第20話 爆炎の魔導師と、鋼鉄肉のキーマカレー
『国王杯・カレー武闘会』本戦会場。 王城の前の巨大な闘技場は、数万の観衆の熱気で揺れていた。
「第一回戦! 西のブロックから勝ち上がったのは、『爆炎の料理人』イグニスだぁぁッ!」
ドカァァンッ! 派手な爆発と共に、赤いローブを纏った男が登場する。 彼は掌から炎を出し、観客に投げキッスを送った。
「フン、相手は誰だ? 剣を下げた素人か。黒焦げにしてやるよ」 「対するは、予選をダントツで通過した謎の屋台! エントリーネーム『戦鬼の厨房』! 店主、ボルグだぁぁッ!」
ボルグはエプロン姿で静かに調理台の前に立った。 腰の魔剣グラムは、さっきのタマネギのみじん切りで目が痛いのか、鞘の中でしくしくと泣いている。
「テーマ食材はこれだ! 『鋼鉄牛』のロース肉!」
ドンッ、と置かれたのは、タイヤのように硬く、赤黒い肉塊だった。 鋼鉄牛。その肉は岩のように硬いが、長時間煮込めば極上の旨味が出る。しかし、制限時間はわずか一時間。普通の鍋では到底柔らかくならない。
「ハッ! 俺の『地獄の業火』なら、圧力鍋など不要だ!」
イグニスが呪文を唱えると、鍋が真紅の炎に包まれた。 魔法による超高温調理。通常の数倍の速度で肉が煮込まれていく。 会場から「おおっ!」と歓声が上がる。
対するボルグは、肉をまな板に置くと、魔剣を抜いた。
「煮込む時間はない。なら、挽くしかない」 『おい。まさか』
ボルグは魔剣を逆さに持ち、柄頭の方を向けた。 そして、傍らにあるホールのスパイス(カルダモン、クローブ、シナモン)の山を指差した。
「まずはスパイスを砕く。石臼代わりだ」 『ふざけるな! 我の柄頭には高貴な宝石が埋め込まれているんだぞ! そんなもので種を潰すな!』
ガリッ、ゴリッ、バキッ!
ボルグは無視して、魔剣の柄でスパイスを粉砕した。 挽きたての鮮烈な香りが弾ける。 市販のパウダーとは違う、荒々しくも力強い香りだ。
「次は肉だ」
ダダダダダダッ!
今度は刃を使い、鋼鉄のような肉を超高速で叩き切る。 硬い筋繊維を寸断し、完全なミンチにするまで数秒。 そこへ、すり下ろしたニンニク、ショウガ、そして先ほど砕いたスパイスを揉み込む。
「いくぞ」
中華鍋に多めの油を熱し、スパイスの香りを移す(テンパリング)。 そこへ、ミンチ肉を一気に投入。
ジュワアアアアアアッ……!!
爆音のような炒め音。 煮込むのではない。強火で炒めることで、肉の旨味を閉じ込め、スパイスの香りを爆発させるのだ。 飴色タマネギとトマトペーストを加え、水分を飛ばしながら練り上げる。
「完成だ。『荒挽き鋼鉄牛のドライ・キーマカレー』」
*
審査員の前に、二つの皿が並べられた。 イグニスの皿は、魔法で柔らかく煮込まれた王道の欧風カレー。 ボルグの皿は、ゴロゴロとした肉感が残る、汁気のないキーマカレー。上には半熟の目玉焼きが乗っている。
審査員長がスプーンを入れた。 まずはイグニス。「美味い! 魔法で煮込まれ、とろとろだ!」 勝利を確信し、イグニスが笑う。
次に、ボルグのカレーを一口。
「!!」
審査員長の目が見開かれた。 ガリッ、ザクッ。 口の中で音がした。 荒く砕かれたスパイスが、噛むたびに口の中で弾け、新鮮な香りを放出したのだ。
「なんだこの香りの爆発は! 噛めば噛むほど、肉の旨味とスパイスの刺激が押し寄せてくる!」
そして肉だ。 煮込まれていない分、肉本来の「噛みごたえ」と「野性味」がダイレクトに伝わる。 鋼鉄牛の硬さが、ミンチにすることで「心地よい弾力」に変わっている。
「辛い! でも止まらない! この半熟卵を崩すと……おお、黄身のマイルドさが辛さを包み込んで……!」
審査員たちは無言で匙を動かし続け、あっという間に完食してしまった。
「勝者、ボルグぅぅッ!」
大歓声。 イグニスが膝をつく。「俺の魔法の火が、ただの炒め物に負けた……だと……」
ボルグは魔剣についたターメリックの黄色い汚れを布で拭いながら、静かに言った。
「火力が強ければいいってもんじゃない。スパイスは熱に弱い。お前の魔法は香りを殺していたんだ」
完勝だった。 リズが飛び上がって喜ぶ。
「やりましたねボルグさん! スパイスの香りが凄かったです!」 「ああ。だが、次の相手はこうはいかんぞ」
ボルグの視線は、観客席の貴賓室に向けられていた。 そこには、この国の国王であり、最強のカレー・マスターでもある男が、興味深そうにこちらを見下ろしていた。
『……おい』 「なんだ」 『柄の溝に、クミンの種が挟まって取れん。爪楊枝で取ってくれ』 「あとでな」
カレーの道は奥深く、そして魔剣の受難は続く。




