祝勝会の盛り上がりネタ
その日の夜、辺境伯家のホールで祝勝会が行われることになった。
といっても急ごしらえであり、弔いも兼ねているので派手なものではない。それでもテーブルには大量の食事と酒が所狭しと用意されており、十分な仕上がりになっている。
まずは黙祷の後、全員がグラスを手に持ちメイナードの話に耳を傾ける。
「皆、今日は本当に頑張ってくれたね。あれほどの強敵を前に怯むことなく、各自がしっかりと役割分担を果たした結果が勝利に結びついたのは間違いない。誇りに思うと同時に、今回得た経験を今後も活かしていってほしい。それでは、乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
乾杯後はそれぞれ好きなように食べて飲んで談笑して、とざっくばらんな会となった。
そして当然ながら。
(やっぱり、こうなるわよね)
レティーナの周りにはキラキラと瞳を輝かせる騎士達で人だかりができてしまった。
薄々感づいていた討伐団メンバーはともかく、聖女の力を目の当たりにした自衛軍の熱量がすごい。
「本当にありがとうございました、聖女様!」
「俺達がここでこうしていられるのも聖女様のおかげです!」
「あのね、その聖女っていうのは……」
「もちろんわかってます!ここだけのお話ですよね!」
神龍登場に再生と治癒、あんなに堂々と力を奮っておいておかしな話ではあるけれど、メイナードがすぐに全員に緘口令を敷いてくれた。国から認定を受ける前に“聖女”という存在を大っぴらにするべきではない、と。
平民かつ赤髪のレティーナの不安定な立場を鑑みてのことだが、ギュンターからも「恩を仇で返すような真似はしてくれるな」と言葉が添えられたことで全員が理解を示してくれた。
ただ今は部外者もいないから問題ないよね、と思っているようで盛り上がってしまっている。
「森が蘇っていく様子は今でも脳裏に焼き付いていますよ!」
「あれはすごかったですね!辺境地が守られたのは聖女様のおかげです!」
「もちろん双頭大蛇が討伐できたのもですよ!」
「ええっと、私だけじゃなくて、皆が頑張ってくれたおかげなのよ」
圧に押されながらもレティーナがそう返すと、彼らはさらに目を輝かせた。
「なんて謙虚なお言葉!」
「やはり人格者であらせられるのか!素晴らしい!」
「さすが聖女様!見た目だけでなく心もお美しいのですね!」
いやいやいやいや、勘弁してほしい。正直この手の持ち上げはレティーナにとって必要ないものだ。
どう対応しようかと困っているとソフィアとシリル、ライナーがレティーナを庇うように前に出る。
「お気持ちはわかりますけど、そういうのはやめてください」
「そうですよ。レティ隊長が素晴らしいのは同意見ですけど、それは聖女云々関係ないですから」
「そもそもレティ隊長はそういうのも嫌で力を隠していたんだ。隊長を困らせないでくれ」
三人が言うと自衛軍の面々は戸惑うようにレティーナを見た。彼らも彼らで悪気がないのもよくわかるので、うまく伝わるだろうかと思いつつ笑みを見せる。
「皆の気持ちは嬉しいわ。でも私はあくまで魔物討伐団の一団員。聖女の力を持ってはいるけれど、それは付随に過ぎないと思ってるの。だから聖女という言葉で一括りにせず、私個人を見て仲良くしてくれると嬉しいわ」
特別視はいらない、そう告げたつもりだったのだけど、なにを思ったのか自衛軍の騎士達はパァッと顔を明るくした。
「おっしゃるとおりですね!よくわかりました!」
「うんうん、確かに!レティ隊長が素晴らしいのは聖女だからじゃなくて、レティ隊長だからなんですね!」
「なるほど!レティ隊長はレティ隊長!その上で素敵な方ということか!納得です!」
(……なんか違うわね)
先ほどと変わってないどころか熱量が増してしまったではないか。どうも言葉を間違えたようだ。
「あのね、そういうことじゃなくて」
「そうなんですよ!レティ隊長が素晴らしいんです!わかっていただけましたか!」
ソフィアが身を乗り出してきた。声が大きすぎてビクッとなる。
「聖女だからじゃない、そういうことです。皆様の理解が早いので助かりますね」
シリルまでもうんうん頷いている。なぜ上から目線なんだ。
「ソフィア、シリル、やめなさ」
「レティ隊長がいかに素晴らしいか、直属の部下たる俺達が誰よりもよく知ってるぞ!」
「ライナーまでなに言ってるの」
「おお!直属の部下とはなんとも羨ましい!」
「レティ隊長のご活躍を目の当たりにされてるのですね!」
「フフン、まあな」
調子に乗って反り返るライナー。注意しようとすると、それまで黙っていた討伐団の魔術師達まで口々に言い始めた。
「直属の部下じゃなくても俺らレティ隊長から教えてもらってますから!」
「俺達だってレティ隊長の活躍はお伝えできますよ!差し当たって、ライナーとの模擬戦から」
「まてまて、それならレティ隊長の登場シーンから話すべきだ!」
「“空から降ってきた凄腕魔術師”は今でも僕達の語り草なんだよね!」
「おお!ではぜひそちらから聞かせてください!」
酒も入っているせいか両者の間で一気に盛り上がり始めた。こうなった以上はもう無理。
諦めたレティーナは周囲に視線を動かす。
離れた場所ではメイナードとカイセルがそれぞれ人に囲まれており、奥の方ではギュンターが酒をぐびぐび飲んでいた。
当初ギュンターは息子オーウェンの仕出かした件で祝勝会を欠席しようとしていたが、メイナードに強制参加させられている。こういう場では明るく振る舞うのが故人への餞とされているので、無理やりにでも酒をかっ食らっているのだろう。
ルルはといえば、いつもは肩の上にいるというのに今は特別に用意された席に子猫姿で座っている。しかも騎士達から貢物のように山盛りの皿を献上され、それらを当然のようにはぐはぐしている。なにをやっているんだか。
レティーナは溜め息を吐いた後、周囲の目を盗むようにその場から離れた。
庭に出たレティーナは人気のないところまで進むとくるりと振り返り、姿の見えない人物に声を掛けた。
「私になにかご用でしょうか」
すると茂みがガサリと揺れ、自衛軍第三隊の隊長マリオが出てきた。
ギュンターの命令に背いた彼だったが、相手が跡取りのオーウェンということもあり、メイナードのとりなしもあって祝勝会への参加は許されている。ただ降格は免れないだろうとの話だ。
彼はバツが悪そうな顔をして頭を下げた。
「気づいていらっしゃったのですね。後をつけて申し訳ありません」
「それは構いません。なにかお話があったのでしょうから」
最初から彼の視線には気づいていたので、こうして話しやすい場所を作ったまでだ。
マリオは今回の件を深く反省しているらしく、丁寧に謝罪の言葉を述べた。それから感謝の念も。
「レティーナ様のおかげで討伐できただけでなく、大勢の仲間が救われました。本当にありがとうございました。それで、その、大変勝手な願いではありますが、若様にも一度会っていただけないでしょうか?」
「オーウェン様に?」
「はい。若様は謹慎を命じられて、あなた様と会うことは許されておりません。ですがどうしても直接謝罪したいと……。どうか聞き入れてもらえませんか?」
厳密にいえばこれも軍規違反になる。だからマリオはこうしてこっそりと話を持ってきたのだろう。
自分勝手な理由であれだけの被害を出したオーウェンは今回の件で後継から外されることがすでに決定している。
その後の身の振り方はわからないが、レティーナがもっと彼とコミュニケーションを取っていたなら違った未来があったのかもしれない。
そう思うと突き放すことはできず、迷った末に了承した。
「ありがとうございます。それではご案内します」
マリオに先導されて庭の奥に進み、あばら小屋に辿り着くとマリオがそっとノックをする。
「若様、私です。レティーナ様をお連れしました」
古びた扉がギィィッという音を立てて開かれた。




