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「今世は聖女」 なんて言われても  作者: 野原のこ
第一部 前世は魔女ですが、なにか
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カイは変わっていないのね

 “王になっていない”


 その言葉にレティーナは愕然とした。

 砂漠の国サリュートは恵まれているとはとても言い難く、国を導くためには相応の実力が必要で、カイザーは第三王子でありながら次代の王に最も相応しいと囁かれていた。国王も跡を継がせたいと言っていたのだ。

 だからレイナは――


「サリュートは異母弟のマハトが継いだ」


 カイセルの声にハッと顔を上げる。


「マハトなら問題なくやれたはずだろう」

「はずだろう、って。カイはどうしたの?」

「俺か?俺は流行り病にかかってある日ぽっくりだ」

「そ、んな……」


 言葉が続かなかった。

 カイザーは幸せになっていると思い込んでいた。それが病で亡くなってしまっていたなんて。

 ショックが隠し切れずに声が震える。


「私が、いなくなったから……」

「それは違うぞ」

「でも!」

「医者からは止められていたのに無理をしたのは俺の責任だ。慢心ってやつだな。ハハ、まさかあの程度の病で死ぬなんて思わなかったんだ」


 失敗だったと笑うカイセルの明るさに、レティーナは脱力しかけた。


「それに前世でレイナがこの国に濡れ衣を着せられたとき、俺だって助けてやれなかった。お互い様ってやつだ」

「お互い様って、それこそカイには関係ないのに。……その、濡れ衣だって、思うの?」

「当たり前だろう。お前が国を襲ってなにするんだ。もし腹が立つことがあっても魔物狩りが派手になるだけだろ?俺は何度も見たぞ。重量級の土蠍スコーピオンが空に吹き飛ぶところを」

「それは子供のころの話でしょ」

「いいや、大人になってからも土蠍スコーピオンは空を舞っていた」


 確かにそうだった。レティーナが黙るとカイセルが再び楽しそうに笑う。

 彼の笑顔につられてレティーナも自然に口角が上がった。濡れ衣だと信じてくれていたことが嬉しかった。


「なんにしろ、こうして再会できたんだ。元気そうなお前に……ってこともないな。悪いが調べさせてもらった。レティがあまりに軽すぎたからな」

「かる……?」

「倒れたから抱き上げた。当然だろう」


 レティーナの喉がきゅっと閉まった。


(ま、まさかカイに抱き上げられるなんて!)


 顔が赤くなりそうになるのを必死で堪える。俯き加減でぼそぼそ伝えた。


「め、迷惑をかけたわね。お、重かったでしょ?」

「軽すぎだと言っただろう。心配になってお前の生家をいろいろ調べたんだ。それでどうする?俺ならいろいろと手を打つことができるぞ」


 王子のカイセルがいればレティーナが貴族令嬢に戻ることも、虐待していた両親を罪に問うことだってできるだろう。

 けれど、とレティーナは笑った。


「必要ないわ。もう関わるつもりないもの」


 今さら家族ごっこは必要ないし、報復したいならとっくに魔術で吹っ飛ばしている。それをしないのは、一応ここまで育ててくれた恩があるからだ。

 そう伝えると、カイセルは「レティがそう言うなら」としぶしぶ納得してくれた。


「ひとまずお前の体力を戻そう。食事と休息をしっかりとらないとな」

「そうね。今のままじゃ魔術を連発するたびに倒れてしまいそうだもの」


 そうしてベッドから出ようとすると慌ててカイセルに止められる。


「休むんじゃないのか?」

「ええ。だからギルドの街に戻ろうかと思って」

「なぜ街に戻るんだ?ここにいればいいだろう」

「なに言ってるのよ。除籍された元子爵令嬢なんて連れ込んでたら、色々言われちゃうわよ」

「そんなことはどうでもいい。この部屋はレティのために用意したんだ。だいたいもう3日もここにいるんだぞ」

「でも」

「お前が倒れたのは魔術を連発したせいだろ?だから当然の処置だと思えばいい」

「でも」

「でもでも言うな。ここで大人しくしてろ。転移テレポートで飛んでも追いかけるからな」

「えええ……」


 ちょうどそのときレティーナのお腹がぐぅっと鳴った。なんてタイミングの悪さ。

 レティーナが隠すように両手でお腹を抑えると、カイセルは笑って「食事が先だな」とベルを鳴らした。

 入ってきたのはふっくらとした年配の女性で、ふんわりと穏やかな笑みを浮かべている。


「レティ、メイド長のマーサだ。マーサ、レティの世話を頼む。まずは食事を用意してやってくれ。胃に優しいものだ」

「すでにご用意できていますよ。レティーナ様、目を覚まされてよかったですねぇ」

「あの、ご迷惑おかけしました、マーサさん」

「あらあら、お気になさらないでくださいまし。可愛らしいお嬢さんで、ぼっちゃまも隅におけないですねぇ」

「人前でぼっちゃまって呼ぶなよ……」


 恥ずかしそうに額に手をやるカイセルをみて、レティーナは笑った。



 その後カイセルは仕事があると出ていき、マーサが用意してくれたミルク粥とフルーツをいただいた。

 マーサが言うにはここは王城内でもカイセル専用の宮で、補佐官達の部屋もあるがそれ以外はほとんど使われていないそうだ。だから一人増えたところでなんてことはないし、むしろ女性のお世話ができて嬉しいとマーサは笑った。

 ちなみにレティーナは今寝衣を着ているが、それもマーサが着替えさせてくれたとのこと。丁寧にお礼を伝えると、さん付けも敬語もやめてくれと念押しされた。


「しっかり休んでくださいねぇ」


 そう言ってマーサは部屋を出ていった。

 それを見送った後、レティーナはルルに目を向ける。その視線に気づいたルルが薄目を開けた。


「ルルぅ」

『無茶したレティが悪い』

「そうだけど。まさか目を覚ましたら王宮にいるなんて」

『だから言ったのよ。フラグを立てているのかって』

「だってカイが転生していて、それも王子になってるなんて思わないわよ」

『もういいじゃない。カイに甘えなさいよ。どうせお金もないんだし』

「ぐっ。痛いところをつくわね」

『ここならタダ飯もでるでしょ。至れり尽くせりのなにが不満なの?』

「タダ飯って言わないでよ!……別に、不満ってわけじゃないけど……」


 カイセルは変わってない。面倒見がよくて大らかで。あんな手紙を一枚残して姿を消したのに、変わらず接してくれている。 だから不満なんてない。

 ただレティーナの胸が、過去を思い出してジクジクと痛むだけだ。


(それに私なら、カイの病気を治せたはずなのに……)


 あのときは離れることが最善だと思った。けれど結局、なんの力にもなれなかった。

 それがとても悲しかった。



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