第43話 氷中泳ぐ古代魚と、水晶キャビアの冷製カペッリーニ
氷の下で青白く光る物体。 ボルグが氷床に耳を当てると、ゴゴゴ……という地響きのような音が聞こえてきた。
「泳いでるな。氷の中を」 「えっ? 氷の中をですか? 水の中じゃなくて?」
リズが驚く足元で、突然氷が爆発した。
バゴォォォンッ!!
氷の破片と共に飛び出したのは、全身がクリスタルでできたような巨大なチョウザメだった。 『ダイヤモンド・スタージョン(金剛蝶鮫)』。 固い氷を水のようにすり抜けて泳ぐ、氷河の主だ。 その腹部は、はち切れんばかりに膨らんでいる。
「ビンゴだ。産卵期のメスだぞ」
ボルグは襲いかかるチョウザメの尾ひれを、紙一重でかわした。 チョウザメが氷に潜ろうとする瞬間、ボルグは魔剣グラムの柄で、氷の表面を強打した。
ガァァァァンッ!!
斬るのではない。打撃による「衝撃波」を氷の中に伝播させたのだ。 氷の中を伝わった衝撃は、逃げようとしていたチョウザメの脳天を直撃し、脳震盪を起こさせた。 プカ~、と氷の上に浮き上がってくる巨大魚。
「傷つけずに確保した。腹の卵が潰れたら台無しだからな」
*
ボルグはチョウザメの腹を慎重に裂き、中から黒く輝く魚卵の塊を取り出した。 一粒一粒が親指ほどもある、巨大なキャビアだ。 だが、問題があった。
「硬っ! これ、石みたいにカチカチです!」 リズが触って悲鳴を上げる。 「極低温で凍結されているからな。無理に解凍するとドリップ(汁)が出て味が落ちるし、このままでは噛めない」
ボルグは魚卵の塊をボウルに入れると、魔剣グラムを取り出した。 今度は熱くするのか? とグラムが身構える。
『おい、また焼くのか? もうヒビ割れるのは御免だぞ』 「いや、今回は『音』だ」
ボルグは魔剣の腹を指で弾いた。
キィィィィィン……。
美しく、高い金属音が響き渡る。 その音波を、凍ったキャビアに当てた。 すると、共鳴現象によって魚卵同士の結合が緩み、パラパラとほぐれ始めたではないか。 さらに、微細な振動が内部の氷の結晶だけを砕き、細胞を壊さずに「半解凍」の状態へと導いていく。
「よし、ほぐれたな。味付けだ」
ここで登場するのが、優勝賞品の『千年醤油』だ。 この醤油を少し垂らし、オリーブオイルとレモン汁で和える。
一方で、極細のパスタ「カペッリーニ」を茹で上げ、周りの雪山に突っ込んで一瞬で氷点下まで冷やす。 水気を切ったパスタに、宝石のようなキャビアを山盛りに乗せる。
「『水晶キャビアの冷製カペッリーニ・千年醤油仕立て』だ」
キラキラと輝く黒い宝石の山。 リズがフォークで巻き取り、口へと運ぶ。
「んっ……!!」
プチッ、プチッ、プチッ!! 口の中で小気味よい爆発が連続する。 硬すぎず、柔らかすぎない、絶妙なアルデンテの魚卵。 弾けた中から、濃厚でクリーミーな魚卵の旨味と、千年醤油の香ばしい塩気がトロリと溢れ出す。
「お、おいしぃぃぃ! プチプチ感がすごいです! 噛むたびに海が弾けます!」 「冷たいパスタが、キャビアの脂っこさを消してくれるだろう」
キンキンに冷えた麺と、濃厚なキャビアのコントラスト。 千年醤油の和のテイストが、全体を上品にまとめている。 高級食材の無駄遣いとも言える、贅沢すぎるキャンプ飯だ。
「はぁ……幸せ。寒さも吹き飛びます」 「塩分と脂質は、寒冷地での貴重なエネルギー源だ。残さず食え」
完食し、満足げな二人の横で、グラムだけが耳鳴りに苦しんでいた。
『……キーン。……キーン』 『自分の出した音が……頭の中で反響して止まらない。ずっとモスキート音が聞こえる』 「いい音色だったぞ。楽器としても優秀だな」 『我はチューニング・フォーク(音叉)じゃなァァァいッ!』
氷河エリアでの食料確保は順調だ。 しかし、この極寒の地には、キャビアやマンモスよりもさらに危険な「白い悪魔」が潜んでいるという。 吹雪の向こうから、甘いような、それでいて危険な香りが漂ってきた。




