オーウェンとの溝
「黒水晶が魔物に役立つとか変異種だとか、そんな話をでっち上げてどうするつもりだ!そうまでして特別視されたいのか?!そうやってカイセル殿下に取り入ったのかもしれないが、ここでは通用しないぞ!」
「オーウェン、やめろ!」
「言わせてください、父上!……転移石を修復してもらったことは感謝しているし、君にはそれなりの力があるのだろう。だが適当なことを言って皆を惑わすのはやめてくれ!やはり親衛隊が言っていたように、君をここに連れてきたのは失敗だったようだ!胡散臭い赤髪の魔女の話など信用に値しない!これ以上くだらない話を続けるならここから出て………ガハッ!」
オーウェンが倒れ込むように両膝を地面についた。覇気をまとうカイセルの強烈な殺気を浴びたせいだ。
これほど直接的に怒りを見せるカイセルは珍しく、まともに浴びたオーウェンはガクガクと震えて動けずにいる。
「カイセル殿下、レティーナ殿、愚息が大変失礼をした。どうか儂に免じてご容赦願いたい」
顔を青くしたギュンターがすぐさま頭を下げた。倣うように辺境伯家の面々が次々頭を下げる。
レティーナが宥めるように「カイ」と声を掛けると、カイセルは小さく息を吐いて殺気を解いた。
「オーウェン、お前がどう思おうと勝手だが、レティは俺が最も信頼している大事な人だ。彼女への侮辱は許さない」
「……申しわ、け、ありません……」
歯噛みながらの小さな謝罪に、今度はメイナードが溜め息を吐く。
「ここまでカイを怒らせるなんてやるじゃないかって言いたいところだけどね、オーウェン。レティーナ君への侮辱は私も許さないよ。それに今は仲間内で揉め事をしている場合じゃないよね。一旦外に出て頭を冷やしてきなさい」
「………はい。失礼します」
オーウェンはメイナードとカイセルに軽く礼をして部屋から出ていった。
眉間に皺を寄せたギュンターが深々と頭を下げる。
「申し訳ございません、カイセル殿下、メイナード団長、そしてレティーナ殿。噂に惑わせられるような男に育てたつもりはなかったのですが、ようやくできた跡取りでしたので甘やかしてしまった部分も……」
「私は気にしていませんので、どうぞ頭を上げてください」
「レティーナ君もこう言ってくれてるし、時間もないからこの件は終いにしよう。カイもいいね?」
カイセルは渋い顔のまま頷いた。
自分が侮辱されるのは平気なくせに、レティーナのことになると怒りを見せるところは昔から変わっていない。その優しさに頬が緩んだ。
「じゃあ話を進めるよ。まずは尾の確認を急ぎたいね」
「それはうちの方でやらせてくだされ。責任を持って調べるとお約束します」
「なら頼んだよ、ギュンター」
そうから会議は再開されたのだが、その後もオーウェンが戻ってくることはなかった。
時計の針がちょうど真上に上がるころ、魔物討伐団と辺境伯家の自衛軍は全員砦の前に整列した。
怪我人達はコーデリアが用意してくれたポーションを飲んで無事回復し、それ以上に看護が必要な者はウォルフの部下達に任せてある。
結局、レティーナが懸念していた双頭大蛇の尾は頭ではなかったそうだ。
時間を浪費したこと、危険をかいくぐって尾の先まで確認にいってくれたこと、申し訳なくてレティーナは頭を下げたが、ギュンターはじめ自衛軍の面々は「下調べは大事なことだから」と許してくれた。
当然オーウェンにも頭を下げたけれど、彼は無言で首を横に振るだけで会話は拒絶したままだった。戦いの前に不安が残るもののこればかりは仕方がない。
正面に立つ総指揮官のメイナードが全員の顔を見渡した。
「さて皆、準備はいいかな?」
さすがはメイナードというべきか、いつもの優雅な笑みをまったく崩しておらず余裕さえ感じさせる。それは戦いに向かう戦士達にとってとても心強いものだ。
「Sランクとの戦いは正直いって厳しいものになると思う。でも私達の背には大勢の命がかかってることを忘れないでほしい。この地に住む人々に再び安寧が訪れるよう一人一人が全力を尽くそう。そうすれば必ず道は開けるよ」
メイナードが天に向けて剣を掲げた。
「怯むな!己を鼓舞せよ!前進あるのみ!行くぞ!!」
「「「「「お――っ!」」」」」
メイナードを筆頭に森の中をひたすら前進する。普通なら魔物が襲い掛かってくるはずだが、双頭大蛇に恐れをなしたのか影に潜んで出てこない。
今回先行するのは魔術師なので、討伐団と自衛軍それぞれの魔術師達が先頭を進んでいると、カイセルがレティーナのすぐそばまでやってきた。
「レティ、気を付けろ。無理はするなよ」
「ええ。カイも十分気を付けて。どんな敵だろうと私達は勝つわ」
「だな」
お決まりのように二人で拳をコツンと合わせる。カイセルはフッと笑みを見せた後、自分の隊列に戻っていった。
「レティ隊長!俺もやってやりますから!」
「そうね、ライナー。頼りにしてるわ」
「はい!そ、それで、その、俺とも拳を」
「ライナーさん、気合を入れるのはいいですけど調子に乗らないでください」
「そうですよ!戦いはこれからなんだから!」
そう言うシリルとソフィアも十分気合が入っている。他の皆も強い意志と覚悟を持っているのが伝わってきた。
そうして全員が意気込みボルテージも上がっていたのだが、双頭大蛇の正面に辿り着いたとき誰もが言葉を失った。
「あ、あれが……双頭、大蛇」
ライナーが真っ青な顔で呟く。いや、ライナーだけでなく誰もが顔を青ざめさせた。
人の背の2倍は優に超える太い胴体、森の木々よりもさらに上空にあるふたつの頭、鱗ひとつとってみてもあまりにも巨大すぎて。それだけでも恐怖だというのに、長く不気味な舌と鋭い牙を見せつけるように大口を開け、濁った瞳を細める仕草はまるで人間達をあざ笑っているかのようだ。
さらには辺り一帯に響くシューシューという独特な威嚇音が恐怖心を煽らせ、強大すぎる敵に戦士達の体が硬直してしまい茫然と立ち尽くす。
(皆の気持ち、痛いほどわかるわ)
かつての自分も同じだった。死を覚悟したあのときの恐怖は今でもしっかり覚えている。
だからこそレティーナが先陣を切る。躊躇なく右手に魔力をため込んだとき、肩にいるルルが笑った気がした。
――今のレティは、あのときのクシュナみたいね
ルルの言葉にレティーナはクスッと笑みを漏らした後、師匠に負けないほどの特大な魔力を放出する。
「いけーーっ!《黒雷爆撃》」
バリバリと電流を走らせた黒い球体が手前側にいた大蛇の顔面に直撃する。太く大きな頭に匹敵するほどの巨大な爆撃はそれ相応の衝撃があり、大蛇の体がぐわんと大きく後ろにのけ反った。
もう一方の頭が怒ったようにシャーっと威嚇しレティーナ達に突っ込もうとしてきたが、その顔面にも容赦なく黒雷爆撃を叩き込む。
「タコ殴り作戦開始よ!」
レティーナの叫びに魔術師達がハッとした。




