第4話 旅立ちのキッチンカー ~魔剣はノコギリの夢を見るか~
翌朝。 宿の木賃部屋で、リズが目を輝かせて硬貨を積み上げていた。
「すごい……すごいですボルグさん! 昨日のメンチカツの売り上げ、材料費を引いても金貨3枚分ありますよ!」 「そうか。あの街の連中は脂っこいのが好きだからな」
ボルグは寝台の上で、愛剣の手入れをしていた。 と言っても、砥石で研ぐのではない。布に染み込ませたエタノールで、刀身についたラードのぬめりと玉ねぎの匂いを丹念に拭き取っているのだ。
『……おい、人間』 「なんだ」 『昨晩、夢を見た』 「剣が夢を見るのか」 『かつての主と共に、魔界の王の首を刎ねる夢だ。だが、その直後に貴様が現れて、魔王の首を大鍋に放り込み、「魔王鍋」にして食ってしまった。……我は泣いて起きたぞ』
ボルグは鼻を鳴らし、ピカピカになった剣を鞘に納めた。
「安心しろ。魔族の肉は筋張っていて不味い。俺は人間しか食わない魔物は食わん」 『そういう問題ではない!』
ボルグは窓の外を見る。 昨日の騒ぎで、ギルド内では「凄腕の料理人がいる」という噂と、「ヤバい剣を持ったオッサンがいる」という噂が同時に広まってしまった。 長居は無用だ。魔剣の正体がバレれば、教会や国軍が血眼になって追ってくる。
「リズ。金ができたなら、買う物がある」 「はい! 新しい包丁ですか?」 「いや。『馬車』だ」
*
街外れの中古馬車屋。 ボルグが選んだのは、屋根付きの頑丈な荷馬車だった。かつて行商人が使っていたもので、かなりガタが来ているが、広さは十分だ。
「これを改造する」 「改造、ですか?」 「ああ。荷台の横を跳ね上げ式にして、カウンターを作る。中にコンロと調理台を据え付ければ、どこでも店が開ける」
ボルグの構想はこうだ。 定住して店を構えるには、まだ資金も、何より「究極のメニュー」を作るための食材知識も足りない。 ならば、世界を旅しながら魔獣を狩り、その土地ごとの未知の味を探求する。 名付けて、『移動食堂・戦鬼』。
「素敵です! 私、看板娘兼、経理をやります!」 「頼む。俺は計算が苦手だ」
商談は成立した。 だが、馬車の修理は自分たちでやらなければならない。
ギギギ、ガガガ……。
裏の作業場で、奇妙な音が響く。 ボルグが魔剣グラムを、材木に押し当てていた。
『おい』 「……」 『おい貴様、まさかとは思うが』 「静かにしろ。集中力が切れる」
ボルグは魔剣の切っ先を数ミリだけ木材に食い込ませ、そのまま横にスライドさせた。 本来、剣は「引いて切る」ものだが、グラムの切れ味は物理法則を無視している。豆腐を切るように、分厚い樫の木が真っ直ぐに切断された。 カンナがけも不要なほど、断面はツルツルだ。
『我は魔剣だぞ! ノコギリではない! 大工道具ではない!』 『いい切れ味だ。これなら釘を使わず、宮大工のような組み木細工ができる』
ボルグは真剣な眼差しで、馬車の骨組みを補強していく。 釘の代わりに、余った魔獣の骨を魔剣で削り出し、栓として打ち込む。 魔剣の瘴気がわずかに木材に染み込み、腐食を防ぐ防腐剤代わりになっていた。
「すごい……半日で馬車が生まれ変わりました……」
夕暮れ時。 そこには、無骨ながらも機能美に溢れた、強固な装甲馬車が完成していた。 車輪にはサスペンション代わりにスライムの乾燥皮を噛ませ、悪路でも食器が割れない工夫が施されている。
「よし。これで出発できる」
ボルグは満足げに腕を組み、北の空を見上げた。
「北の方角――『未開の雪原』に、脂の乗った氷雪クジラ(アイス・ホエール)がいると聞いたことがある」 「クジラ……! お刺身ですね!」 「ああ。まずはそこを目指す」
長い旅路の始まりだった。 退役兵ボルグ。 食いしん坊の元冒険者リズ。 そして、世界を滅ぼす力を持ちながら、現在はまな板とノコギリの代わりをさせられている魔剣グラム。
奇妙な一行を乗せた馬車は、夕日の中、ゆっくりと動き出した。
『……なあ、一つ聞いていいか』 「なんだ」 『馬車はいいが、馬はどうした? これ、誰が引くんだ?』
ボルグは無言で、馬車の引き具を自分の肩にかけた。
「俺が引く」 『は?』 「普通の馬じゃ、魔物の群生地には入れんからな。俺が引いた方が速いし安全だ」 『……貴様、本当に人間か?』
ゴトゴトと車輪を鳴らし、「人間馬車」が街道を征く。 その背中には、まだ見ぬ美味への執念と、わずかな哀愁が漂っていた。




