失踪しただと?!(ローファン子爵視点)
ローファン家の執務室では、子爵夫妻が苛立ちを隠そうともせず執事を睨みつけていた。
聞きたくもないのに執事が勝手にレティーナの話題を出してきた上、わけのわからない話をしてきたからだ。
「レティーナがいないだと?!なにを言っている!」
子爵がぎろりと睨むと、執事が噴出した汗を拭いながら答えた。
「その、レティーナ様は小屋に隔離された状態ですし、世話をする使用人もおりません。特に今は、その、使用人の数も減っておりまして」
子爵は舌打ちした。給金を惜しんで使用人を減らすことを決めたのは自分だ。そんなことは言われずともわかっている。
「それがなんだというのだ!」
「ですからレティーナ様の行動を、知る者がおりません。以前から食事も、その、残りものを深夜にご自分で持っていかれておりましたし」
「だからなんだ」
「最近、食事を摂られた形跡がないと厨房の者が」
「体調でも崩したというの?!いい加減にしてほしいわ!」
夫人が苛立ったように叫んだ。それをなだめる様に肩に手を乗せる。
「それならほうっておけばいい。薬代もバカにならん」
「いえ、小屋にはいらっしゃいませんでした。たぶん、ここ数日間は……」
そこで夫妻はようやく、話の内容がおかしいことに気づき始めた。
「数日間、小屋にいない?」
「はい。時間をあけて確認させましたが、いつ行ってもいないと報告がありました」
「じゃああいつは勝手に屋敷内をうろついているというのか?!」
「いえ、お屋敷のどこを探してもレティーナ様はみつかりませんでした。ですので、ご報告に」
「そんなはずはないだろう。もっとよく探せ!」
「くまなく探しました。ですが本当にいらっしゃらないのです」
子爵夫妻は混乱した。
どこにもいないとはどういうことだ。
「あいつはなにをやっているんだ!」
「あの、それでですが。もしかしたらレティーナ様は失踪されたのではないかと……」
執事の言葉に唖然とする。
「失踪だと?」
「レティーナ様は、その、ディクソン商会に奉公にあがる予定でしたし。商会長は、あまりよい噂がありませんから」
「待て!私は奉公先がディクソン商会だとは伝えておらんぞ!」
「そ、それは、奥様が……」
二人から視線を向けられた夫人は金切り声を上げた。
「奉公先を聞いてきたから教えてやっただけよ!自分の立場を思い知らせてやっただけじゃない!私が悪いとでも言いたいの?!」
「い、いや、大丈夫だ。落ち着け。……ではあいつは自分が愛人として売られることを知っていて、それを嫌がって失踪したと言いたいのか?」
「は、はい、おっしゃる通りでございます」
子爵はようやく事態を把握して、愕然とした。
レティーナをディクソン商会に売った金で子爵家を立て直すつもりだったのに、肝心のレティーナがいないとは。憤りを感じて顔が真っ赤になる。
(あいつはどこまで私を苦しめれば気が済むんだ!)
青髪青目の第二王子が誕生した際、英雄の再来が現れたと世間が賑わい活気に溢れた。
そんな中で、魔女を彷彿とさせる赤髪で生まれた我が子を見てどれほど衝撃を受けたことか。
産後の肥立ちが悪く子が望めなくなった妻は余計にショックを受け、今でも情緒が安定せずレティーナを憎んでいるほどだ。
それなのに両親は、この子に罪はないとくだらない妄言を吐いて、家庭教師を雇ったり外に連れ出したりしようとする。存在が知られれば“魔女を生んだ家”とつるし上げをくらうというのにお構いなしだ。
だから相次いで両親が亡くなったときは、ようやくレティーナを隠すことができると喜々として小屋に押し込めた。
本来なら一人娘のレティーナに婿をとらせるのが常識だろうが、とんでもない。レティーナはいない者とし、甥のフレディと養子縁組して彼に跡を継がせようとした。
けれど肝心のフレディは「養子ではなく、レティーナと結婚させてほしい」なんて言い出す始末。そんなことをしたらレティーナを隠せなくなってしまうではないか。
ストレスのせいで賭け事に手を出し、妻は散財するようになった。元々財産なんてさほどない子爵家、身代はあっという間に傾いた。
月日だけがただ流れ焦りを覚え始めたころ、突如フレディに出世話が舞い込んだ。
第二王子の側近なんてローファン家にとっては途轍もない快挙で、親戚一同手放しで喜び、大人しいフレディもこのときばかりは誇らしげに胸を張っていた。
「フレディ、この機会に子爵家の跡取りにならないか?側近になるなら肩書があった方がいいだろう?」
以前ほどレティーナに傾倒していないのが見て取れたため再度打診してみると、フレディは意外にもすんなりと首を縦に振った。
世間に揉まれ、レティーナの存在がいかに疎ましいかやっと理解したようだ。夫婦ともに安堵の息を吐いたのは言うまでもない。
これで跡取り問題は解決、残すところは金だ。
「いっそのことレティーナを除籍して、どこかに売ってしまうか?」
さすがにこれは反対するだろうと冗談交じりに告げてみたが、フレディはこれにも同意した。
「次期当主として、僕もそれが最善だと思います」
それならとレティーナの売り先を探してみれば、すぐにディクソン商会から声がかかった。しかもかなりの高値がついたことでとんとん拍子に話が進む。
同時に除籍書も作成して国に提出した。
これでレティーナがどうなっても、例えば商会から逃げ出してもうちには関係ないと突っぱねることができる。
予定どおりに事が運び、後はレティーナを引き渡しさえすれば肩の荷が下りる。ようやく自分達は赤髪の娘から解放されると夫婦で喜んだ。
だというのに、ここにきてレティーナが失踪。
(捨てずに家に置いてやったというのに恩を仇で返すとは!忌々しい!!)
問題は金だ。
ディクソン商会から受け取った前金はすでに使ってしまっている。レティーナが売れないとなると全額返金しなくてはならないのに、その金がない。
さらに契約不履行で違約金をよこせと言われようものなら、もっと金が必要になる。
焦りと苛立ちで奥歯をぎりっと噛みしめた。
「とにかくもう一度よく探せ!邸の近辺に目撃情報がないかも調べろ!使用人全員でだ!」
「は、はい!」
慌てて執事が出ていく。
二人きりになると、目を血走らせた妻がそわそわと落ち着きを無くした。
「やっぱり、やっぱりあの子は……!」
「落ち着け。魔術もろくに使えないのはお前も知っているだろう。行く宛もないし、どうせすぐに見つかる」
「でも!」
「大丈夫だ。金も力もない小娘一人、なにができるというのだ」
妻を宥めつつ自分にも言い聞かせる。大丈夫だ、すぐに見つかる、と。
しかしその後、どれだけ探してもレティーナは見つからず、痕跡すらも辿ることができなかった。




