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戦鬼の厨房(キッチン) ~伝説の魔剣は、老兵の包丁になりたいようです~  作者: 九条 蓮夜


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第12話 吹雪の幻影と、カニクリームコロッケ

『氷獄の山脈』への登山道は、この世の終わりのような吹雪に見舞われていた。  視界はゼロ。  猛烈な風雪が、ソリ(キッチンカー)ごと一行を吹き飛ばそうと荒れ狂っている。


「うぅ……ボルグさん……誰かが、誰かがこっちを見てますぅ……!」


 御者台のリズが、ガタガタと震えながら何もない雪原を指差した。  エレナの言葉通りだった。  この山脈は磁場と魔力が狂っており、過去に遭難した者たちの残留思念が「幻影」となって現れるのだ。


『おい、我にも見えるぞ。あそこに大軍勢がいる。……懐かしいな、あれは三百年前の北伐隊か?』 「幻覚だ。気にするな」


 ボルグは眉毛に氷柱つららをぶら下げながら、淡々とソリを引く。


「幻が見えるのは、血糖値が下がっている証拠だ。腹が減ると脳が誤作動を起こす」 「でも、こっちに手招きして……ひぃっ!?」


 リズが悲鳴を上げた。  吹雪の奥から、巨大な「白い影」がヌッと現れたからだ。  それは幻影ではなかった。  雪の塊が動き出し、六本の太い脚と、ハサミを振り上げている。


「現れたな。『ダイヤモンド・スノークラブ(金剛雪蟹)』だ」


 甲羅の幅だけで四メートルはある巨大なカニだ。  その体は氷とダイヤモンドの結晶で覆われており、物理攻撃はおろか魔法すら跳ね返す鉄壁の魔獣である。


『硬そうだな! だが我には関係ない! 叩き割ってやる!』 「待て。叩き割るな」


 ボルグが制止する。


「甲羅を粉々にすると、中のミソと殻が混ざってジャリジャリになる。食べる時に不快だ」 『……戦いの最中に食感の話をするな!』


 ボルグは魔剣を逆手に持ち、カニの懐へと潜り込んだ。  巨大なハサミが振り下ろされる。  それを紙一重でかわし、関節の隙間――ダイヤモンドの装甲が唯一薄くなっている部分に、切っ先を「スライド」させた。


 スパパンッ!


 乾いた音が響き、巨大な脚がボロリと外れた。  カニがバランスを崩して倒れ込む。  ボルグはその隙を見逃さず、甲羅のフチに剣を差し込み、テコの原理で「パカッ」と蓋を開けた。


 勝負あり。  外殻を無傷で外されたカニは、寒さに驚いて絶命した。


          *


 吹雪を避けるため、カニの巨大な甲羅を「かまくら」代わりにして、調理が始まった。


「いいかリズ。カニクリームコロッケを作るぞ」 「こ、コロッケですか? でも、クリームコロッケって、タネを冷やして固めるのに時間がかかりますよね……?」


 リズの言う通り、ホワイトソースは冷やさないと成形できない。  だが、ボルグはニヤリと笑った。


「外を見ろ。気温はマイナス三十度だ。天然の急速冷凍庫がある」


 ボルグは鍋でバターと小麦粉を炒め、牛乳を一気に注ぐ。  滑らかなホワイトソースができたところで、ほぐしたカニの身をたっぷりと投入。  カニ味噌も隠し味に加え、濃厚なオレンジ色のクリームに仕上げる。


「これを、外に出す」


 バットに広げた熱々のソースを、吹雪の中へ。  数分もしないうちに、カチンコチンに固まった。


「早っ!?」 「これなら揚げている間に爆発パンクもしない。衣をつけるぞ」


 凍ったタネを四角く切り分け、小麦粉、卵、パン粉をまぶす。  それを、熱した油の中へ。


 ジュワワワワワッ……!


 香ばしい音が、かまくら(甲羅)の中に反響する。  外は極寒、鍋の中は灼熱。  この温度差が、衣をカリッとさせ、中のクリームを一気にとろけさせる。


「揚がったぞ」


 きつね色に揚がった俵型のコロッケ。  リズは冷え切った手でそれを受け取り、ハフハフと言いながら齧り付いた。


 サクッ……とろぉ……。


「はふっ、熱っ! ……あまーいッ!!」


 リズの顔がとろけた。  ザクザクの衣の中から、熱々のクリームが雪崩のように溢れ出す。  カニの繊維がほどけ、濃厚なミルクとバターの風味、そしてカニ味噌のコクが口いっぱいに広がる。


「体の芯から温まります……! カニの味が濃い! 普通のお店だとカニなんて少ししか入ってないのに、これは半分以上がカニです!」 「材料費がタダだからな。好きなだけ食え」


 ボルグも揚げたてを頬張り、満足げに頷く。  吹雪の音も、周囲を彷徨う亡霊たちの気配も、今の二人には関係ない。  ただ、圧倒的な「熱量カロリー」だけが正義だった。


『……あの』


 鞘の中でグラムが控えめに声をかけた。


『我、さっき甲羅をこじ開ける時に「栓抜き」みたいな使い方をされた気がするのだが』 「気のせいだ。……さて、腹ごしらえも済んだ」


 ボルグは立ち上がる。  吹雪が少し弱まっていた。


「この山を越えれば、いよいよフェンリルの縄張りだ。デザートの準備はいいか?」


 一行は再び、白銀の闇の中へと進み出した。  その背後には、中身を綺麗に食べ尽くされたカニの甲羅だけが、虚しく転がっていた。

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