第17話 灼熱の死の砂漠と、食べるスポーツドリンク
東の大砂海。 そこは、見渡す限り黄土色の地獄だった。 太陽が真上からジリジリと肌を焼き、地面からの照り返しが容赦なく体力を奪う。気温は摂氏50度を超えていた。
「あ、暑い……。もうダメです……干からびます……」
リズは御者台の上で、濡れ雑巾のようにぐったりしていた。 数日前まで「雪はこりごり」と言っていたのが嘘のようだ。人間とは勝手な生き物である。
「水……お水を……」 「飲み水はもうない。節約しろと言っただろう」
ボルグは汗だくになりながらも、一定のリズムで馬車を引き続けていた。 鉄の鎧(商売道具)を着込んでいるため、体感温度はサウナの中にいるようなものだろう。だが、彼の足取りは揺るがない。
『おい人間。鞘の中が蒸し風呂だぞ。鉄板焼きになる。我を外に出して風に当てろ』 「出すな。直射日光を浴びたら刀身が熱膨張して、切れ味が狂う」 『繊細か! 扱いが雑なのか繊細なのかハッキリしろ!』
そんな限界状態の一行の前に、奇妙な「緑の群れ」が現れた。 ゆらゆらと陽炎の向こうから近づいてくる影。 人型をしているが、肌は緑色で、全身に鋭い棘が生えている。
「あ、あれは……『ニードル・サボテンダー(針千本)』……?」
リズがかすれた声で警告する。 砂漠の旅人を襲い、体内の水分を吸い取る植物系魔獣だ。 彼らはボルグたちを見つけると、一斉に体を震わせた。
ヒュンヒュンヒュンッ!
無数の針が、弾丸のような速度で射出された。 一斉射撃だ。当たれば蜂の巣になる。
「伏せてろリズ」
ボルグは馬車の前に立つと、引き具をパージ(解除)。 魔剣グラムを抜き放ち、目にも止まらぬ速さで剣を振るった。
キン、キン、キン、キンッ!
飛来する数百本の針を、すべて剣の腹と峰で叩き落とす。 そして、ニードル・サボテンダーたちが再装填のために体を縮めた隙を見逃さなかった。
「ちょうどいい。喉が渇いていたところだ」
一閃。 横薙ぎの斬撃が、三体のサボテンダーの胴体を一気に切断した。
*
戦闘終了後、そこには輪切りにされた巨大なサボテンが転がっていた。
「いいかリズ。このサボテンダーは、砂漠の地下深くに根を伸ばし、清浄な地下水を吸い上げている。いわば『歩く貯水タンク』だ」
ボルグは切断されたサボテンの断面を指差す。 そこには、半透明の緑色のゼリー状の果肉が詰まっており、瑞々(みずみず)しい液体が滴り落ちていた。
「まずは棘を抜く」
ボルグは魔剣の切っ先を使い、表面に残った細かい棘を器用に、かつ高速で削ぎ落としていく。 まるでピーラーだ。
『……我、泣いていいか? 神殺しの剣が、サボテンの皮むき……』 「黙ってろ。皮が残ると口の中が痛いんだ」
ツルツルになった緑のブロックを、サイコロ状にカット。 それを器に盛り、上から少しだけ「塩」と「レモン果汁」を振る。
「『サボテンダーのクリスタル・ゼリー』だ。食え」
リズは渇ききった喉を鳴らし、震える手でゼリーを口に運んだ。 チュルン……。
「!!」
口に入れた瞬間、ゼリーが崩壊し、大量の水分となって喉を潤した。 味は、メロンとキュウリの中間のような、青っぽくも爽やかな甘さ。 そこに塩とレモンが加わることで、味が引き締まり、まるで極上のスポーツドリンクのようだ。
「お、おいひぃぃぃ……! 生き返るぅぅ……!」
リズの目から涙が溢れる。 失われた水分とミネラルが、秒速で細胞に染み渡っていくのがわかる。 ただの水ではない。魔獣の生命力が濃縮された「生きた水」だ。
「疲労回復効果もある。ほら、もう一つ食え」 「はいっ! ボルグさんも!」
ボルグも一口大のゼリーを放り込み、ガリガリと噛み砕く。 冷たく、甘く、少し酸っぱい。 灼熱の砂漠において、これ以上の御馳走はない。
「ふぅ……。これで半日は保つな」
生き返った二人は、残ったサボテンの果肉を樽に詰め込み、保存水とした。 「さて。この砂漠を抜ければ、オアシスの街だ。そこには『砂潜り(サンド・ダイバー)』と呼ばれる巨大魚がいるらしい」 「お魚! 砂漠でお魚ですか!?」 「ああ。白身で、フライにすると美味い」
水分補給を完了した「人間馬車」は、再び砂塵を巻き上げて走り出す。 目指すは東の果て、香辛料の王国へ。 だがその前に、砂漠の主たちとの「食材調達戦」が待ち受けている。




