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戦鬼の厨房(キッチン) ~伝説の魔剣は、老兵の包丁になりたいようです~  作者: 九条 蓮夜


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第22話 太陽の国王と、無限再生のタンドリー

決勝の舞台。  そこには、二つの巨大な「金網の檻」が設置されていた。  中には、全身から紅蓮の炎を噴き上げる美しい鳥――『不死鳥フェニックス』が鎮座している。


「ガァァァァァッ!」


 鳥が鳴くたびに熱波が客席まで届き、観客が悲鳴を上げる。  この灼熱の怪物を、どうやってカレーにするというのか。


「フハハハ! どうしたボルグよ、怖気づいたか!」


 対戦相手である国王、ラジャ・マハルが腕組みをして笑う。  筋肉隆々の肉体に、王冠ではなくターバンを巻いた、まさにスパイスの王。


「不死鳥は、死ぬ瞬間に自らを焼き尽くし、灰から蘇る。普通に殺せば肉は残らん。灰のカレーが出来上がるだけだ」 「……面倒な食材だ」


 ボルグは檻の前で腕組みをした。  殺しても肉が消える。生きたまま捌こうにも、体表温度は千度を超える。


「余がお手本を見せてやろう!」


 国王が動いた。  彼は両手に大量のスパイス(特に冷却効果のあるカルダモンとミント)を纏わせ、檻の中へ飛び込んだ。


「王家秘伝! 『鎮魂のスパイス・マッサージ』!」


 ドガガガガッ!  拳のラッシュ。だが、それは攻撃ではない。  超高速でスパイスを鳥の経絡ツボに叩き込み、荒ぶる炎を「鎮火」させているのだ。  炎が弱まり、大人しくなった不死鳥から、国王は手際よく肉を切り出していく。  正統派にして、王者の力技だ。


 一方、ボルグ。  彼は鎮めるどころか、バケツ一杯のヨーグルトとスパイスを混ぜ合わせたペーストを作り、それを魔剣グラムにたっぷりと塗りたくっていた。


『……おい。何をしている』 「マリネだ」 『我にか? 我をタンドリーチキンにする気か? ベトベトして気持ち悪いぞ!』


 ボルグは黄色のペーストでコーティングされた魔剣を構え、檻を開け放った。


「来い。遊んでやる」


 キィィィィンッ!


 解き放たれた不死鳥が、怒り狂ってボルグに突っ込む。  全身が業火と化している。触れれば炭化する突撃だ。


「遅い」


 ボルグは半歩避け、すれ違いざまに剣を一閃させた。


 ジュワッ!


 斬撃と同時に、香ばしい煙が上がる。  ボルグは、不死鳥を「殺さずに」、翼の筋肉だけを薄く削ぎ落としたのだ。  そして、その切断面には、魔剣に塗られたヨーグルトとスパイスが瞬時に擦り込まれる。


 ――再生。  不死鳥の傷は一瞬で塞がる。  だが、ボルグは止まらない。  翼、もも、胸。  攻撃をかわしながら、全身のあらゆる部位を薄く削ぎ落としていく。


『熱い! 熱いぞ人間! だが、ヨーグルトが守ってくれている……のか!?』 「不死鳥の炎は、最強のオーブンだ」


 ボルグの狙いはこうだ。  斬った瞬間、肉は不死鳥自身の体温(業火)で焼かれる。  通常なら炭になるが、事前に剣に塗ったヨーグルトの被膜と水分が、一瞬だけ肉を保護し、同時にスパイスを浸透させる。  切り落とされた肉片が空中に舞う頃には、すでに「完璧に火が通ったタンドリー・ミート」になっているのだ。


 空中に舞う、黄金色の肉片。  それをリズが皿を持って走り回り、ナイスキャッチしていく。


「あちちっ! でもいい匂いです! お肉が勝手に焼けて降ってきます!」 「肉は確保した。あとは煮込むだけだ!」


 ボルグは集まった肉を、トマトとバターを溶かした鍋へ投入した。  肉にはすでにフェニックスの火の味が染み込んでいる。


 グツグツグツ……。  鍋が赤く輝き出した。  コンロの火ではない。肉そのものが熱を発し、カレーソースを内側から加熱しているのだ。


「完成だ。『不死鳥の無限インフィニティ・バターチキンカレー』」


          *


「「食戟しょくげき終了!!」」


 銅鑼ドラが鳴り響く。  審査員席には、二つの「光るカレー」が並べられた。  国王のカレーは、太陽のように眩い黄金色。  ボルグのカレーは、マグマのように脈打つ真紅。


 審査員たちが、震える手でスプーンを伸ばす。  まずは国王のカレーから。


「おお……! 王道にして至高! スパイスの配合が完璧だ!」 「炎を鎮めたことで、肉が驚くほど柔らかい!」


 高得点を確信する国王。  次に、ボルグのカレー。  スプーンを近づけると、カレーの表面がボコッと泡立ち、小さな火柱が上がった。


「な、なんだこれは……熱くて食えんのでは?」


 恐る恐る口に運ぶ。


「――ッ!?」


 審査員たちの体が、カッと赤く染まった。  辛いのではない。  生命力が、流れ込んできたのだ。


「肉が……生きている! 口の中で再生しようとしている!」 「ヨーグルトの酸味が、不死鳥の猛烈な脂を中和し、バターのコクと融合している……!」 「何より、この『燻製』のような香り! 自身の炎で焼かれた肉の香ばしさが、スパイスの次元を超えている!」


 不死鳥は「生きる炎」だ。  その炎を消さず、むしろ調理の熱源として利用したボルグの発想。  それは、「命をいただく」という料理の根源を、暴力的なまでに体現していた。


 会場が静まり返る。  そして、審査員長がゆっくりと口を開いた。


「……勝者。戦鬼ボルグ」


 国王ラジャ・マハルが、目を見開き、それから豪快に笑い出した。


「フハハハハ! 見事だ! 余の炎を、料理の火力として使うとはな!」


 国王が歩み寄り、ボルグの手をガッチリと握った。


「約束だ。優勝賞品『マグマ・ペッパー』は貴様のものだ。そして……余のカレーも食っていけ! 美味いぞ!」 「……ああ、頂こう」


 大団円。  リズが賞品の巨大な赤いスパイス瓶を抱えて喜ぶ横で、魔剣グラムだけがぐったりとしていた。


『……風呂に入りたい。ヨーグルトでカピカピだ。アリが来る……』 「後で王宮の噴水で洗ってやる」


 こうして、スパイスの王国での激闘は幕を閉じた。  手に入れたのは、一振りで汗が噴き出る伝説の唐辛子。  だが、ボルグの旅はまだ終わらない。  西には『美食の都』が、南には『深海の食材』が待っている。


 キッチンカー『戦鬼』は、新たな味を求めて、夕日の中を走り出すのだった。

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