だからなるようになれ
翌日の朝食の席、レティーナが何度も欠伸をかみ殺しているのでカイセルが笑った。
「昨夜はあまり眠れなかったみたいだな。普段はぐっすりのお前が珍しいんじゃないか」
「そ、そうね。昨日は読書に夢中になっちゃって」
すると鶏肉をはむはむしていたルルが顔を上げた。
『なに言ってるのよ。メイナードと二人きりで深夜まで話し込んでたからでしょ』
「ちょ、ちょっとルル!それは秘密で!」
『私は秘密にするなんて聞いてないわ』
言ってないけどわかるだろうが!
レティーナはルルを睨みつけたが途中でハッとしてカイセルを見ると、さっきまでの笑顔が嘘のように能面になっている。
「ご、誤解よ、カイ!団長とは少し話をしただけなの」
「二人きりで?」
「ふ、二人きりといっても団長は侍従長を連れてきていたし、ルルだっているのよ!」
「わざわざ深夜に?」
「そ、それはその、私の相談に乗ってもらったというか……」
『それを秘密にしたかったのね』
「ルルッ!」
また余計なことを!
慌ててカイセルを見ると、うん、怖いくらいに無表情だ。
(ダメだわ、うまい言い訳が思いつかない。というか、言えば言うほど墓穴を掘りそうだわ)
やはりカイセルに嘘をつくのは無理がある。それにおかしな誤解はされたくない。
レティーナは小さく息を吐いた。
「あのね、カイ。実は昨日、冒険者の方達からカイの噂を聞いたの」
するとカイセルは目を見開いてレティーナを見返した。
「私のせいでカイの評判が下がってしまったって……その、ごめんなさい」
「レティが謝ることじゃないだろ。そもそも俺の評判なんて元々よくないんだ。噂が追加されたぐらいどうってことはない」
「でも王城結界も治癒もジュリアス殿下がやったことになってるって聞いたわ」
「みたいだな。ジュリアスは突然力が芽生えたなんて言ってるし、一部の間ではかなり盛り上がっているようだ。英雄の再来というのはそれだけでカリスマ的な存在になる。だがそんなのはジュリアスが生まれてからずっとだ」
確かにそのとおりではある。
王族直系の御子が生まれた日は祝日として制定されるが、中でもジュリアスの誕生日は英雄祭と名付けられて前後一週間ほどは国中がお祭り騒ぎになる。それほどに世間のジュリアス人気は圧倒的なのだ。
「だから俺にはどうでもいい話だし、お前も気にする必要なんてないぞ。もしかしてそれを叔父上に相談したのか?」
「まあ、そうね」
「それで叔父上に聖女になれとでも言われたか?」
今度はレティーナが目を見開いた。
その顔を見たカイセルがやっぱりなと苦笑した。
「叔父上がどう話したのかわからんが、お前が聖女になってもならなくても俺はどちらでも構わない。それよりも自分のせいだからなんて理由で黙っていなくならないでくれ。お前になにかあったとき、助けられないのが一番つらい」
(それは、私もだわ)
前世、病で亡くなったというカイザーを助けることができなかったのは、レイナが勝手に姿を消したせいだった。あんな別れ方をしなければ、カイザーを救うことができたかもしれないのに。
それなのに昨夜は再びカイセルに黙って姿を消す道を選ぼうとした。無意識に前世を辿ろうとするのは思考が成長していない証拠だ。
「そうね。私もカイを助けられないのは嫌よ。前世の繰り返しはしたくないわ」
レティーナが後悔を伝えると、カイセルは柔らかく笑った。
「俺も繰り返すのは嫌だな。だからもし、お前がこの国を出るときがきたら言ってくれ。俺も一緒に行くから」
「な、なに言ってるのよ!カイは第一王子なのよ?!」
「だが別に王太子でもない。それに叔父上に聞いたんじゃないのか?もしジュリアスが王太子に選ばれてもなんとかすると」
「それは、そうだけど」
「な?だから問題ない。それよりルルと三人で大陸中を回るのも楽しそうだろ?各地の料理を食べ歩くのもいいし、遺跡巡りもいいな。魔物討伐や護衛を請け負えば収入はなんとでもなるし、装備さえ揃っていれば野宿も悪くない。それに」
カイセルが楽しそうに話すのを見てレティーナは噴出した。
「ん?どうした?」
「カイったら、前世も今世も王子様なのに護衛を請け負うとか野宿だなんて。なんだか旅慣れた人みたいだわ」
「そ、そうか?ま、まあ俺はルル曰く田舎者の王子だからな。なんとでもなるぞ」
「ふふふ」
前世でカイザーはレイナを探す旅をしていたので一通りのことは経験済みだ。竈だって作れるしテントも一人で立てられる。
ただそれを知らないレティーナは、カイセルの想像力の豊かさにさすがだと笑みを漏らした。
(だけどもしそれが実現したなら……。うん、想像するだけでわくわくするわね)
カイセルとルルと三人で他国を巡る、間違いなく楽しい旅になるだろう。
「とにかく俺に黙っていなくならないこと。これは絶対の約束だ」
「そうね、約束」
互いに笑顔を向け合う。この約束は守りたい、守らなくてはと思った。
「おっと、そろそろ時間だな。俺は今日も執務室に缶詰めだが、討伐には十分気をつけろよ。お前の力はわかっているが何があるかわからんからな」
「ありがとう。気をつけるわ」
「ルル、レティを頼むぞ」
『毎日毎日同じこと言わなくてもわかってるわよ』
ルルはうんざりしながら子猫姿になり、レティーナの肩に飛び乗ってくる。そこが定位置とはいえ、せめて口に咥えているソーセージを飲み込んでからにしてほしかった。
カイセルとはそのまま笑顔で別れ、レティーナはいつもどおりフードをかぶって宮から出る。
やっぱりカイセルは変わってない、そう思うとレティーナからフフっと笑みが漏れた。
――なに笑ってるのよ
――別に。カイとちゃんと話せてよかったなって思っただけよ
ーーそれは私のおかげね
いや違うだろう、とは言い切れないので黙った。
この先どうすればいいのかまだ決めていない。
ただカイセルが、噂なんてまったく気にしていないことに安心もしたし、レティーナと一緒に国を出るとまで言ってくれたことを嬉しく思う。
だからなるようになれ、だ。
さあ今日も頑張るぞと気合を入れたところで、慌てたように駆けてきたアンリと遭遇する。
「レティ隊長!」
「おはようございます、アンリ統括官。そんなに慌ててどうしたんですか?」
「緊急事態が発生しました!すぐに演習場に向かってください!私はカイセル殿下にお伝えしてきますので!」
すれ違っていく切羽詰まったアンリの様子に驚きながらも、レティーナは慌てて演習場に向かう。
そこにはすでに団員達が揃っていたが、まだ事情を知らされていないようで何事かとざわついている。その前方にはメイナードと副団長のオズマ、そしてもう一人見知らぬ男性がいた。
「メイナード団長!」
「レティーナ君、急かして悪いね。これで全員揃ったようだから皆に説明しよう。彼はギュンター辺境伯家の嫡男でオーウェン、辺境伯からの緊急依頼を持ってきたんだ」
そこまで言ったメイナードは、彼には珍しいほど緊張した面持ちで団員達をぐるりと見渡した。
「辺境伯領に双頭大蛇が現れたそうだよ」
一瞬の沈黙のあと、一気に動揺が広がった。




