それぞれの想い
顔を覗かせたオーウェンは昼間とは別人といえるほど窶れた顔をしていた。
「レティーナ殿、わざわざありがとうございます。中へ入っていただけないだろうか」
レティーナは促されるままに足を踏み入れた。マリオは見張りを兼ねて扉の外で待機するそうだ。
あばら小屋は長く使われていなかったようで埃っぽく、床には縄の切れ端やなにかの破片、土などが散乱している。実家で押し込められていた小屋での生活を思い出した。
「こんな場所に呼び出して申し訳ない」
「いえ、大丈夫です」
少しの沈黙の後、オーウェンは貴族家の嫡男とは思えないほど深く頭を下げた。
「今回のことはすべて私の浅慮が招いたこと、君にも大変な迷惑をかけてしまった。聞けば君はずっと力を隠していたというのに、聖女の力まで惜しみなく使ってくれた。そんな君に私は……。本当にすまないことをした。心からの謝罪と、感謝をします」
「オーウェン様、どうか頭を上げてください。力を使うことを決めたのは私ですから気にされる必要はありません。私の方こそ誤解を解こうともせず、申し訳ありませんでした」
そう言うと、顔を上げたオーウェンは苦し気な表情を浮かべた。
「君は、そんなふうに優しくて強い人だったのだな。今さら気づいた私は、とんだ大馬鹿者だ」
「オーウェン様……」
「聞いてほしい、レティーナ殿。私はこれまで辺境伯家の嫡男として日々剣術に打ち込んできた。そのため女性とは縁遠く婚約者もいない。そんな私がフードを脱いだ君を見て美しいと、時が止まったように見惚れてしまった。……あのとき私は、恋というものに落ちたのだと思う」
自分の思いを吐露したオーウェンは、気を落ち着けようとふうっと息を吐いた。
「しかし私はその想いを受け入れることができなかった。強敵との戦いを前にそんな浮ついた感情を持つなど、私自身が許さなかった。だから噂どおり、君は異性をたぶらかす魔女なのだと結論付けた。君とカイセル殿下の距離が近いことにも拍車をかけたように思う。……今考えれば、あれはただの嫉妬だったのかもしれない」
苦笑まじりにそう言ったオーウェンは、まっすぐにレティーナを見つめた。
「今回の件で私は後継から外され、先行きが不透明な身となった。だが剣の腕には自信があるし、必ず這い上がってみせると誓う。だからレティーナ殿、私と共に歩む道を考えてもらえないだろうか?」
「それは……」
「君にとっても悪くない話だと思う。城に戻ればまた厄介な揉め事に巻き込まれるだろうが、ここであれば自由に過ごせるはずだ。私とのことはゆっくりでいい。まずはこの土地で生活することから始めてみてはくれないか?」
自らの非を認め、真摯に思いを伝えるオーウェンはきっと真面目で不器用な人なのだろう。こういう男性に嫁げば、生涯ずっと大切にしてもらえるかもしれない。
けれど、とレティーナは思う。
理屈ではないのだ。たとえ先のない未来であっても、心が望むままに進みたい。
「お気持ちは嬉しいですが、私がここに残ることはありません。申し訳ありません」
きっぱりと言い切り頭を下げる。真面目な彼に期待を持たせるような真似はしたくなかった。
少しの沈黙の後、オーウェンは自嘲気味に口を開く。
「やはり、カイセル殿下のことが?」
「……彼は幼馴染です。まして王子という重責を伴う立場ですので」
「聖女の君なら問題なく殿下に寄り添えると思うが」
「……それは……」
レティーナが押し黙ると、オーウェンは苦笑した。
「私が言うことではないが、レティーナ殿はもう少し自分の気持ちに素直になった方がいい。……私のように、後悔しないためにも」
そう言うとオーウェンは寂しそうな笑顔を向けて、レティーナに退出を促した。
「本来なら私は謹慎中の身で君に会うことは許されていない。今後別れの挨拶もできないが、ここで話せてよかった。時間を割いていただき感謝する。ありがとう、レティーナ殿」
「こちらこそ、ありがとうございました」
オーウェンが右手を差し出してきたので握手を交わして外に出る。
待機していたマリオにも礼を言われて、その場を後にした。
レティーナの背中を見送ったオーウェンは、心配そうに伺うマリオに力のない笑みを見せた。
「あっさりと振られてしまったよ」
「若様……」
「当然といえば当然だな。私は彼女にマイナスな態度しか取っていない。いくら言い訳を並べたところで心に響くはずもない」
「……もう少し時間が必要だったように思います」
「そうかもしれない。だが父上の目を盗んで会えるのは今しかなかった。想いは伝えられたのだから、それでよかったとしよう」
少々強がって見せたのだが、それに気づいているマリオはオーウェン以上に悲しい表情を浮かべた。
「そんな顔するな。傷は浅いから大丈夫だ。どのみち私に入り込む隙はなかったのだから」
言葉に出すとより納得できる。
出会ったばかりのオーウェンですら、二人の絆の強さを感じ取った。
(ああ、そうだな。できることなら……)
尊敬するカイセルが王となり、その隣で赤髪の聖女が幸せそうに笑っている、そんな姿を見たいと思った。
◇
オーウェンと別れたレティーナは元来た道に戻る途中、溜め息まじりにぼそりと呟いた。
「自分の気持ちに素直になった方がいい、か……」
以前メイナードにも似たようなことを言われた。自分がどうしたいのか、それが大事だと。
言いたいことはとてもよく分かる。それと同時に、じゃあ自分の思いが叶わなかったときは?その疑問が頭を擡げるのだ。
前世、レイナは家族と死別している。
なにもない山間の小さな村だったけれど、幸せに暮らしていたのに土砂崩れが起こりレイナだけが生き残ってしまった。
ルルに拾われ、砂漠の国サリュートで骨を埋める覚悟をしていたのにそれも出来なかった。ただカイザーの助けになりたかっただけなのに、それさえ叶わず。
せめてこの力で皆を幸せにと願ったけれど、最悪な形でそれも潰えた。
今世では両親からの愛情はもらえず不和なまま縁は切れ、仲の良かった従弟との関係も壊れた。
レティーナは多くを望んでいないはずなのに、願いは手から零れ落ちていく。
(叶わない願いを持つことは、とてもつらいわ)
それなら最初から願わなければいい。
今世、カイセルと再会できただけで十分幸せに思っている。隣にいられる間は共に過ごす、それがたとえ限られた時間だったとしても。それでは駄目なのか?
そこまで考えて、ふうっと息を吐く。
恋愛感情は必要ないと、決めたのは自分だったはず。なのにオーウェンに気持ちを告げられて影響を受けてしまった。
心が、揺らぎ始めている。
(……素直になったら、なにかが変わるのかしら)
もっと心に正直になったなら。そうしたら違う未来があるのだろうか?
けれど抑え込んだ思いに名前をつけてしまえば、きっともう後戻りはできなくなるだろう。
ふと、正面に人影がみえて足を止める。そこにいたのは今まさに考え事の中心にいたカイセル本人だった。
夜空を見上げていた彼だったがレティーナがいることに気づく。
「レティ、ここにいたのか。皆が探してたぞ」
「あ、うん……酔い覚ましに散歩をしてたの。カイこそなにをしているの?」
「星を見てたんだ。王城と違い、ここならもっと星が見えるかもと思ったが……」
カイセルの眉が残念そうにハの字になる。それがなんだか可愛らしくて、レティーナはふふっと笑った。
「サリュートと比べちゃ駄目よ。あそこは特別なんだから」
「特別か。でもまあ、そのとおりだな」
砂漠の国サリュートでは常に満天の星が輝いていた。空との距離がもっと近くて、手を伸ばせば星が掴めそうなくらいだった。
それでも自然の多いここは王城よりも綺麗に見える。二人で夜空を見上げていると、自然にあの頃を思い出した。
燦燦と輝く太陽の光を浴びて、オアシスでは互いの背中を預けて休む。質素な食事を分け合い、星降る夜に手を繋いで空を見上げる。
あの地で過ごした日々は今でもかけがえのないものだ。
「レティ、すまなかったな」
カイセルの突然の謝罪にレティーナは目を瞬かせた。
「急に謝罪なんて、どうしたの?」
「他に選択肢がなかったとはいえ、お前の力が認知されてしまった。いくら口留めしていてもこの人数だ、漏れる可能性は高い。お前はまだどうするか決めかねていたのに」
顔を曇らすカイセルにレティーナは微笑んだ。
「双頭大蛇が現れた時点で覚悟はしていたわ。だから気にしないで。それに……」
「それに?」
「もし私が居づらくなって国を出ることになったら、一緒に来てくれるんでしょう?」
こんなことを言うなんてらしくない。わかってる。
けれどオーウェンに言われた言葉が心にひっかかって、でも答えは見つからないからこんなことを口走ってしまうのだ。
それでも勇気を振り絞って出した言葉に、カイセルは目を丸くしたあと嬉しそうに破顔した。
「もちろんだ。俺はお前と一緒に行く。どこにだってな」
「……そ、そう?」
「なんで疑問形なんだ。お前が切り出したんだろ」
「だ、だって……」
カイセルがあまりにも嬉しそうな顔をするから、ちょっと戸惑ってしまったのだ。
でもこんなふうに笑ってくれるなら言ってみてよかったと思う。笑顔を返すと彼は目を細めた。
「レティが自分から先の話をするのは初めてだな」
「それは……そうかも」
「俺は、お前がそう言ってくれるのを待ってた」
「え?」
「レティ、俺はずっと昔から……」
カイセルが手を伸ばし、レティーナの頬に軽く触れる。ごつごつした男性の手はレティーナの知っているそれとはまったく違っていて、けれどやっぱり懐かしくて温かい。
「俺はずっとお前と」
「レティ隊長ぉ!カイセル殿下ぁ!どこですかぁ?!」
「主役のお二人がいなくなっちゃ駄目ですよぉ!」
離れた場所で二人を呼ぶ声が聞こえた。静まり返っていた庭が騒がしくなり、現実に引き戻されたような感覚を覚える。
カイセルは困ったように笑い、レティーナの頬から手を離した。
「俺達を呼んでるな。そろそろ戻るか」
「そう、ね」
踵を返して、カイセルは先を歩き始めた。その背中を見つめながらレティーナは思う。
カイセルはなにが言いたかったのだろうか。あと少しタイミングが違っていたら、なにを聞けたのだろう。
彼に触れられた頬が、いつまでも熱を持っていた。




