第24話 動く島亀と、究極の黄金塩ラーメン
視界いっぱいに広がるエメラルドグリーンの海。 白い砂浜。 南国の太陽が燦々(さんさん)と降り注いでいる。
「海だぁぁぁーっ! すごーい! 綺麗ですぅぅ!」
リズが波打ち際を走り回る。 重苦しい沼地から一転、天国のような光景だ。 だが、ボルグは海を見ず、水平線に浮かぶ「ある一点」を凝視していた。
「……いたぞ。あれだ」
沖合に、岩山のような島が浮かんでいる。 いや、島ではない。ゆっくりと移動している。 全長数キロメートルにも及ぶ超巨大な亀――『島亀』だ。 その甲羅には長い年月をかけて森ができ、独自の生態系すら築かれている「生きた大地」である。
「えっ、あれが亀さんなんですか? 大きすぎます!」 「あいつの甲羅には、特殊な『フジツボ』が寄生している。それが狙いだ」 『フジツボだと? あんなデカ物相手に、小粒な貝拾いか?』
魔剣グラムが拍子抜けした声を出すが、ボルグは真剣だ。
「ただのフジツボじゃない。『旨味フジツボ』だ。亀の魔力を吸って成長し、その身には貝類最強のコハク酸と、海藻のようなグルタミン酸が凝縮されている」 「うまみ……ふじつぼ……?」 「要するに、あいつを煮込めば『究極の出汁』が取れる」
*
ボルグはキッチンカーを浜に待機させ、小船(というか、ヒドラの皮で作った即席カヌー)で島亀へと接近した。 近づくと、その巨大さに圧倒される。甲羅の縁は断崖絶壁のようだ。 そして、その喫水線付近に、大人の背丈ほどもある巨大な岩のようなフジツボがびっしりと張り付いていた。
「これだ。だが、こいつらは頑固だぞ。普通の工具じゃ剥がれん」
ボルグは船の上で立ち上がり、魔剣をフジツボの根元に差し込んだ。
『……おい。言っておくが、テコの原理で俺を曲げるなよ? 折れるぞ?』 「安心しろ。力じゃやらない。『振動』だ」
ブォォォォォン……! 魔剣を超高速振動させる。 フジツボと甲羅の接着面にある接着セメントを、振動熱で溶解させるのだ。
「フンッ!」
バキッ、ボロッ! 巨大なフジツボが綺麗に剥がれ落ちた。 すると、島亀が低い声で『グオォォォ……』と唸った。 怒っているのではない。気持ちよさそうだ。 寄生虫を取ってもらって、感謝しているらしい。
「よし、どんどん剥がすぞ。これは亀にとってもエステみたいなもんだ」
ボルグは次々とフジツボを収穫していく。 船が沈みそうになるほど大量の「出汁の素」を手に入れ、浜へと戻った。
*
浜辺での調理開始だ。 巨大なフジツボの殻を割り、中からプリプリの身を取り出す。 それを、昆布(道中で拾った海藻)と共に大鍋の水へ投入し、火にかける。
コトコトコト……。
沸騰させないように、じっくりと煮出す。 やがて、鍋の湯が美しい黄金色に染まり始めた。 磯の香りと、濃厚な貝の出汁の香りが広がり、リズがくんくんと鼻を鳴らす。
「いい匂い……! お吸い物みたいです!」 「ここに塩をひとつまみ。余計な味付けはいらん。この出汁だけで勝負できる」
ボルグは、手打ちの細麺(小麦粉と塩とかんすい代わりの重曹で作った)を茹で上げ、器に盛る。 上から黄金のスープをたっぷりと注ぎ、具材にはフジツボの身と、彩りのネギ、そして香り付けの柚子(のような柑橘)の皮を散らす。
「『島亀の黄金塩ラーメン』だ」
澄み渡るスープ。油は一切浮いていないが、素材から出た旨味成分が濃厚な輝きを放っている。 リズは麺を啜り上げた。
ズルズルッ……。
「んんっ……!!」
リズが目を見開き、動きを止めた。 衝撃的な旨味の津波。 あっさりしているのに、味が深い。身体の細胞の一つ一つに、海の恵みが染み渡っていくようだ。
「お、美味しいぃぃ! スープが、スープが止まりません! 飲み込むのが勿体ないくらい!」 「貝のコハク酸は、舌にいつまでも残る『後引く旨味』が特徴だ。ずっと美味いだろう?」
ボルグも丼を持ち上げ、スープを一滴残らず飲み干す。 「ぷはっ。……やはりラーメンは出汁が命だな」
浜辺でラーメンを啜る二人を、沖合の島亀がのんびりと見守っていた。 背中が軽くなって、心なしか泳ぐ速度が上がっているようだ。
『……おい』 グラムが、磯の香りを漂わせながら呟いた。
『我、さっきフジツボを剥がす時、亀の甲羅の苔も一緒に擦ったせいで、全身が緑色なんだが』 「海藻パックだと思え。錆止めになる」 『美容意識高いかよ! ベトベトするから海で洗ってくれぇぇ!』
究極の出汁を手に入れたボルグたち。 だが、海にはまだまだ未知の食材が眠っている。 リズがふと、海面を指差した。
「あ、ボルグさん! なんか綺麗な虹色の魚が跳ねてますよ!」 「……ほう? あれは『レインボー・カツオ』か。叩きにすると美味そうだ」
南国リゾート編、まだまだ続きます。




