第18話 砂海の鮫(サンド・シャーク)と、黄金のフィッシュ・アンド・チップス
ザザーッ……ザザーッ……。
奇妙な音が響いていた。 ここは海ではない。砂漠だ。 しかし、ボルグたちの馬車の周囲では、流砂がまるで波のようにうねり、時折、背びれのような影が砂中を横切っていた。
「き、来ます! 三時の方角から!」
リズが御者台で叫ぶ。 砂煙を上げて突進してくる巨大な影。 砂の中を泳ぐ鮫――『サンド・シャーク』だ。 体長十メートル。鉄をも噛み砕く顎を持ち、砂漠の交易商人を震え上がらせる最悪の捕食者である。
「網はいらん。一本釣りだ」
ボルグは馬車の進行方向に立ち、魔剣グラムを構えた。 鮫は獲物(馬車)を下から食い上げるべく、足元の砂中から垂直に飛び出してくる。その瞬間を狙う。
ドゴォォォォォッ!!
砂柱が上がり、巨大な鮫が空へと舞った。 鋭利な牙が並ぶ大口が、ボルグを飲み込もうと迫る。
「……遅い」
ボルグの剣閃が走る。 斬撃ではない。 剣の腹で鮫の鼻先――「ロレンチーニ器官」と呼ばれる敏感な感覚器を強打したのだ。
ガィィィンッ!
急所を叩かれた鮫は、空中で脳震盪を起こし、白目を剥いて硬直した。 そこへ、ボルグが素早く刃を返す。 エラの下からナイフを入れるように、一撃で延髄を断つ。
「砂が入ると身が台無しになる。空中で捌くぞ」 『無茶を言うな! 空中解体ショーか貴様は!』
ボルグの腕が霞む。 落下する鮫の巨体に対し、数十回の斬撃が加えられる。 皮が剥がれ、内臓が弾き出され、そして綺麗な三枚おろしになった白身だけが、スタッ……と荷台の上のトレイに着地した。 残りの部位(頭や骨)は、砂の上にドサリと落ちた。
「……完璧だ。砂一粒ついていない」 『……もう嫌だ。我、引退したい』
*
岩陰でキッチンカーを止め、調理開始だ。 手に入れたのは、サンド・シャークの肉厚な白身。 鮫肉はアンモニア臭がすると言われるが、生きているうちに血抜きと処理を済ませたこの肉は、臭みなど皆無。むしろ、鶏肉のように淡白で弾力がある。
「今日は『フィッシュ・アンド・チップス』にする」 「ちっぷす? なんですかそれ?」 「揚げた芋だ。……そこで拾った『岩芋』を使う」
ボルグは道中で拾っておいた、見た目は石ころそっくりの芋をカットし、素揚げにしていく。 そしてメインの魚だ。 小麦粉に、水ではなく「エール(ビール)」を混ぜて衣を作る。炭酸が衣をフワフワにするのだ。
ジュワアアアアアッ……!!
高温の油に、巨大な切り身を投入する。 砂漠の熱気と油の熱気が混ざり合う。 衣が膨らみ、きつね色に変わっていく様は、見ているだけで喉が鳴る。
「だが、これだけじゃ足りない。ソースだ」
ボルグが取り出したのは、前回の残りの「サボテンダーの果肉」と、酢漬けにしておいた「砂漠瓜(ピクルス代わり)」、そして卵と油で作った自家製マヨネーズ。 これらを混ぜ合わせる。
「特製『サボテン・タルタルソース』だ」
黄金色に揚がった巨大なフィッシュフライ。その横に山盛りのポテト。 そして、たっぷりの緑色のタルタルソース。
「かぶりつけ」 「は、はいっ! あーんっ!」
リズが顔ほどもあるフライにかぶりつく。 ザクッ! クリスピーな音。ビール衣の軽快な歯ざわりを抜けると、中からホワホワの白身が現れる。 鮫肉特有のプリッとした弾力がありながら、口の中でほどける柔らかさ。
「ふあふあです! お魚の味が濃い! それにこのソース!」
サボテンの果肉の瑞々しさと、瓜の酸味が、濃厚なマヨネーズと混ざり合い、揚げ物なのに後味が驚くほどサッパリしている。 口の中の油を、サボテンの水分が洗い流してくれるのだ。
「無限に……無限に食べられますこれ! ポテトもホクホクで……!」 「砂漠の真ん中で食う揚げたては格別だろう」
ボルグもフライを手掴みで頬張り、エールで流し込む。 暑い。 けれど、美味い。
『……おい』 グラムが恨めしそうに声をかける。 『我、さっき鮫のザラザラの皮を切ったせいで、刃が少し研がれた気がするのだが』 「鮫肌はいいヤスリになるからな。礼はいらんぞ」 『礼など言うか! 研ぐならちゃんと砥石を使え!』
満腹になった一行の前に、遠く陽炎の向こう、巨大な城郭都市の影が見えてきた。 オアシスの輝きと、漂ってくる異国の香り。
「着いたな。香辛料の王国、『カリーヤ』だ」
ついに辿り着いた東の目的地。 そこでは、国を挙げての「カレー戦争」が勃発していることを、ボルグたちはまだ知らない。




