思ってた話と違ったみたい
まさか聖女云々の話がでるとは思いもしなかった。なぜ急に聖女?
「正確にいえば、聖女として名乗り出る気はないかなって話なんだけど。……君の顔を見れば、そんな話が出るとは思っていなかったってのがよくわかるよ」
「そう、ですね」
「だよね。実はカイの事とは別に、もうひとつ噂があるんだ。こっちはまだそこまで広まっていないし実にくだらないのだけど」
そうして聞いた話にレティーナは驚くしかなかった。毒に侵されたメイナードを治癒したのが、実はジュリアスの力だと言われているというのだ。国を思うジュリアスは魔物討伐にも常に心を砕いており、その心がメイナードを治癒したのだと。
「さらには君が修復した王城結界までも、ジュリアスがやったことになってるよ」
そう言われて思い出す。メイナードを治癒する際、カイセルとともにルルの背中に乗って上空を飛んだとき、王城結界の綻びが気になってそれなりに修復したことを。
まさかあの日の行動がこんなことに関係してくるなんて思いもしなかった。
しかもそれらはすべてジュリアスの手柄になっている。彼は英雄の再来、英雄と同じく優れた力を持っており、“奇跡の力の持ち主”として噂が徐々に広まっているという。
「奇跡の力の持ち主って……!」
「昔は魔女に使われてた言葉らしいね。300年前に魔女狩りがあって以降、諸説あるからどこまでが本当かわからないけど。この国では魔女は極悪認定されているから、奇跡の力の持ち主っていうのは英雄のことになる。だからってジュリアスにそんな力がないのはわかりきってるのにね」
くだらない話でしょ。
そう言ってメイナードは笑ったが、レティーナは背筋に冷たいものが走った。
(この流れって、まるっきり前世と一緒だわ……)
最初は誰もが半信半疑だった。前世でも王太子ジュールにそんな力はないとわかっていたから。
けれど気づけばいつの間にか、魔女レイナのやったことはすべてジュールの手柄になっていた。ジュールの力なんて誰も見たことがなかったのに、それでもまかり通ってしまった。王家の威光というのはそれほど強いとまざまざと感じさせられたのだ。
先日会ったジュリアスの顔に、ジュールが重なる。とてもじゃないが笑っていられる余裕なんてない。
「でもこれって原因はひとつなんだ。わかるよね?」
直球の問いかけにレティーナは静かに頷いた。
「私が、力を隠しているからですね」
前世では力を隠していたわけではないが、ずっとルルに言われていた。なぜ自分がやったと主張しないのかと。それが余計にジュールを増長させているのだと。
「このままだと今後も君がやったことはジュリアスの手柄になるだろうね。君にはなにも残らず、むしろ魔女を彷彿させるとして疎まれる。それはあまりに勿体ないよ」
「……」
「それに国のことを考えたら、これ以上ジュリアスが神聖化するのも避けたい。だから君に聖女と名乗りでてもらいたいんだ。君が聖女になればカイのためにもなる。聖女という特別な存在がそばにいれば、必然的にカイの立場が強固になるからね」
そうかもしれない。けれど本当にそうなのだろうかと疑問が頭をもたげる。
前世では王子のカイザーと距離を置け、立場を弁えろ、自分を特別だと思うな、そう言われ続けてきた。その記憶が今も頭にこびりついていて、まるで呪縛のように縛られている。
黙り込んでいると、メイナードが首を傾げた。
「なにか不安でもあるのかな?」
「……私が聖女になることが、本当にカイのためになるのかよくわからないのです」
そもそも聖女というのは慈愛に満ちていて、人々に安らぎを与える存在といわれている。
でも自分にはそんな要素はない。
最初は誤魔化せても、いずれ聖女らしくないと反感を買うのが目に見えている。
そうなればまたカイセルの迷惑になってしまうのではないか。今回の件もレティーナがいなければおかしな噂は広まらなかった、足を引っ張ることもなかったのだ。
そう伝えるとメイナードは納得がいったように頷いた。
「確かに言い伝えにきく聖女はそういうイメージだよね。でも現代の聖女は全然違うよ。隣国の聖女の話になるけど、王宮を粉砕したそうだし」
「え?……ふ、粉砕ですか?」
「うん。粉砕」
「粉砕……」
レティーナが呆気にとられていると、メイナードはすごいよねと笑った。
「無理やり結婚させられそうになってブチ切れたらしいよ。それで城の一画が見事に吹っ飛んだらしくて、結婚話もなくなったんだって。あと別の国の話になるけど、研究室に籠って出てこないとか、人前では必ず仮面を付けているとか。今どきの聖女って自由人が多いみたい」
(自由人っていうか、それはもう魔女だわ)
目を丸くしたレティーナだったが、ハッとしてルルを見る。
――だから言ったでしょ。今世の聖女はふてぶてしい魂の持ち主だって
――そうだったわね……
ふてぶてしい魂イコールなんでもござれな精神の持ち主。
我が道を堂々と歩く彼女達に比べたら、レティーナが魔物を吹っ飛ばす程度かわいい部類に入りそうだ。
「実際のところ、君はどうしたいの?カイと一緒に過ごしたいのか、そうじゃないのか」
「それは……」
「そこが一番重要じゃないかな。どっちでもいい程度なら離れるのもありだと思う。カイは面倒な立場にいるしね。けれどもし君がカイのそばにいたいと願うなら、そのための選択をするべきだよ。周りどうこうじゃなく、君がどうしたいか」
(私が、どうしたいか……)
そんなことを言われたのは初めてだった。前世からずっと、離れることが最善としか頭になかった。彼のためにはそうするべきだと。希望を持つなんて、とても我儘に思っていたのだ。
そんなレティーナにメイナードは微笑んだ。
「カイのことを大事に思ってくれてるんだね」
「……はい。とても、大切な人です」
「フフ、そう。とても大切なんだ」
嬉しそうに笑ったメイナードは、すぐに決断しなくていいよと付け加えた。
「私としては聖女になってカイを支えてほしいと思ってる。それが一番カイの隣に自然にいられるからね。でももし名乗りをあげなくても、そばにいて力になってあげてほしい。君がいるとあの子はよく笑う」
王宮で孤立していたカイセルに手を差し伸べたのがメイナードだと聞いているし、カイセルが彼を慕っているのは見ていてよくわかる。優しげに笑うメイナードの表情は、二人の関係性を物語っていた。
「話は以上だよ。遅くに悪かったね」
メイナードはすっくと立ちあがり、出窓にいるルルに深々と頭を下げた。
「神獣様、長居をして申し訳ありませんでした」
『構わないわ。私が言いたかったことも言ってくれたし』
そんな返事が返ってくるとは思っていなかったメイナードは目を丸くしたが、フッと笑った。
「お役に立てたならなによりです。それでは御前失礼いたします」
そう言ってメイナードは部屋から出ていった。
しばらく沈黙が続いていたが、レティーナはルルに目を向ける。
「ねえルル。もし私が聖女になったら……」
言いかけて、口を噤んだ。
『なに?』
「別に、なんでもないわ」
『なによ。言いかけてやめるなんて気になるじゃない』
「大した話じゃないわ。さあ、もう寝ましょ!今日は疲れちゃったわ!」
ルルがジト目を向けてきたがそれを無視して夜着に着替え、さっさとベッドに潜り込んだ。
けれど結局、レティーナは明け方まで眠りにつくことができなかった。




