第42話 凍れる巨獣と、灼熱の鉄板ステーキ
北の果て。 そこは、吐く息すら瞬時に凍りつく極寒の世界『ブリザード・ランド』。 視界は真っ白。猛吹雪が吹き荒れている。
「さ、さささ、寒いですぅぅ……! ボルグさん、私、カチンコチンになっちゃいます……!」 「動いてれば温まる」
防寒着ダルマになったリズが震える横で、ボルグは平然と腕まくりをしていた。 その視線は、氷壁の中に閉じ込められた「巨大な影」に向けられていた。
「見ろ。あれが天然の冷凍庫だ」
透き通る氷河の中に、巨大な牙を持つ獣が眠っていた。 『ペルマ・マンモス(永久凍土の巨象)』。 数千年前に氷河期を支配した王者が、生きたまま(正確には死んでいるが)氷漬けになり、極低温で保存されているのだ。
「す、すごい迫力……。でも、あんな分厚い氷、どうやって割るんですか? カチカチですよ?」 「割るんじゃない。溶かすんだ。……それも一瞬でな」
ボルグは魔剣グラムを抜いた。 外気はマイナス50度。金属製のグラムはキンキンに冷えている。
『……おい。寒い。マジで寒い。金属組織が収縮してキシキシ言うんだが。これ以上冷えると強度が落ちるぞ』 「安心しろ。今から温めてやる」
ボルグは魔剣に魔力を流し込んだ。 それも、これまでの比ではない量だ。
「『ヒート・ブレード(赤熱魔剣)』・最大出力」
ジュッ……! 魔剣の刀身が赤からオレンジ、そして白熱し、周囲の雪を一瞬で蒸発させる。 マイナス50度の世界に現れた、数千度の熱源。
『ギャアアアアッ!! 熱いッ! 急激な温度変化はやめろ! 金属疲労で割れるぅぅぅ! 膨張率が限界突破するぅぅ!』 「うるさい。これで切れば、解凍と調理が同時にできる」
ボルグは白熱する魔剣を構え、氷壁に向かって踏み込んだ。
ズバァァァンッ!!
一閃。 分厚い氷河が、熱したナイフを入れたバターのように抵抗なく溶け斬れた。 その刃は、中のマンモスにも達する。 極厚のロース肉を、氷ごと「焼き切った」のだ。
*
切り出されたのは、厚さ5センチ、直径50センチはある巨大なマンモス肉のステーキ。 断面は、魔剣の超高温によって一瞬で焼き固められ(シアリング)、肉汁が閉じ込められている。 中心部はまだ凍っているが、余熱でじわじわと解凍され、極上の「レア」状態へと変化していく。
「仕上げだ」
ボルグは、熱々の肉の上にスライスしたニンニクとバターを乗せ、最後に―― 優勝賞品の『千年醤油』を回しかけた。
ジュワァァァァァァッ!!!
雪原に響く爆音。 焦げた醤油の香ばしい匂いと、バターの甘い香り、そして数千年の眠りから覚めた獣肉の濃厚な香りが爆発的に広がる。 猛吹雪さえも吹き飛ばす、食欲の熱気だ。
「『太古のマンモス・ガーリックバターステーキ』だ」
リズが寒さを忘れてナイフを入れる。 スッ……。 表面はカリッと香ばしく、中はしっとりと赤い。 熟成肉特有のナッツのような香りがする。
「はふっ……あふっ! ……んん〜っ!!」
リズが頬を抑えて悶絶する。 美味い。 数千年の低温熟成によって、タンパク質がアミノ酸に分解され尽くしており、旨味が通常の肉の何十倍にも濃縮されている。 噛むたびに溢れる肉汁と、千年醤油の奥深いコクが、口の中で歴史的な出会いを果たしている。
「これ……お肉の味が濃いです! ビーフジャーキーを生肉にしたみたいに濃厚! 醤油バターとの相性が最強すぎます!」 「脂身も美味いぞ。氷河の冷たさで引き締まり、甘みが凝縮されている」
ボルグも豪快に食らう。 雪の中で食う熱々のステーキ。 身体の芯から熱エネルギーが湧き上がってくるようだ。
『……パキッ』
鞘に納められたグラムから、乾いた音がした。
『……なぁ。今、変な音がしたぞ。急激に冷やされたせいで、表面に微細なクラック(ひび)が入った気がするんだが』 「気のせいだ。それは肉が焼ける音だ」 『嘘つけ! もう焼いてないだろ! 焼き入れと焼き戻しを同時にやるな! 我は刀鍛冶の途中か!』
マンモス肉のパワーで寒さを克服した一行。 だが、この氷河にはマンモス以外にも、太古の何かが眠っているらしい。 リズがふと、氷の下に青白く光る「何か」を見つけた。
「ボルグさん、見てください! 氷の中に、大きな卵みたいなのが埋まってますよ?」 「……ほう? あれは『アイス・キャビア』の親玉か?」
次なる食材は、氷河の宝石。 極寒の地でのフルコースはまだ続く。




