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「今世は聖女」 なんて言われても  作者: 野原のこ
第一部 前世は魔女ですが、なにか
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幼馴染とまさかの再会

 言葉を続けようとした二人だったが、そのとき子蜘蛛が数匹飛びかかってきた。レティーナは瞬時に魔力を練りあげて右手に集中させる。


 《炎裂弾(フレイムバレット)


 拡散する炎の弾を放ち子蜘蛛達に命中させる。子蜘蛛達はじゅうっと音を立てて燃え尽きた。

 周囲にいる騎士達もレティーナの登場に唖然としていたが、母蜘蛛が怒りを露わに足をガチャガチャ鳴らしたことで再び臨戦態勢が整う。

 蜘蛛と相対するように剣を構える騎士達もいるが、すでに半数が糸によって宙吊りにされている。大量の子蜘蛛が邪魔で母蜘蛛に近づけず、子蜘蛛を相手にしている間に母蜘蛛の吐き出した糸に絡めとられてしまったのだろう。さらに身動きできなくなった団員達を子蜘蛛が狙っている。


「動ける者全員!捕まった者達の救助に回れ!」

「ですが!」

「大丈夫だ!糸に気をつけろ!」


 青年は叫んだ後、蜘蛛から視線を逸らさず口を開いた。


「まずは子蜘蛛をどうにかしたい。いけるか?」


 心地いいトーンが耳に届く。あまりに懐かしすぎた。

 なぜとか、どうしてとか、そんな言葉が頭の中を駆け巡り、心が緩みそうになるのを気合いで持ち直す。


「任せて!《雷乱槍(ボルティスランサー)》」


 その瞬間辺りが金色に染まるほどの雷槍が空から大量に降り注ぎ、子蜘蛛達に次々命中していく。子蜘蛛達は逃げる間もなくぐさぐさと槍に貫かれて、気付けば死骸の山を築いていた。


 あれだけ苦戦していた子蜘蛛達が一気に全滅。

 団員達が茫然としているが、呆気ないということなかれ。魔術というのは術者が変われば威力も違う。前世では魔女の師匠に散々しごかれ厳しい修業を積んできたレティーナだからこそ、繰り出す術の威力は桁違いなのだ。

 息絶えた子蜘蛛達を前に怒り狂った母蜘蛛が糸を大量に吹き出してきたが、隣にいる彼がそれを素早く切り裂きレティーナが燃やし尽くす。


「そんなに怒るなら子供は置いてこればよかったのよ」


 ぼそりと呟いた言葉に彼はフッと笑った後、一気に駆け出した。

 もちろんレティーナはその援護だ。糸がバンバン飛んでくるのを燃やし尽くし、道を作る。彼がどう動くのかレティーナにはよくわかっていた。遠い昔、その背中を何度も見てきたのだ。

 そうして巨大(ジャイアント)毒蜘蛛(タランチュラ)の正面に辿り着いたとき、鎌のように鋭く長い足が彼に向かって振り下ろされる。レティーナはその足目がけて風裂刃(ウィンドブレード)をぶっ放した。


 バキィッッ!


 大音とともに足が吹っ飛び、それと同時に懐に入り込んだ彼の手によって胴体がズバッと切り裂かれた。あの太い体を一刀両断とはさすがだ。

 こちらも呆気ないほど簡単に事切れた巨大(ジャイアント)毒蜘蛛(タランチュラ)に、団員達から歓声が上がった。


「怪我人の手当てを!急げ!」


 糸を細断して身動きがとれなくなっていた者達を解放し、解毒ポーションを飲ませる。成体だった母蜘蛛の毒を受けていたらまずかったが、子蜘蛛の毒は軽いので皆無事のようだ。


 よかった、そう思ったら気が抜けたのか、体がふらりと揺れる。


(あ、まずいかも……)


 ルルの忠告を忘れていた。

 魔術を扱うには魔力ももちろんだが、資本となる肉体も重要となる。レティーナの場合、ガリガリに痩せたこの体と前世で培った膨大な魔力との差が大きすぎて、器となる体の方が受け止め切れていない。そんな状態で術を連発するのは無理があった。

 ぐらぐら揺れる体が地面に倒れ込みそうになったとき、力強い両腕でぐっと支えられる。


「レイナ!」


 頭上で叫ばれたその声に、“カイ”と懐かしい名を呟きながら体を委ねた。





 ◇



「やっぱりここだったか。レイナ」

「カイ」


 砂漠の国サリュートに点在するオアシスの中でも、ここはレイナお気に入りの場所だ。定位置の木陰で膝を抱えているレイナの隣に、王子のカイザーが腰を下ろした。


「クシュナ様から聞いた。明後日、ここを発つそうだな」

「……私が10歳になったから、師匠が他国でも修業をしようって……」

「レイナも望んでいたじゃないか。クシュナ様のような立派な魔女になりたいから、もっと修業したいって」

「でもそれでサリュートを離れることになるとは思っていなかったわ」


 ぐずっと鼻をすすると、カイザーが笑った。


「そんなに俺と離れるのが寂しいのか?」

「そ、そんなこと言ってないでしょ!ここは私の故郷みたいなところだからよ!」


 顔を上げて抗議すると、カイザーは少し悲し気に目を細めた。


「俺は、お前に会えなくなるのは寂しい」

「っ!な、なに言って」

「一緒に魔術を習うのも、いたずらしてクシュナ様に叱られるのも、全部楽しかった」

「それは……私だって……」

「レイナ、聞いてくれ。俺はこの国をもっと豊かにしたい。緑を増やし、民が飢えることなく、誰もが笑って暮らせるような国に。そのためにはお前が必要だ」

「私?」

「そうだ。だから修業を終えたら、その先は俺のそばで力になってくれないか?」


 まっすぐ見つめながらそう言ったカイザーに、レイナの胸はドキンと音を立てた。

 恥ずかしくなって俯き加減で答える。


「私は師匠に負けないぐらいの大魔女になるわ。それでカイを助けてあげる」


 そう伝えると、カイザーは嬉しそうに笑った。


「頼もしいな。さすがレイナだ」

「当たり前でしょ」

「じゃあ二人の約束だ」

「うん、約束」


 カイザーが拳を突き出すので、レイナも手の平をぎゅっと握ってこつんと合わせる。二人で笑い合っていると、反対側で寝そべっている豹姿のルルがフンと鼻を鳴らした。


『大袈裟なのよ。たかだが二週間離れるぐらいで』


 呆れ顔をしているルルにレイナは目を丸くする。


「え?!ちょっと待って!たった二週間なの?うそ?!」

『サリュート国と契約しているクシュナがここを離れるはずないでしょ。揶揄われたのよ』

「ええええ?!ハッ、まさかカイも知ってたの?!」


 カイザーを見ると彼は笑いを堪えている。


「レイナがあまりにも悲しそうだったから、ここは乗っておかないと」

「なんで乗るのよ!普通に教えてくれればいいでしょ!」

「でも約束はしたからな」

「知らない!」


 レイナがぷいっと顔を背けると、カイザーはハハハッと声を上げて笑った。






 レティーナはゆっくりと意識が浮上した。

 目を開くと、正面の高い天井には美しい模様が描かれている。ピカピカに磨かれた大きな窓に重厚なカーテン、あまりにも心地いいふかふかの布団。どう考えてもお金持ちの家だ。寝心地がよすぎてもう一度目を閉じようとしたが、倒れる前の出来事を思い出してがばりと起き上がった。

 夢かと思ったけど夢じゃない。

 ベッドのそばにある椅子に腰をかけていたのは前世の幼馴染、カイザーだった。


「久しぶりだな。レイナ」

「ほ、本当にカイなの?なぜ……」


 青みがかった艶やかな黒髪と同色の瞳をそのまま受け継ぎ、端正な顔立ちも変わっていないけれど、肌の色が違う。カイザーは砂漠の国の王子だったので褐色の肌をしていた。

 それから服装。

 前世のカイザーは三つ編みにした髪を横に垂らしてターバンを巻き、ゆったりとしたシャルワーニーを纏っていたが、今は髪も短く薄手のシャツにパンツ姿で、引き締まった体と手足の長さが強調されている。

 それでもやっぱり彼はカイザーで、目が離せずじっと見つめてしまう。そんなレティーナに彼は心配顔を向けてきた。


「大丈夫か?お前、もう3日も眠りっぱなしだったんだぞ」

「え……?3日も?!」

「ルルが大丈夫だっていうから問題ないとは思っていたが、さすがに心配した」


 魔力が安定してないのに魔術を連発したせいで、さらに体に負担がかかったようだ。それにしても3日とは。


「ごめんなさい、迷惑かけたわね」

「こっちこそ礼と謝罪をさせてくれ。レイナが、今はレティーナだったな。あの場に来てくれて助かった。お前のおかげで討伐できたし、皆無事だった。だが無理をさせてしまってすまない」

「レティでいいわ。それはいいんだけど、えっと、名前……」

「今はカイセルだ。カイのままでいいぞ」

「カイセル、って……まさか!第一王子殿下?!」

「そうなるな」


 肩を竦めるカイセルにレティーナは驚きを隠せなかった。

 カイセル・ベルダンは今年20歳になる国王の長子だ。

 幼いころは知名度の高い第二王子と比べられ、“英雄の再来とその兄”なんて付属品のような扱いをされていたが、自らの実力でその名を徐々に広めていった。緊張状態だった隣国との間に和平条約を締結させた功績は世間知らずのレティーナだって耳にしている。


 唖然としていると、カイセルは柔らかく微笑んだ。よく知ったその笑みに言葉が続かなくなりそうで、レティーナは慌てて口を開く。


「それで、カイセル殿下は」

「カイでいいって言っただろう」

「王子殿下にそのような呼び方はできません」

「敬語もいらない。お前と俺の仲で、今さら他人行儀すぎるだろう」


 眉間に皺をよせて不服を伝えてくるカイセルと押し問答の末、結局レティーナが折れた。確かに今さらだ。


「わかったわ、カイ。それでいつから記憶があるの?」

「レティが空から降ってきたときだ。正直混乱したぞ。あのときは巨大(ジャイアント)毒蜘蛛(タランチュラ)と対峙していて考える余裕もなかったからな」


 まさかあの時とは。冷静に見えていたので驚いた。


「でもなぜカイに記憶があるの?普通は輪廻転生しても記憶はないままよね?」

『私が干渉したからよ』


 窓際で日向ぼっこをしていた子猫姿のルルが、眠そうながらも口を挟んだ。

 ルルが干渉したならカイセルが記憶持ち転生者となったのも頷ける。レティーナ同様、記憶を取り戻すまでルルが姿を見せることはできないし、転生先も選べないという制約はあるけれど。


「でも前世も今世も王子に転生するなんて、カイはきっとそういう星の元なのね。サリュートの国王にもなったんだから」


 レティーナが笑っていうと、カイセルは首を傾げた。


「いや、俺は前世で王になっていないぞ」

「…………え?」

「なぜ俺が王になるんだ?」


 その言葉はレティーナに衝撃を与えた。


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