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「今世は聖女」 なんて言われても  作者: 野原のこ
第二部 力が漏れ出ていますが、なにか
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やっちゃってください、神龍様!

「レティ、神龍様の本体を召喚するんだ」

「神龍様を?!でも本体なんて呼んだらこの森が!」

「ああ。大半が消し飛ぶだろうな」


 神獣の第一柱である神龍の力は、理を無に帰すこと。

 前回はライナーの鼻をへし折るために影を呼び出したが、本体はそれとは比べものにならない力を持つので双頭大蛇ツインズサーペントを飲み込むことも容易いはず。


 ただしその代償も大きく、神龍の力を浴びたものはすべて無に還ってしまう。

 即ち緑生い茂るこの大きな森の大半が更地と化してしまい、元に戻るには長い年月が必要になるのだ。生態系への影響も大きく、前世でも影を召喚したことはあっても本体を呼んだことはない。


 カイセルから簡単に説明を受けたギュンターは迷う素振りを見せたが決断は早かった。


「どのみちあやつを討伐しない限り、森どころか辺境地が全滅してしまいます。ただ本当に伝説の龍を召喚なんてことができますのか?」


 できることはできる。神龍召喚には途方もない魔力が必要になるが、刻印のあるレティーナは空気中の魔素を取り込むことができるので問題はない。

 ただ長い詠唱が必要となり集中しなければならず、その間は完全に戦力外となる。それであの頭二つをどうやって抑えるのかが問題だ。

 カイセルが大蛇の頭を見据えた。


「あの右側の頭、左に比べて動作が鈍い。黒水晶の影響がまだ残っているはずだ」


 言われてみれば、右側の頭もゆらゆら蠢いているが、左に比べて戦意があまり感じられない。


「確かに……」

「だからあっちは先ほどと同じように魔術師達でタコ殴り作戦を継続して、時間稼ぎをする。それでもうひとつの頭は俺がおとりになる」


 カイセルの言葉にレティーナは息を飲んだ。一瞬にして前世の記憶が蘇る。


「そんな、カイ!あのときとは状況が!」

「変わらない。大丈夫だ、レティ。俺達はいつもどおりにやれる。だろ?」


 前世、まだ幼かったころのレイナは魔術を繰り出すのに時間がかかり、しかもコントロールが上手くできず不発に終わることも多々あった。

 それでもスパルタな師匠に砂漠に放り込まれる中、カイザーがおとり役を買って出てくれるようになった。

 彼はルルの背に乗り魔物を翻弄しながらも「頑張れレイナ!お前ならできる!」と励ましてくれていた。危険を顧みず信頼してくれるカイザーのおかげで、レイナはメキメキと腕を上げたのだ。


 だからといって今回の相手はあまりに強大すぎる。反対しようと口を開きかけたとき、ギュンターが焦ったように叫んだ。


「お、おとりですと?!そんな無茶な!そもそもどうやって対峙するおつもりで」

「ご報告します!砲弾が残り一ダースを切りました!大砲での攻撃がまもなく終了します!」


 騎士の報告で一気に緊張感が増す。砲弾が尽きてしまえばもう後がない。


「カ、イ……」


 メイナードがなにか言いかけたがカイセルはそれを遮るように「大丈夫だ」と告げ、近くにいた騎士にメイナードを託した。

 そして覚悟を決めた瞳をルルに向ける。


「ルル、頼む」

『仕方ないわね』


 そんな言葉と同時にルルはレティーナの肩から離れ、一回転しながら地面に降り立った。輝かんばかりの金色の瞳と毛並みを持つ大きな豹に変化したルルの姿に、誰もが目を見張る。


「なっ!ま、まさか、そのお姿は……!」


 神獣の登場に唖然とする中、カイセルは颯爽とルルの背中に飛び乗った。


「ギュンター、現場の指揮は任せた!レティ、頼んだぞ!」

「カイ!」


 レティーナが止める間もなくカイセルとルルは上空に飛び立たっていってしまった。

 残された面々は驚いた表情のままレティーナに目を向ける。


「レティーナ殿、もしかしてあなたは……!」

「ギュンター辺境伯、今はそんな話をしている場合ではないわ。カイセル殿下の指示に従ってください」

「……おっしゃるとおりですな。魔術師第一班!右側の頭部目がけて総攻撃をしかけろ!くれぐれもカイセル殿下に当たらぬよう気をつけよ!」


 ギュンターは表情を引き締め直し、指示を出し始める。同じくレティーナも腹を括るしかなかった。本当はカイセルにおとりになんてなってほしくない。けれど他に方法が思いつくわけでもなく、むしろ現状を鑑みれば最善の策といえた。


「ソフィア、シリル!二人はカイに防御を張ってちょうだい!ライナーはカイの援護をお願い!それから神龍様に巻き込まれないように大蛇と距離を置くよう皆を誘導して!」

「は、はい!」

「「わかりました!」」


 三人は力強く頷きすぐさま指示に従った。

 それを見届けたレティーナは場所を確保するためさらに彼らと距離を置く。


(カイ、どうか気をつけて!ルル、カイをお願い!)


 カイセルの無事を祈りながら、魔素を取り込むために両手で印を組んだ。深呼吸を繰り返し、ゆっくりと瞳を閉じる。集中力を高め、体に流れる魔力を鳩尾一点に集中させた。


「我が身に宿りし光の破片。祖は大地より現れし、幾千の時を超えて蘇らん」


 レティーナの頭上に巨大な古代召喚魔方陣が浮かび上がった。周囲がざわついたのが分かったが、レティーナはそのまま詠唱を続ける。


「一条の光は闇を払い、満たされた器は命芽吹く。花開く大樹は幻想の中、黄金の実は救いの手とならん。運命の歯車は廻り永久の時を駆け、奇跡の縁を紡ぎ始める」


 詠唱を続ける中、周囲が双頭大蛇ツインズサーペントと必死に対峙しているのが伝わってくる。


「おい××!すぐさま×××××××!」

「第二班!××××××××!」


 断片的な言葉がうっすらと耳に入ってくる。攻撃の要となるレティーナが不在となれば苦戦を強いられるのは間違いなく、彼らの身が心配になる。

 そしてなによりおとりとなったカイセルとルル、二人の状況を確かめたくて仕方がない。

 けれどここで集中力を切らして失敗するわけにはいかないのだ。


「望むは心、聖なる力を対価に幸を求めん。封印されたし力は解放され、先行く未来に……」 


 一刻も早くと焦る思いをぐっと堪えて、意識をさらに奥に潜り込ませた。

 そしてようやく、長かった詠唱も終わりに近づく。


「黄金の肉体、光照らすまなこ、高貴なる力にて闇覆う災禍を払え!偉大なる祖よ、我が声に応え君臨せよ!《天翔神龍》!!」


 その瞬間、ゴオッという激しい風が吹き荒れ、魔方陣から巨大な龍が勢いよく飛び出してきた。神龍はその勢いのままレティーナを自身の額で救い上げて上空に舞う。

 巨大な肉体は眩いほどの金色に染まり、同じく金色に輝く瞳はすべてを見通すかのように深い光を放っている。大蛇の頭など簡単に握り潰せそうな鋭い爪、一振りですべてを吹き飛ばすだろう長い尾、覇者たるその強烈な姿は脅威でしかなかった双頭大蛇ツインズサーペントがかわいらしく思えるほどだ。


 人間の想像を遥かに超えた存在は美しく崇高でありながらも畏怖しかなく、戦士達はただ茫然と空を見上げた。


「カイ!ルル!」


 レティーナの思いを汲み取るように、神龍は双頭大蛇ツインズサーペントの上空を飛び回っている二人をレティーナのときと同様自身の額で拾い上げた。


「カイ!ルル!大丈夫?!」


 勢いよく隣に着地した二人は片や笑顔を、片や呆れ顔をレティーナに見せた。


「大丈夫だ。問題ない」

『なに言ってるのよ。何度も口の中に入りかけたじゃない。カイが無謀にも突っ込もうとするからよ』

「ルルだって負けん気いっぱいで向かっていったじゃないか」

『フン。蛇なんかに後れをとるわけないでしょ』


 まだまだ元気そうな二人にレティーナはホッと息を吐く。

 無事でよかったと心の底から安堵し、正面にいる双頭大蛇ツインズサーペントを睨みつけた。


「やっちゃってください!神龍様!!」


 レティーナの叫びと同時に、神龍は瞳から強い光を放ち双頭大蛇ツインズサーペントに向かって凄まじい咆哮を上げる。その勢いはあまりに激しく、空気がビリビリと割れて地響きが起こった。

 まさに天変地異そのもの、大きく揺れ動く地面に戦士達は立っていられずしゃがみ込む。


 苛烈な咆哮を浴びた双頭大蛇ツインズサーペントは溶けるように輪郭が崩れていき、灰が舞い散るようにサラサラと消滅していった。さすがは神の御使い第一柱、本当に凄まじい力を持っている。

 とはいえだ。


「こんな、あっさり……?」


 咆哮一発で簡単に消滅するとは思っておらず、レティーナもカイセルもあんぐりと口を開けた。影と本体ってこんなに違うのかと。

 ルルだけが『さすが神龍様ね』と鼻高々になっていたが、眼下に広がる森の大半が抉り取られたようにまっさらになっているのを見て押し黙る。

 神龍がぼそりと呟いた。


『フム。久しぶりすぎて力加減を誤ったか』


 その言葉にギョッとして、レティーナとカイセルは慌てて下を確認する。双頭大蛇ツインズサーペントからちゃんと距離を置いていた戦士達は巻き込まれていないようでホッとした。

 しかし彼らの目の前にはそこから切り取られたように更地と化した風景が漫然と広がっていることだろう。


 これ、どうしよう。

 そう思っていると、神龍がゆさゆさと首を動かす。


『ほれ、赤の。なにをぼけっとしておる。其方の出番ぞ』

「私ですか?」

『さよう。其方、今世は聖女であろう。再生の力にて森を復活させればよいではないか』

「え、えええ?!」


 確かに再生は聖女の力だ。

 だけれどこんな、綺麗さっぱり更地に返った場所を森に戻す?それはさすがにハードルが高すぎて無理じゃないのか。


『我も力を貸してやるので問題ない。それに人間達にも癒しを与えてやった方がよかろう』


 地上ではポーションによって治癒が完了した者もいるが、息絶え絶えの戦士達がまだまだ多くいる。彼らを救うのはレティーナにしかできない。

 やれることはやらなくては、そう思い聖魔術を奮うための印を組む。

 慣れ親しんだルルの力とは別に神龍の重く熱い聖力まで流れ込んでくるのをなんとか体内に取り込み、自分の魔力と融合させる。

 治癒と再生を同時に、そう思ったら自然と言葉が零れ落ちた。


「我が身に宿りし光の欠片、流れる生命の息吹を吹き込み、清らかなる癒しをすべてに授けたまえ《聖光超回復シャインリカバリー》」


 すると柔らかい光が地面に向かってゆっくりと降り注ぎ始めた。

 小雨のようなその光はあたり一面に広がって枯れた大地を覆い尽くし、傷ついた戦士達を優しく包み込む。ゆっくりと木々が蘇っていく幻想的な光景はあまりに美しく、地上の戦士達も上空にいるレティーナとカイセルも、皆がただその景色に見とれた。


 やがて光が収まったころ、気付けば森が元通りに、いやそれ以上の復活を遂げていた。

 木々達は青々と生い茂り強い生命力までも感じさせる。

 そして重傷者達は、自身に起こった出来事に理解が追いついていけず静まり返っていたが、誰かがぼそりと呟いた。


「俺、生きてる。すげえ。もう駄目だと思ってたのに」


 その声に反応して、騎士達が次々に口を開く。


「俺も!諦めかけてたのに!」

「俺は走馬灯見てたとこだった!けど今めっちゃ元気!」

「マジで治ってる!完璧に治ってる!古傷まで完全に!」

「わ、儂の関節痛まで治っておるぞ!」


 体が無事なのを確かめ合っている元重傷者達と、古傷まで完治していることに驚くギュンターとその他戦士達。喜びは伝染し、やがてワーーッと歓声が上がった。


「よかった、無事に治癒できたみたい」

「ああ。討伐できたのも皆が元気なのもレティのおかげだ」

「皆が頑張ってくれた結果よ。それにおとりになってくれたカイのおかげでもあるわ」

『私のことも忘れないでほしいわね』

「もちろんよ、ルル。ありがとう」


 すると地上からレティーナ達を称える声が届き始める。


「レティ隊長バンザーイ!カイセル殿下バンザーイ!」

「ありがとうございます!聖女様ぁ!」

「レティ隊長ぉ!カイセル殿下ぁ!!」


 皆が上空に向けて手を振っている。レティーナとカイセルも笑顔で手を振り返していると、黄色い声援までも聞こえてきた。


「神龍様ぁ!とってもかっこいいです!」

「ルル様ステキーーッ!」


 ルルはもちろんのこと、神龍までも満更でもない顔をしたので、レティーナとカイセルは互いに顔を見合わせて笑った。


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