第37話 発酵する斬撃と、猪肉の瞬殺味噌漬け
「かたじけない。……美味い」
浪人は竹筒ご飯を噛み締め、深く息を吐いた。 彼の名は十兵衛。 かつては城に仕える剣術指南役だったが、妖刀『赤味噌丸』に魅入られ、今は放浪の身だという。
「塩加減が絶妙だ。それに、この焦げ目……。貴殿、タダモノではないな」 「俺は屋台屋だ。……で、その刀の話を聞かせてもらおうか」
ボルグが視線を向けると、十兵衛は苦笑して腰の刀を撫でた。
「コイツは、斬った対象のタンパク質を、刀身に宿る『麹菌』の力で瞬時に分解し、赤味噌へと変質させる呪いの刀……。拙者が人を斬れば、その場が味噌蔵の匂いになるゆえ、仕官もできぬ」
『……便利すぎないか? それ呪いじゃなくて祝福だろ』 グラムが素でツッコミを入れる。
その時、地面がドドドッと揺れた。 竹林の奥から、巨大な影が突進してくる。 全身を鋼のような剛毛で覆われた、戦車級の猪――『アイアン・ボア(鋼鉄猪)』だ。
「ブモオオオオオッ!!」 「む、猪か。飯の礼だ。ここは拙者が」
十兵衛が立ち上がり、鯉口を切る。 その構えには一切の隙がない。
「参る! 秘剣・『味噌車』!!」
ズバァァァッ!!
抜刀と同時に、赤褐色のオーラが走った。 十兵衛の刀が猪の突進を真っ向から受け止め、すれ違いざまにその巨体を三枚におろした。 その瞬間――。
ムワァァァァッ……。 濃厚な、熟成された赤味噌の香りが竹林に爆発した。
「なっ!? 斬った断面が……もう茶色い!」 リズが驚愕の声を上げる。 切り落とされた猪肉は、血が滴るどころか、すでに一晩じっくりと味噌床に漬け込んだような、深い飴色に変色していたのだ。
「見事だ。血抜きの手間どころか、漬け込みの時間まで短縮するとは」 ボルグが感心して肉を拾い上げる。 肉質は麹の酵素で柔らかくなっており、指で押すと吸い付くような弾力がある。
*
ボルグは近くにあった大きな「朴葉」の葉を数枚拾い、焚き火の上に網を敷いて載せた。 その上で、味噌漬けになった猪肉を焼く。 追加の調味料はいらない。肉そのものが既に味噌ダレだからだ。 刻んだネギと、香り付けの柚子皮を散らす。
ジュウゥゥゥゥ……! チリチリチリ……。
味噌が焦げる香ばしい匂いが、先ほどの竹筒ご飯の香りと混ざり合う。 日本人(ジパング人)のDNAを直撃する、最強の和の香りだ。
「『鋼鉄猪の朴葉味噌焼き』だ」
朴葉の上でグツグツと煮える味噌と肉。 十兵衛は、差し出された熱々の肉を口に運んだ。
「……むぅッ!」
濃い。 赤味噌特有の強いコクと塩気が、野性味あふれる猪の脂と完全に融合している。 麹の力で柔らかくなった肉は、噛むたびに旨味のジュースを溢れさせ、それが焦げた味噌の香ばしさと共に鼻に抜ける。
「こ、これは……酒だ! 誰か熱燗を持って参れ!」 十兵衛が叫ぶ。 「ご飯にも合いますっ! これ一切れで、ご飯三杯いけます!」 リズも竹筒ご飯をおかわりする。
ボルグも肉を食らい、頷いた。
「いい仕事だ、侍。お前の刀、うちの厨房に欲しいくらいだ」 「ははは……。この呪いを『仕事』と言ってくれたのは、貴殿が初めてだ」
十兵衛は嬉しそうに笑い、愛刀・赤味噌丸を鞘に納めた。
『……なぁ』 グラムが、十兵衛の腰にある赤味噌丸に話しかける(念話で)。
『お前、毎日味噌まみれで辛くないか? ベトベトするだろ?』
すると、赤味噌丸から、野太く渋い声が返ってきた。
『否。……拙者は発酵が好きだ。カビが生えると興奮する』 『うわぁ……。こいつ変態だ。関わりたくないタイプだ』 「類は友を呼ぶな」
意気投合した(?)ボルグと十兵衛。 十兵衛は、この国の都で行われる「将軍主催の御前試合」に向かう途中だという。 その優勝賞品が、伝説の調味料『千年醤油』だと聞いて、ボルグの目の色が変わった。
「決まりだ。俺たちも都へ行くぞ」
味噌の次は醤油。 和の国の調味料をコンプリートするため、一行は都を目指す。




