第21話 準決勝の絶叫と、沈黙のグリーンカレー
『国王杯・カレー武闘会』準決勝。 勝ち残った4名の中に、『戦鬼の厨房』ボルグの姿はあった。
「準決勝の相手は、王宮筆頭錬金術師にして『香りの魔術師』、エルリックだ!」
対戦相手は、白衣を纏い、片眼鏡をかけた神経質そうな優男だった。 彼の周りにはフラスコや試験管が並び、スパイスをミリグラム単位で調合している。
「フン、野蛮な料理人ですね。料理は科学です。貴方のような力任せの男に、繊細な香りの芸術が作れるとは思いませんが」 「御託はいい。食材はなんだ」
司会者が布を取る。 そこに現れたのは、土の入った植木鉢だった。 植わっているのは、不気味な人の顔のような根を持つ植物――『マンドラゴラ(人面根)』だ。
「課題食材はマンドラゴラ! 引き抜くと即死級の悲鳴を上げる魔界の根菜だ! こいつを『悲鳴を上げさせずに』調理し、究極のカレーを作れ!」
会場がざわめく。 マンドラゴラは滋養強壮に効く万能薬だが、その悲鳴を聞けば精神が崩壊する。調理するには、特殊な耳栓か、強力な防音結界が必要だ。
「ハッ! 私なら簡単です」
エルリックは紫色の液体が入ったフラスコを取り出した。 一滴、葉に垂らす。 するとマンドラゴラは「スヤァ……」と眠ってしまった。
「睡眠薬で眠らせてから引き抜く。これが知性ですよ」 エルリックは優雅にマンドラゴラを引き抜き、刻み始めた。
対するボルグ。 彼は耳栓もせず、薬も使わず、ただ魔剣グラムの柄に手をかけた。
『おい! 耳栓をしろ! 我に耳はないが、刀身が振動して気持ち悪いんだよ!』 「必要ない」
ボルグは植木鉢の前に立つと、深く息を吸った。
「悲鳴を上げる『暇』を与えなければいい」
ザンッ!
誰もが見えなかった。 ボルグが剣を抜いた次の瞬間、マンドラゴラはすでにまな板の上で、ペースト状のミンチになっていたのだから。
「……は?」 エルリックがフラスコを取り落とした。
マンドラゴラは、自分が引き抜かれたことにも、刻まれたことにも気づいていなかった。 悲鳴を上げるための声帯(繊維)が、音を発する前に寸断されたのだ。 『音速』を超えた解体。 そこには、ただ静寂だけがあった。
『……ふぅ。危なかった。今、我の切っ先が音速の壁を超えたぞ』 「新鮮なうちにペーストにするぞ。マンドラゴラは空気に触れるとえぐみが出る」
ボルグは、鮮やかな緑色になったマンドラゴラのペーストを、すり鉢へ移した。 そこに、青唐辛子、レモングラス、そしてココナッツミルク代わりの『パーム・スライムの体液(甘くて濃厚な乳液)』を投入する。
ジュワワワワッ……。
鍋からは、爽やかで、しかし鼻の奥をツンと刺激する強烈な香りが立ち上る。 マンドラゴラ特有の泥臭さは、ボルグの神速の処理によって「大地の香り(ハーブ)」へと昇華されていた。 煮込む具材は、以前狩った『アイアン・ボア』のバラ肉と、素揚げしたナス。
「完成だ。『マンドラゴラと鉄猪の、沈黙グリーンカレー』」
*
審査の時間。 エルリックのカレーは、計算し尽くされた完璧な調合のカレーだった。 「素晴らしい! 薬効成分が完全に抽出されている!」と審査員も絶賛する。
だが、ボルグのグリーンカレーを口にした瞬間、審査員たちの顔色が変わった。
「……!!」
辛い。 青唐辛子の突き抜けるような辛さ。 しかし、その直後に訪れる、マンドラゴラの圧倒的な「生命力」の味。 エルリックのマンドラゴラが「薬」のような味だったのに対し、ボルグのそれは「野菜」として生きていた。
「細胞が……生きている! マンドラゴラが口の中で『美味い!』と叫んでいるようだ!」 「死んでなお活かす……これぞ神業!」
辛さに汗を流しながらも、スプーンが止まらない。 パーム・スライムの濃厚な甘みが、激辛の緑色ソースを優しく包み込み、中毒性を生んでいる。
「勝者! 『戦鬼の厨房』ボルグゥゥッ!」
「ば、馬鹿な……私の計算が……科学が……」 膝をつくエルリック。
ボルグは彼を見下ろし、静かに言った。
「料理は計算だが、最後は鮮度だ。悲鳴を上げさせるようじゃ、二流だな」
決勝進出。 リズが泣きながら抱きついてくる。 だが、ボルグの視線は厳しかった。 決勝の相手。それは、特別シード枠で待ち構えている、この国の最強の料理人。
国王、ラジャ・マハル。 彼が玉座から立ち上がり、ニヤリと笑った。
「余を楽しませてくれるな、異国の料理人よ。……決勝のテーマは『不死鳥』だ」
まさかの伝説級食材の登場に、魔剣グラムが鞘の中で白目を剥いた(ような気配がした)。
『フェニックスだと!? 焼いても死なんぞあいつ! どうやって調理するんだ!』 「何度も焼けるなら、焼き放題ってことだろう」
国王との頂上決戦。 スパイスの国の伝説が、いよいよクライマックスを迎える。




