第30話 泡沫(うたかた)の晩餐と、暴虐のギガ・バーガー
アンコウの肝の一件で噂になったボルグたちは、ある貴族の晩餐会に「余興」として招かれていた。 主催者は、美食男爵ガストロン。 シャンデリアが輝く大広間には、着飾った紳士淑女が集まっている。
「さあ皆様、本日のメインディッシュです。『朝露のサラダ、妖精の息吹添え』でございます」
ガストロンが恭しく蓋を開ける。 大きな皿の中央に、親指ほどの大きさの葉っぱが一枚と、白い泡がちょこんと乗っているだけだった。
「……えっ? これだけですか?」 リズが小声で呟く。 「おやおや、庶民には理解できませんか。この泡には、最高級ハーブの香りが閉じ込められているのです。舌ではなく、魂で味わうのですよ」
貴族たちは「おお、なんと繊細な……」と感嘆しながら、一口で食べ終えてしまった。 その後も出てくるのは、スプーン一杯のスープや、霧のようなソースだけ。
「お腹……空きました……。これじゃ試食コーナー以下です……」 リズが今にも泣き出しそうだ。 ボルグは腕組みをして、鼻を鳴らした。
「魂で味わうだと? 笑わせるな。食欲をごまかしているだけだ」 「なんだと? 野蛮な屋台料理人に何がわかる!」
ガストロンが激昂する。
「いいだろう。本物の『メインディッシュ』を見せてやる。場所を空けろ」
*
ボルグが会場の庭に引きずり込んできたのは、檻に入った巨大な牛の魔獣――『ギガント・バッファロー』だった。 全身が岩のような筋肉の塊。
「な、なんだその汚らわしい獣は!」 「こいつの肉は硬いが、赤身の味は世界一だ」
ボルグは魔剣を抜き、バッファローの首を一撃で落とすと、その場で肩ロースの部位を切り出した。 そして、肉塊を「挽く」のではなく、魔剣で叩いて「荒いミンチ」にする。 つなぎは一切なし。塩胡椒のみ。 それを大人の顔ほどもある巨大なパティに成形した。
「焼くぞ」
ボルグは庭に設置された巨大な鉄板(元は城門の補強材)をカンカンに熱し、パティを乗せた。
ジュゥゥゥゥゥッ!!
凄まじい音が響き、肉の焼ける匂いが庭園に充満する。 上品な香水など一瞬で吹き飛ばす、暴力的な肉の香りだ。
「ここが重要だ」
ボルグは魔剣グラムの平らな面(腹)をパティの上に押し当てた。 そして、全体重をかけてギュウウウウッと押し潰す!
『ぐえぇぇぇ! 熱い! 脂が跳ねる! 我を「重し」にするな! プレス機じゃないんだぞ!』 「黙ってろ! こうして押し付けて焼くことで、表面をカリカリに焦がし(メイラード反応)、肉汁を内側に閉じ込めるんだ!」
『スマッシュ・バーガー』の技法だ。 カリカリに焼けた表面。中から溢れ出ようとする肉汁。 それを、半分に切った巨大な丸パン(酵母スライムで発酵させた特製バンズ)に挟み込む。 野菜? そんなものはない。 あるのは肉とパン、そして溢れる脂だけ。
「『暴虐のギガ・バーガー』だ。手掴みで食え」
ドンッ! テーブルが軋むほどの重量感。 貴族たちは顔をしかめた。
「手掴みだと? 下品な! こんな野蛮なもの……」
しかし、一人の老紳士が、抗えない肉の香りに負けて手を伸ばした。 大きく口を開け、ガブリ。
バリッ! ジュワァァァァ……!
静寂。 次の瞬間、老紳士の目から涙が噴き出した。
「美味いぃぃぃッ! これだ! ワシが求めていたのはこの『噛みごたえ』だ!」
カリカリの焦げ目と、噛みちぎる快感。 口いっぱいに広がる野性味あふれる肉汁。 それをパンが受け止め、渾然一体となって喉を通り過ぎる「重み」。 それは、生きるためのエネルギーそのものだった。
「な、なんだこの満足感は……!」 「フォークなどいらん! もっと肉をくれ!」
会場はパニックになった。 ドレスを汚すのも構わず、貴族たちがハンバーガーに群がる。 上品な晩餐会は、一瞬にして肉汁飛び散るバーベキュー大会へと変貌した。
「ば、馬鹿な……私の芸術的なサラダが……」 呆然とするガストロンの口に、ボルグがバーガーをねじ込んだ。
「んぐっ! ……う、美味いッ! 悔しいけど肉汁が止まらないッ!」
*
完食。 満腹になって椅子にもたれかかる貴族たち。その顔は、先ほどまでの澄ました仮面が剥がれ、幸せそうに緩んでいた。
「ふぅ……生き返りました……! やっぱりお肉は正義です!」 リズも口の周りをソースだらけにして笑う。
「見た目や香りも大事だが、料理の本質は『食って満たされること』だ。忘れるな」
ボルグは魔剣についた牛脂を拭き取りながら、ガストロンに告げた。 ガストロンは脂まみれの手で敬礼した。
「参りました……! 私の負けです!」
『……おい。脂が……ルーン文字の溝に入り込んで取れない』 グラムが死んだような声で呟く。 『これ、しばらく獣臭いぞ……。聖剣の威厳が……』 「牛脂でコーティングされて刃通りが良くなるぞ」
こうして、美食の都に「ガッツリ系」の衝撃を与えたボルグ。 その名は一夜にして都中に広まった。 そして、その噂を聞きつけた「ある人物」が、ボルグに接触を図ろうとしていた。
美食都市の支配者。 『食の魔王』と呼ばれる男が。




