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戦鬼の厨房(キッチン) ~伝説の魔剣は、老兵の包丁になりたいようです~  作者: 九条 蓮夜


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第3話 冒険者ギルドと、悲哀のミンチカツ

辺境都市バルドラ。魔境に最も近いこの街は、一攫千金を夢見る冒険者と、彼らを目当てにした商人で常に賑わっている。


その正門で、ちょっとした騒ぎが起きていた。


「だーかーら!これは武器じゃないと言っているだろう」「いやいやいや!どう見ても禍々しいだろ!紫色の光が出てるじゃねえか!」


検問の衛兵が、青ざめた顔で槍を構えている。その視線の先にいるのは、巨大な背嚢を背負ったボルグだ。彼の腰には、相変わらず「殺してえ、血吸いてえ」と脳内でブツブツ言っている魔剣グラムが差さっている。


「これは……そう、実家から譲り受けた『記念の包丁』だ。ちょっと呪われているだけで、害はない」『誰が包丁だ!誰が!貴様、この街に入ったらまずこの衛兵を斬れ!手頃だ!』「うるさい」


ボルグがこめかみをピキピキさせていると、後ろからリズが助け船を出した。


「す、すみません衛兵さん!この方は私の命の恩人で……その、ちょっと変わった料理人さんなんです!」「リズじゃないか。お前が言うなら……いや、でもなぁ」


結局、ボルグが背嚢から解体済みのアイアン・ボアの牙(高値で売れる素材)を一本渡し、「通行料だ」とねじ込むことで、どうにか街へ入ることを許された。



「ここが冒険者ギルドか。懐かしい匂いだ」


酒と汗、安っぽい油の匂い。ギルドの扉を開けると、昼間からエールを煽る荒くれ者たちの視線が一斉に突き刺さった。新顔のオッサンと、見慣れない少女。そして、異様な気配を放つ剣。


ボルグは周囲の威圧など気にも留めず、カウンターへと歩み寄った。


「買取を頼みたい」「は、はい……素材を出してください」


受付嬢の前に、ドン、ドン、とアイアン・ボアの肉塊と皮、魔石を積み上げる。ざわめきが起きた。


「おい、ありゃ『鉄の猪』じゃねえか?」「あの新人が狩ったのか?いや、あのオッサンか?」


受付嬢が鑑定のモノクルを覗き込み、息を呑む。


「……信じられない。皮に傷がほとんどありません。関節部分だけを綺麗に切断してあるなんて……一体どんな達人が?」「俺だ」「えっ」


受付嬢はボルグの顔(無精髭の疲れた中年)と、素材を交互に見て、困惑した表情を浮かべた。そこに、空気を読まない野太い声が割って入った。


「おいおい、嘘ついてんじゃねえぞオッサン!」


酒瓶を持った大柄な男が、ぬっと現れた。背中には大剣。ランクBのプレートをぶら下げている。


「アイアン・ボアは俺たち『黒鉄の牙』でも手こずる相手だ。そんなナマクラ下げたロートルが、一人で狩れるわけねえ。どうせ、どこかの死体からくすねてきたんだろ?」「……」


ボルグは無視した。彼にとって、自分の武勇などどうでもいい。彼が気にしているのは、カウンターの奥に見える、ギルド併設の酒場の厨房だ。


「なぁ、姉ちゃん。あそこの厨房、少し借りられないか?」「は、はい?お貸しするのは構いませんが……」「無視すんじゃねえぞコラァ!」


Bランク冒険者がボルグの肩を掴む。その瞬間。


『殺せ!今だ!その腕を切り落とせ!首を刎ねろ!』


魔剣の殺意が爆発し、鞘から凄まじい瘴気が漏れ出した。酒場の気温が一度に下がる。男は「ひッ!?」と悲鳴を上げて飛び退いた。


「……五月蝿うるさいと言ったはずだ」


ボルグは男ではなく、腰の剣を睨みつけると、そのまま厨房へとスタスタ歩いていった。残されたのは、腰を抜かした男と、呆然とするギルド員たち。


「え、えーと……今から、料理の実演販売をします!」


リズが慌てて叫んだ。*


厨房に入ったボルグは、水を得た魚のようだった。取り出したのは、アイアン・ボアの肩肉。筋肉質で硬く、普通に焼いただけではゴムのように噛み切れない部位だ。


「硬い肉は、叩いて、刻むに限る」


ボルグはまな板の上に肉を置くと、魔剣グラムを抜いた。


『おい、ここは何だ。戦場か?いよいよ皆殺しか?』「調理場だ。ミンチにするぞ」『は?』


タタタタタタタタタッ!


目にも止まらぬ高速の刻み。神話の時代、ドラゴンの首を落とした切っ先が、今は豚肉と玉ねぎを微塵切りにしている。魔剣の重さと切れ味が、硬い筋繊維を一瞬で断ち切り、滑らかなペースト状に変えていく。


『やめろォォォ!目が!玉ねぎが目に沁みるぅぅ!我、剣なのに!』「つなぎは卵と、すり下ろした。隠し味にナツメグだ」


練り上げた肉種を小判型に整え、パン粉をまぶす。たっぷりのラードを熱した大鍋へ、静かに投入。


ジュワアアアアアアッ……!


心地よい揚げ音が酒場に響き渡る。同時に、暴力的なまでの香ばしい匂いが広がった。肉の脂と、揚げ油の混ざり合った匂い。空腹の獣たち(冒険者)には劇薬だ。


「な、なんだあの匂いは……」「腹が減ってきやがった」


先ほど絡んできた男も、ゴクリと喉を鳴らしている。ボルグは揚げたてのカツをザクッ、ザクッと切り分け、山盛りのキャベツと共に皿に盛った。


「『鉄猪アイアン・ボアの特製メンチカツ』だ。一個銅貨5枚。食いたい奴は並べ」


一瞬の静寂。次の瞬間、我先にと男たちが殺到した。


「う、美味ぇぇぇぇッ!」


最初に食べた男が絶叫する。サクサクの衣を突き破ると、中から熱々の肉汁が噴水のように溢れ出す。本来なら硬くて食えない部位が、魔剣による超高速微塵切りによって、口の中で解けるほど柔らかくなっているのだ。玉ねぎの甘みが、肉の旨味を倍増させている。


「なんだこれ、飲めるぞ!?肉なのに飲み物みたいだ!」「オッサン!俺にもくれ!エールもだ!」


厨房は戦場と化した。次々と上がる注文。ボルグは魔剣を振るい、次々と肉をミンチにし、揚げていく。


『屈辱だ……!歴戦の英雄たちが並んで、我の切った肉をねだっている……!こんなの、魔剣の仕事ではない……ッ!』「いい働きだ、グラム。お前のおかげで、開店資金が稼げそうだ」『褒めるな!死ね!……あ、そこ脂が残ってるからもっと丁寧に拭け!』


こうして、老兵ボルグの「戦鬼の厨房」は、開店資金稼ぎの屋台営業から、伝説の一歩を踏み出すことになった。その日のギルド日誌には、こう記されている。『謎のオッサン来訪。メンチカツにより、冒険者の半数が職務放棄』と。


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