前、皇帝ネロと行った浮島とは違う。もっと禍々しく、人工的な気配。
「……ほう。あれは『魔界への門』か、それとも『古代文明の遺跡』か」
新たな章の予感。 キッチンカー戦鬼は、空飛ぶ遺跡の下へと向かう。




