魔女ですが、聖女になります!
第二部終了です。
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その日の夜遅く、レティーナが借りているギュンター家の客室にカイセルがやってきた。
「レティ、今いいか?」
「ええ。待ってたわ、カイ」
約束をしていたわけではないが、カイセルが来ることはわかっていた。
なぜならレティーナの聖女宣言の後、メイナードによってとんとん拍子に今後のことが決まっていき、カイセルが口を挟む暇もなかったのだ。
さらにメイナードは愉快そうに堂々と言った。
「こんなこともあろうかと前々から君が聖女になる準備しておいたんだ。ちょうどいいタイミングでよかったよ」と。
それでその準備のためにも、レティーナは辺境伯家に数日間滞在することになった。
というよりむしろギュンターが、噂が蔓延している城に戻るよりここにいた方がいいと勧めてくれたのだ。
それでレティーナだけが残り、討伐団の皆と城に向かったカイセルは再び戻ってきてくれたのである。
カイセルにソファを勧め、お茶を用意して向かいの席に座った。
ちなみにルルはベッドの上を陣取ってゴロゴロと転がっている。辺境伯家のベッドが気に入ったらしい。
心配そうに顔を曇らせているカイセルに、レティーナは笑った。
「そんな顔しないでよ。もう決まったことなのよ?」
「それはそうだが。でもお前は聖女になりたくなかったんだろう?」
「そうね。でもそれは聖女らしくないと誹りを受けたくなかったからよ。今のままのほうが問題になるなら、聖女になって汚名返上するほうが手っ取り早いわ」
レティーナがにこやかに伝えると、カイセルの表情が少し和らいだ。
「らしいと言えば、らしい選択だな」
「でしょう?ちゃんと考えて決めたんだから」
「俺はお前が、ベルダンから出ることを選ぶと思っていた」
「そうね、迷いはあったわ。でもそれよりもカイと……」
この先も一緒にいたいもの。
そう言おうとして、寸でのところで思いとどまった。自分の言葉に重みを感じてしまったのだ。
(あなたと一緒にいたい、なんて。まるで告白してるみたいじゃないの)
今までならさらりと言えた言葉なのに、いったん意識するとどうしようもなく恥ずかしいものになってしまう。
しかも言われたカイセルがどう思うのか。
「俺と?なんだ?」
不思議そうな顔をしてくるカイセルに、今さら余計言いにくい。
「え、ええと。ほら、カイと約束したのに私だけ先に出て行っちゃうのもなぁって。それに魔女扱いされてる私がいなくなったらまたおかしな噂を広められて、余計カイに迷惑をかけることになるわ」
「俺は気にしないから大丈夫だ」
「私が気にするのよ。逆の立場だったらカイは私に丸投げして、自分だけさっさと逃げ出すの?」
「そんなことするはずないだろう」
「私も同じよ。私だって一人だけ逃げ出すなんてできないわ」
こんなふうに言われてしまえばカイセルも納得するしかない。
レティーナは内心ホッとする。これで“カイと一緒に~”なんて言わなくてもよくなった。
「それにメイナード団長も言ってくれたでしょ。ずっとベルダンに閉じ込めるつもりはないって」
「だから勝手に出て行かないでくれとも言われていたがな」
「まあそうだけど。でもメイナード団長が約束してくれたんだから絶対に大丈夫よ」
うんうんと頷きながらそう言うと、カイセルが不満そうに眉間に皺を寄せた。
「お前、やけに叔父上のことを信頼しているな?」
「そりゃそうよ。だってメイナード団長ってカイのことをすごく大事に思ってるでしょう?カイの不利になるようなことはしないって言いきれるもの。信用できる人だわ」
するとカイセルは一瞬キョトンとした顔をして、楽しそうに笑った。
「そうか、そうだな」
「そうよ」
同意しつつも、なぜ彼が笑っているのか謎だった。
それからは今後の予定について話し合い、しばらく雑談した後カイセルが席を立つ。
「これから忙しくなるからな。しっかり休めよ」
「ええ。カイもね」
そうして扉の前までいくと、カイセルが振り返ってレティーナを見つめる。
どうしたのだろうと不思議に思って首を傾げると、カイセルは柔らかな笑みを浮かべた。
「レティ、ありがとう」
「え?」
「お前がこの国に残る道を選んでくれたから、俺はお前と離れずに済む」
「……カイ」
「これからもずっとレティと一緒にいられる。それが嬉しいんだ」
そこまで言うとカイセルは本当に嬉しそうに笑って、扉を開けた。
「じゃあな、レティ。おやすみ」
「……ええ。おやすみなさい」
扉がパタンと静かに閉まる。
レティーナはしばらくその場に佇んでいたが、ゆっくりと離れてソファに座り込んだ。
なんとなくじゃなくて、顔が熱い。
カイセルの言葉が妙に心に響く。今まで感じたこともあったのに、ずっと見ないふりをしてきた。
幼馴染以上を感じる、熱を持った言葉。
(私も嬉しいって、言えたらよかったな……)
素直になるって、難しい。
◇
それから数日後。
戦闘態勢を整えたはずのレティーナは、鏡の前に立つ自分の姿を見てなんとも言えない顔をした。
準備のためにわざわざ辺境伯家まで足を運んでくれたメイド長のマーサが、鏡越しに苦言を呈する。
「あらあら、レティーナ様。そのお顔は聖女っぽくありませんねぇ 」
「そうはいっても、この恰好はやっぱり恥ずかしいっていうか……」
「どこがです?神聖さを現した純白の聖衣のことですか?それとも美しく輝くベールの方ですか?まさか久しぶりにしたお化粧のことではないですよね?」
「残念だけど全部よ、マーサ」
清楚ながら可憐さも合わせ持つ純白の聖衣には金の装飾が施されており、繊細な刺繍がされたベールにも金糸が織り込まれている。そのせいで全身がやたらとキラキラ光って見える。
さらには慈愛に満ちた感を出すため、施されたメイクは非常に柔らかい印象になっており、赤い髪はわざと垂らしたままにしつつ、ふんわりカールをつけている。
なんというか、一般的な女神のイメージそのままだ。
まさかこんな格好させられるなんて思っておらず、メイナードの提案に軽く頷いた数日前の自分を叱りつけてやりたい。
『これで背中に羽でも生やせば完璧じゃない。幻術で作り出したら?』
「他人事だと思って適当なこと言わないでよ、ルル」
溜め息を飲み込んでいるとノックが聞こえ、カイセルが入ってきた。
「レティ、準備はできたみた……」
レティーナを見たカイセルは目を丸くして固まってしまった。動かない彼に余計恥ずかしさが増す。
「そうよね。やっぱりやりすぎよね」
レティーナが肩を落とすと、カイセルはハッとして首をぶんぶん横に振った。
「いや、そんなことはない。そうじゃなくて、むしろ綺麗すぎて言葉がでなかっただけだ。レティ、すごく似合っている。本当に綺麗だ」
「そ、そうかしら?」
「ああ。叔父上が言っていたとおり、魔女を払拭させるためにもそれぐらい清楚な感じがいいと思う。もちろん俺はいつものレティの雰囲気も好きだが、聖女姿もよく似合ってる。本当に綺麗だ。…………くそ、見せたくないな」
最後にぼそりと呟いた言葉は聞こえなかったが、カイセルがここまで言ってくれるなら自信を持とう。
どのみちもう腹を括るしかない。
「準備はいいな?レティ」
「ええ。バッチリよ」
カイセルが差し出した手に、自分の手をしっかりと重ねる。
この手を離さないために選んだ聖女への道。
さあ、いよいよ第一歩だ。
ここまででいったん区切ります。
お読みいただきありがとうございました!




