フレディのために(ミランダ視点)
少しだけ時間が遡ったジュリアスの執務室。
そこではミランダが上級側近達からつるし上げを食らっていた。
「おい!どういうことだ、ミランダ!」
「あの赤髪の女があれほどの魔術師だなんて聞いてないぞ!」
「も、申し訳ございません!ですが調べた結果では」
「調べたのならすぐにわかるだろう!ジュリアス殿下の前で嘘をつくな!」
「嘘ではありません!もしかしたら急に力が目覚めたのかも」
「そんな馬鹿な話があるか!」
転移石でのやりとりの後、早々に退散してきた上級側近の面々に詰め寄られたミランダは、苦しい言い訳を繰り返すしかなかった。
(どういうことなの?!フレディの話ではずっと閉じ込められていたせいで大したことはできないって…!裏もちゃんととったわ!なのになぜなの?!)
側近達から責め立てられるが、むしろあの場で転移石を5つ同時に操作したレティーナに一番驚愕したのはミランダだ。
調査結果でレティーナは、赤髪のせいで両親に虐げられて育ったかわいそうな女性でしかなかった。フレディのことがなければ、ただただ同情する環境でしかない。それがなぜ。
逆をいえば、あれほどの腕を持つ魔術師ならもっと早くに家出できたはずだし、大人しく折檻を受ける必要もない。
とにかく今は状況を知ったジュリアスが苛立っているので、平身低頭謝ることに集中する。
上級側近の一人がぼそりと呟いた。
「まさか。いや、でもな……」
「おい、どうした?」
「ああ、いや。ふと思っただけだ。あれほどの腕なら、王城結界の修復もあの女がやったのかもしれないと……」
室内にピリッと緊張感が走った。
王城結界の修復は表向き、ジュリアスがやったことになっている。誰も名乗りを上げなかったから手柄を横取りしたわけだが、レティーナがやったとなると話は大きく変わってくる。
ジュリアスが眉間に皺を寄せながら、低い声を発した。
「じゃあなにか?結界修復を僕がやったわけじゃないって、兄上も叔父上もすでに知ってるっていうのか?!」
「い、いいえ、まだそうと決まったわけではありません!」
「そ、そうです!あくまで可能性の話をしただけで」
「可能性がある時点で問題じゃないか!」
顔を真っ赤にしたジュリアスが手元にあった書類の束をバサッと払いのけた。重要書類までも地面に散らばってしまい、側近隊が慌てて拾い集める。
いつもの癇癪が始まってしまい、皆宥めるのに必死だ。
「おい、ミランダ!なにか策はないのか!」
「そうだぞ!元はといえば赤髪の女の情報を誤ったお前が原因なんだからな!」
側近達に小声で叱咤されたミランダは考える。
レティーナの魔術の腕は想定外だった。けれども彼女は赤髪なのは変わらない。
ならあの驚異的な力を逆手にとれば……。
ミランダが思いついた案を告げると側近達が乗ってきた。
ジュリアスも満足そうに頷いたので方向性が決定され、打ち合わせ後に各自が一斉に散らばり行動に出る。
第二王子派への周知、賄賂の準備、各所への根回し、今日中には王城内で新たな噂が広まっているだろう。ミランダはほくそ笑んだ。
◇
その日の夜、仕事を早めに片付けたミランダは王都の端にある医療施設へ向かった。
ようやく時間ができたので、フレディの見舞いにきたのだ。
受付窓口で申請書を何枚も提出し、持ち物検査を念入りにされる。フレディは患者といえど罪人でもあるので、入念なチェックが必要らしい。
無事審査も終わり、女性スタッフに案内されたのは別館だった。
こちらはいわくつきの患者の施設らしく、入り口には騎士が直立しており、証明書を見せると扉を開けてくれた。
そのまま廊下を進み、階段をひとつ上がって奥側にあった部屋がフレディに与えられた個室だった。
女性スタッフが持っていた鍵で扉を開けて室内に入る。
「フレディさん、お見舞いの方がいらっしゃいましたよ」
「こんばんは、フレディ。調子はどう?」
ミランダが笑顔で声をかけてもフレディからはなんの返事もなかった。ベッドのクッションにもたれかけたまま身じろぎせず、窓の外を眺めたまま。頭には包帯を巻いている。
「ごめんなさいね、フレディさんはいつもああなの」
「食事は摂っているんですか?」
「ほんの少しだけね。ほとんど無反応なんだけど、一応聞こえてはいるみたい」
「頭の包帯はどうしたのですか?」
「牢の階段から落ちたときのものよ。記憶喪失のきっかけになった怪我ね。普段は大人しいんだけど、ポーションを飲ませようとすると嫌がるからそのままなの」
記憶喪失のきっかけといえば、フレディがレティーナと再会したときのもの。
苛立ちを感じたミランダは女性スタッフに問いかけた。
「あの、二人きりにしてもらうことってできますか?」
「ごめんなさい、フレディさんの場合は職員がつかないといけなくて……」
「あの、これでなんとかなりませんか?」
ミランダは鞄から封筒を差し出す。中身はもちろんお金だ。こんなこともあろうかと準備をしておいたのだ。
女性スタッフは封筒の中味が大金だと知ると困惑気味になったが、あと一押しすればいけそうだと判断する。
「実は私、フレディの恋人なんです。愛を告げるのに人がいると恥ずかくて……。だから二人きりになりたいだけなんです。協力してもらえませんか?」
「ま、まあ、そうなんですね。それでは5分だけ、私は席を外します」
「ありがとうございます!」
笑顔でお礼を言うと女性スタッフも嬉しそうに出ていった。
嘘をついたのは申し訳ないが、フレディがもしこんなことにならなければ二人が恋人関係になっていた可能性は高い。だから問題ないはずよ、とフレディを見る。
「フレディ、私よ。ミランダよ。なかなかお見舞いに来れなくてごめんなさい」
そう告げてもフレディは無反応だった。
ミランダの声を聞けば失った記憶が戻るかも、なんてちょっとだけ期待していたのに。そんなに甘くはないようだ。
「聞いて、フレディ。この前ね、あなたの従姉、赤髪のレティーナを見たわ」
ベッド横の椅子に腰かけたミランダは、これまでの話をフレディに説明する。
彼女が赤髪だと知れ渡っていること、カイセルとの噂、世間の反応。今回さらに追い詰めるので、この国に居場所がなくなるだろうことまで得意げに。
「私はあの女を許さないわ。元はといえばあの女がお金を持ち逃げしなければフレディが最下層で苦労しなくてもすんだんだもの。なのにあの女ったらカイセル殿下に大事そうにされてるのよ!信じられないでしょう!ああでも、私達が出会えたのはフレディが最下層になったからだから、そこだけは感謝してるわ」
ウフフと笑っているとノックが聞こえて、先ほどの女性スタッフが顔を覗かせた。
「あの、もうそろそろお時間なんだけど、いいかしら?」
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございました」
にこやかに笑みをみせて立ち上がったミランダは、ついでにフレディの耳元でそっと囁く。
「あなたの仇は私が討ってあげる。だから心配しないで。早く元気になってね」
ミランダはフレディに微笑み、「また来るわね」と言ってその場を後にした。
いい報告ができたとミランダの足取りは軽い。
だからフレディの顔色が悪くなっているなんて気づきもしなかった。
扉がパタンと閉まりきった後、残されたフレディは動揺が隠せずシーツを強く握りしめる。
「そんなつもり、なかったのに……。レティーナ……」
か細い声は、まるで泣いているかのようだった。




