あまりよくない話と結構面倒な話
翌日、城に戻る準備をしていたレティーナだったが、メイナードに呼ばれて砦の中の会議室に出向いた。
そこにはカイセル、オズマ、アンリといつものメンバーにギュンターまでが揃っている。
挨拶もそこそこに、メイナードはレティーナに二本の指を立てて見せた。
「あまりよくない話と、結構面倒な話。どっちから聞きたい?」
「……できればどちらも聞きたくないんですけど」
正直な気持ちをそのまま伝えると、メイナード以外の全員がそれはそうだと頷いた。
「叔父上、そんな質問に意味はあるのか?」
「そうですよ、団長。レティ隊長を困らせるのはやめてください」
「アンリの言うとおりです」
カイセルはもちろん、死の淵から生還したアンリとオズマはレティーナに感謝の念が強く、肩を持ってくれている。
ギュンターも口を開きかけたが、メイナードに意見するのは憚れたようで結局は口を閉じた。
「困らせるっていうか、前置きしたかっただけだよ。ひとつはともかく、もうひとつは面倒な話だから心の準備をしてもらおうと思ったんだ」
苦笑しながらそう答えたメイナードは、「じゃああまりよくない話からするね」と勝手に決めた。
「レティーナ君の正体について緘口令を敷いたけど、それが意味を為さなかったんだ。なぜって、神龍様のお姿に気づいた者が多い上に治癒の力が振りまかれたみたいで、近隣住人も全員恩恵を授かったんだって。それで“聖女降臨”とか“神龍を呼ぶ聖女”とかって噂が立っちゃったんだ」
双頭大蛇を倒した後、神龍は久しぶりの現世にテンションが上がったのか、それとも皆からの歓声がよほど嬉しかったのか、最後に猛スピードで空をぐるぐる飛び回った。
森の上空だけに留まらず辺り一帯を乱高下するものだから、レティーナとカイセルは振り落とされないよう必死になって鬣にしがみついていたのだ。
確かにあれでは気づかれるのも当然である。肩にいたルルが口を挟んだ。
『神龍様は目立ちたくてやったわけではないと思うわ。……たぶん』
自分の上役を庇うルルに対し、全員ノーコメントを貫いた。
「で、もうひとつの面倒な話の方だけど。これを読んでみてくれるかな」
差し出されたのは一通の手紙で、今朝、騎士団長ウォルフから届いたものらしい。
中には昨日のうちに王城で起こった出来事が書かれており、ジュリアスサイドの言動が主な内容だった。
読み進めていくうちに、レティーナはなんともいえない気分になる。
「私が、完全に魔女扱いされてるんですね……」
今までは言うなれば、“魔女を彷彿とさせる怪しげな赤髪の女”のくくりだったのが、昨日のうちに“紅蓮の魔女再来”、“極悪魔女の復活”になってしまったようだ。
転移石が修復できたのはレティーナが自作自演したからであって、パフォーマンスのために大袈裟に魔術を使用しただけ。皆の目を晦ませてそんなことができるのは魔女しかありえない。
すでにカイセルは魔女に篭絡された上、討伐団まで毒牙にかかっている。国を陥れようとする魔女が再び現れた。
そんな話をジュリアスサイドが声高に主張したことで、王城内が混乱に陥っているそうだ。
しかもあのときは見物人が大勢いたのでレティーナが驚異的な力を持っていることが知れ渡り、赤い髪も相まって紅蓮の魔女再来説が一気に広まったらしい。
(魔女再来って、実際当たってるところがなんともね)
レティーナ的には聖女降臨と言われるよりよほどしっくりきてしまう。
カイセル達はレティーナが来る前に手紙の内容を聞かされていたらしく、どんよりと空気が重い。
ここで再びメイナードは2本の指を立てた。
「この現状を打破するには2つの道がある。ひとつは聖女と名乗り出て力を認めさせること。そうすればおのずと魔女説なんて吹き飛ぶからね。もうひとつは君がこの国から出て行くこと。面倒事を回避するには一番手っ取り早い方法だね」
2つ目の提案には全員目を丸くしたが、ギュンターが真っ先に反応した。
「く、国から出て行けとは!見損ないましたぞ、メイナード団長!今回の戦いで誰よりも貢献してくださったレティーナ殿に、なんてことをおっしゃるのですか!」
「だからだよ、ギュンター」
「……え?」
「レティーナ君はなし崩し的に力を奮ってくれただけで、聖女になりたかったわけじゃない。でもここまで彼女の存在が広まってしまったなら、聖女になるかならないか道を選ばなくちゃいけないんだ」
「……聖女にならないなら、国を出た方がいいと?」
「私はそう思うよ。ジュリアスがいる限り、レティーナ君には今後ずっと“紅蓮の魔女”が付いて回る。下手すると魔女狩りと称して危険な目に合うかもしれない。そんなことに巻き込まれるぐらいなら、他国に渡った方が楽でしょ」
「……それは、そうかもしれませんが……」
「だけどね、もしそっちを選ぶなら先に言っておかないといけないことがある」
メイナードは視線をレティーナからカイセルに向けた。
「今の状況ではカイ、お前がこの国から出ることは阻止させてもらうよ」
「っ!それは……!」
「なに?私がわからないとでも思った?お前の考えてることぐらいお見通しだよ」
そう言ってメイナードは再びレティーナに視線を合わせ、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「以前君に、ジュリアスが王太子になってもなんとかなるとは伝えたけど、実際今すぐってなるとかなり難しいんだよね。カイセルを支持してくれてる第一王子派や様子見をしてる中立派を上手くまとめないといけないし、ジュリアスの矯正にも時間が必要だし」
それはそうだろうとレティーナも頷く。
何事にも下準備は大事だ。しかもその要となるはずのメイナードは、レティーナが治癒するまでずっと臥せっていた。
「カイセルはね、もし君がべルダンから出るなら自分も付いていくつもりでいるけど、それが難しいこともわかっている。だから誰にも言わず、私にも内緒で出奔するつもりだったと思うよ。まあ、手紙ぐらいは残してくれただろうけどね」
そう言ってメイナードがカイセルをチラリと見ると、彼はバツが悪そうに視線を逸らした。メイナードの言葉は的中していたようだ。
でもこれで、釘を刺されてしまったカイセルはもうその道を選ぶことができない。レティーナだってこの会話を聞いてしまった以上、カイセルに一緒に来てほしいとは言えなくなってしまった。
顔を伏せようとしたとき、カイセルから「レティ」と呼ばれる。彼はとても真剣な表情をしていた。
「レティ、俺はお前との約束を破るつもりはない。だから一年以内にはカタがつくようになんとかする。だが3日に一度、いや、一週間に一度でいいから手紙をくれないか?レティになにかあったとき、すぐに助けられるようにしておきたいんだ」
前世のことを言っているのだとすぐにわかった。それぞれ離れた地で命を落としていることに、お互い後悔の念が強い。
しかしその前に、カイセルはレティーナが国を出ることを前提としている。
それはレティーナが聖女になりたくないと伝えてあるからだけど、果たしてそれがレティーナにとって一番の望みなのだろうか。
(ううん、違うわ。だって私の一番の望みは……)
以前メイナードにも言われた。自分がどうしたいのかと。
昨夜、オーウェンにも言われた。素直にならないと後悔すると。
(そうよ。ここでまたカイと離れて、前世と同じ過ちを繰り返すの?違うでしょう)
しがらみとか関係ない。魔女とか聖女とか、そんなものはどうでもよくて。
レティーナの心から願う本当の望みは――
「カイと一緒にいることよ」
「え?」
「ううん、なんでもないわ」
呟きが聞こえなかったカイセルが不思議そうな顔をしていて、レティーナからフフっと笑みが漏れる。
きっとこの決断は間違っていない。そう言い切れる。
――レティ、決めたのね?
――ええ。これからも頼りにしてるわよ、ルル
――当然でしょ。あなたは私が選んだ魔女な聖女なんだから
魔女な聖女。なるほど、そのとおりだ。
レティーナはカイセルににっこりと笑顔をみせた後、全員を見渡した。
「私、聖女になります」




