第40話 粘着の横綱と、白き幻影(ファントム)のとろろ飯
準決勝の銅鑼が鳴る。 対戦相手は、身長3メートル、体重300キロの巨漢。 元・横綱にして、ちゃんこ料理の神と呼ばれる『雷電』だ。
「ドスコイ! わしの張り手で捏ねた納豆は、岩をも砕く粘着力を持つごわす!」
雷電が巨大な鉢の中で、ドラゴンの豆を発酵させた『竜納豆』を高速で撹拌している。 その糸は鋼鉄のワイヤーのように強靭だ。
対するボルグに用意された食材は、土の入った長い箱。 蓋を開けると、そこには黒く曲がりくねった、不気味な根菜が鎮座していた。 『スペクター・ヤム(怨霊自然薯)』。 地中を移動し、生き物の生気を吸う魔界の山芋だ。 その粘り気は強力な接着剤並みで、一度触れれば皮膚がただれるほどの「猛烈な痒み」成分(シュウ酸カルシウムの針)を放つ。
「うぅ……見てるだけで腕が痒くなってきました……」 リズが身震いする。
「山芋は粘りが強ければ強いほど美味い。だが、こいつは強すぎる。普通の調理器具では、粘りに負けて折れるか、痒みで料理人が死ぬ」
ボルグは魔剣グラムを抜いた。
「だから、直接触れずに調理する」 『は? 触れずに? どうやるんだ? 念力か?』
ボルグは魔剣を逆手に持ち、まな板の上の自然薯に向け、切っ先を突き立てた――寸前で止めた。 ブォォォォォォン……!
超高速の微振動。 以前、フジツボを剥がす時にも使った振動技だが、今回は桁が違う。 周波数を極限まで上げ、空気を振動させて「超音波カッター」を作り出したのだ。
「『ファントム・グレーター(幻影のおろし金)』」
ボルグが剣をスライドさせると、刃が触れていないはずの自然薯が、音もなく粉砕されていく。 超音波振動が細胞壁を破壊し、痒みの原因である針状結晶をも粉々に砕いているのだ。 ドロドロの液体ではなく、雪のようなきめ細かいペーストがボウルに降り積もる。
「痒み成分は旨味成分に変わる。完全に破壊された山芋は、空気を含んで雲のように膨らむんだ」
真っ白な「とろろ」が出来上がった。 これに合わせるのは、以前手に入れた『千年醤油(の試供品)』と、カツオ出汁、そして卵黄。
「リズ、麦飯だ!」 「はいっ! 食物繊維たっぷりの押し麦入りご飯です!」
熱々の麦飯に、真っ白なとろろをたっぷりとかけ、真ん中に卵黄を落とす。 最後に青海苔をパラリ。
「『怨霊自然薯の白き幻影とろろ飯』」
*
審査員の前に出されたのは、丼から溢れんばかりに膨らんだ白い雲。 将軍がレンゲを入れる。
「……重い!」
レンゲを持ち上げようとすると、とろろが強い弾力で糸を引き、ご飯ごと持ち上がる。 しかし、口に入れた瞬間。
フワァァァ……。
「消えた!?」
強烈な粘りがあるのに、舌の上で淡雪のように溶けた。 超音波でミクロ単位まで粉砕された自然薯は、噛む必要すらない。 濃厚な土の香り、出汁の旨味、そして卵黄のコクが、麦飯の一粒一粒を包み込んで喉を滑り落ちていく。
「痒みなど微塵もない! あるのは滋養強壮のエネルギーだけだ!」 「ズズッ! ズズズッ!」
将軍は咀嚼も忘れ、飲み物のようにとろろ飯を吸引した。 横綱・雷電の納豆も強力だったが、ボルグの「食感の魔法」には勝てなかった。
「勝者、ボルグ!!」
会場が揺れるほどの大歓声。 これで決勝進出だ。
控室に戻ったボルグは、魔剣グラムを丁寧に拭いていた。
『……おい。さっきから体がムズムズするんだが』 「気のせいだ。刃は触れてない」 『いや、超音波で飛散した芋の粒子が……ルーン文字の溝に入り込んで……痒い! 凄く痒いぞ! 金属なのに痒いってどういうことだ!』 「ポリポリ掻いてやろうか?」 『やめろ! 魔剣の威厳が台無しだ!』
いよいよ決勝戦。 相手は、この国最強の料理人にして、将軍の懐刀。 そしてテーマは、和食の真髄――『魚』。 しかし、用意されたのはただの魚ではなかった。 「神」の名を持つ、伝説の龍魚だった。




