どうせやるなら5つとも
――ルル、もしかしてあの女性が?
――そうよ。レティを睨みつけていた女だわ
あきらかにレティーナを敵視しているあれがミランダという男爵令嬢らしい。
目立たないよう後ろに控えているが、吊り上がり気味の瞳とせせら笑っている表情が気の強そうな印象を与える。やはり記憶にはなかった。
「オーウェン殿、まさかこんな女を自領に連れて行く気ですか?信じられません!」
「オーウェン殿はカイセル殿下のお噂をご存知ないようですね」
「そのようですな。知っていたらとてもとても」
「…………。そんなことは今関係ないでしょう」
カイセルの噂にまで言及した話を向けられたオーウェンが困惑していると、親衛隊は待っていましたとばかりに大仰な態度を取る。
「なにを言ってるのですか!もちろん大ありですよ!」
「討伐団も酷いことをしますね!オーウェン殿に隠し事をしたままなんて!」
「悪いことは言いませんよ、オーウェン殿。この女は連れていかない方がいい。不吉の象徴ともいえますからね」
「不吉の象徴?」
「そうです。必死になってフードで隠していますが、我々には通用しませんよ。よく聞いてください!その女の髪はなんと!紅蓮の魔女と同じ赤髪なのです!」
大仰に言い放たれたことで見物人達からはどよめきが走る。一斉に非難の目を向けられ、オーウェンは驚いたようにレティーナを凝視した。
「あれが噂の娘か。カイセル殿下に取り入って討伐団にいるとは聞いていたが」
「大した力もないのに我が物顔で居座っているらしい。さすがは魔女の色を持つ女だな」
「そんな女に現を抜かす殿下も殿下だ」
見物人達が好き勝手囀り出し、親衛隊の面々は厭らしい笑みを浮かべて周囲の反応を楽しんでいる。ミランダも同じだ。彼女はレティーナがどう反応するのかを楽しそうに観察している。
それをレティーナは無表情に見つめ返した。
強敵との戦いを控えている今、はっきりいってくだらないの一言に尽きた。
それにいい加減うんざりもする。
事あるごとにカイセルを貶めようと画策されるのも、精魂込めて作った転移石を破壊されたことも、こんなことに付き合わされるのも時間の無駄でしかない。
(ちょうどいい機会だわ)
レティーナはフードの縁に手をやりさっと脱ぎ捨てた。それと同時に押し込めていた赤い髪が頬の横からさらさらと流れる。
露わになった髪に周囲はさらに騒がしくなったがそんなことはもうどうでもよく、まっすぐに親衛隊を見る。
「おっしゃるとおり、私の髪は魔女と同じ赤髪です。でも、だからなんなのです?」
「え?」
「髪が赤いから、魔女と同じだから、それがなんだというの?」
「そ、それは、その、不吉で……」
まさか言い返されるとは思っていなかったようで親衛隊の面々はしどろもどろになるが、知ったことではない。
レティーナは一人一人の目をしっかり見つめて言う。
「とにかく今はあなた達の相手をしている暇はないの。そこをどきなさい」
「なっ!なんだその態度は!我らはジュリアス殿下の」
「もう一度言うわ。そこをどきなさい」
「っ!」
気圧されたように彼らの顔色が一瞬にして青ざめた。ほんの少し殺気を込めただけだが十分効果があったようで、左右綺麗に分かれて道を作ってくれた。その真ん中をすたすたと歩いていく。
「あの女、なにをするつもりだ?なぜあんなに堂々としている?」
「いやわからん。しかし、魔女と同じだというからもっと……なあ?」
「ああ。思ったよりも……いや、なんでもない」
見物人達のひそひそ声が聞こえるが、それを無視して転移石の正面に立つ。
上空から見て五角形の位置に配置された石板は全部で5つ。
それぞれ数字が刻印してあり、Ⅰと繋がっているのは北の大地への入り口だ。ここは極寒の地なので人が暮らすことは難しく、けれど主要な鉱山があるので夏場だけ解放されている。
そこから時計回りに、Ⅱと繋がっているのは隣国との境にある東の国境、Ⅲは討伐団が普段使用している王都近くの中央の森の入り口で、Ⅳも同じく魔物討伐が必須となる南西の森。
そしてⅤは国の西部に位置する辺境伯領地と繋がっており、今回はこのⅤの石板の魔方陣に亀裂が入っている。300年前に造った当時は保護もしたけれど、時間経過とともに脆くなってしまい簡単に傷がつけられてしまった。
レティーナはⅤの転移石の前に立ち、様々な角度から石板に手を這わせる。
注意深く中を探ると、幸いなことに芯となる部分は壊されていないことがわかった。
(これなら表面の魔方陣だけ直せばいいわね。でもどうせなら5つとも強化した方がよさそうだわ)
他の転移石まで壊されたら堪らない。
レティーナは五角形のちょうど真ん中に移動して、その場にしゃがみ込んだ。造った本人だからこそわかっているが、この中央部分には5つの転移石板の核が埋め込んである。ここから一気に5つとも操作してしまうつもりなのだ。
ふうっと息を吐いたレティーナは地面に右手を這わせて魔力を練り上げ、核に流し込む。もう絶対好き勝手させない、そんな思いを右手に込めると、呼応するように濃度の高い魔力がそれぞれの石板に向かっていくのが視覚化される。うねりをあげるように5つの石板を覆ったところでさらに魔力を込めた。
《完全復元》
《防護強化》
さらには
《攻撃倍反射》
その瞬間、まるで火を噴くようにごうっと大きな音を立ててすべての石板が魔力に包まれる。燃え盛る火柱のごとく凄まじい勢いに小さな悲鳴まで上がり、その場にいた誰もが驚き騒然となった。
しばらくはそんな状況が続いたが、やがて魔力が沈静化していくのと呼応するように周囲も静まり返っていった。
レティーナはゆっくりと手を離して立ち上がり、額に滲んだ汗を拭う。少々力を入れて過ぎてしまったが、これでもう壊されることもないだろう。
レティーナはくるりと振り返る。
「メイナード団長、修復完了しました」
「…………あ、はい。ありがとうございます」
なぜか敬語を使われた。




