実は私、聖女なんです
“再生力”
やけにその言葉がひっかかった。
体がざわざわと反応し、頭の中に文字の羅列が浮かび上がる。そう、まるで治癒術を使うときのそれと同じ。
レティーナはもしかしてと肩にいるルルに聞いてみる。
――ねえ、ルル。もしかして聖女なら、この惨状も元に戻せたりできるのかしら?
――できるわよ。聖魔術のひとつに再生があるもの
ということはレティーナならできてしまうということだ。
治癒以外にも聖魔術が使えるなんて驚きだが、それが魔女と聖女との違いだとすれば納得もできる。
(どうする?今からやるべき?でもここにいる全員にバレるわね)
聖女だとバレたくないのならなにもしないのが得策だ。でもだからといってこの惨状をスルーすることはできない。
レティーナはそっとカイセルに近づき、小声で話しかける。
「ねえカイ。私ならこの惨状を元に戻せるかもしれないわ」
そう言うとカイセルは目を見開いた。聖女ってそんなこともできるの?!そんな顔だ。もちろんレティーナも同じ気持ちだけど。
「このままほうっておくことはできないわ。でも今やるのがいいのかわからないの」
「そりゃあ今からやる方がいいよな」
「っ!ウォルフ団長!聞いてたんですか?!」
「聞いてたんじゃなくて、聞こえちまったんだよ」
すまないな、そう謝罪するがウォルフは期待値満々の笑顔を向けてくる。全然悪びれていない。
「今すぐの方がいいぞ。この後ここは封鎖しなくちゃならんし、見張りも立てる。現場検証もすることになるから人の出入りがさらに増えるぞ。今なら俺ら含めて十数人、口留めもしやすいんじゃないか?」
「確かにそうですけど、でもいきなり口留めなんて」
「大丈夫だ、俺に任せてくれ」
そう言ってウォルフはコーデリア達の前に立ち、自信満々に言い放った。
「皆、よく聞け。ここにいるレティ隊長は、実は聖女なんだ」
「…………はい?」
「いやだから、聖女なんだよ。でもそれは秘密にしてくれ」
全員が呆気にとられた後、なに言ってんだこいつという顔になった。
「ウォルフ団長、わたくしは今冗談に付き合う余裕なんてありませんの」
「そうですよ!こんなときに!空気読んでください!」
「全然笑えませんから!」
「いや違うぞ。俺は別に笑わかそうとか思ってない。なあ、レティ隊長」
「え?えっと……」
ウォルフが話を振ってきたせいで訝し気な視線がレティーナに集中する。思わず後ずさった。
(この状況下で、実は私聖女なんです、とか言うの?!ハードル高すぎない?!)
絶対信じてもらえないし、ウォルフみたいに白い目で見られたくない。
レティーナが顔を引きつらせていると、一連の流れを見ていたカイセルが苦笑しながら進み出る。
「コーデリア嬢、今から起こることは他言無用にしてくれ。皆も頼む」
「どういうことでしょう?」
「見ればわかる。とにかく他言無用だ」
「わ、わかりましたわ」
カイセルがレティーナに視線を向ける。やってやれ、そう言っているのがわかりレティーナは強く頷き返した。百聞は一見にしかず、さすがカイセルと思いつつ肩にいるルルの背をそっと撫でる。
――ルル、やるわよ
――はいはい。加減に気を付けなさいよ
ルルの忠告どおり肩の力を抜くためにふうっと息を吐き、頭の中のイメージをより明確にしながら両手で印を組む。初めての試みだけれど、思ったよりもするりと口から言葉が飛び出た。
「我が身に宿りし光の欠片、抗い流れる生命の息吹を吹き込みたまえ《聖光再生》」
すると柔らかい光があちこちからふわりと舞い上がり、傷ついた魔草を優しく包み込んだ。他の薬草達も同じように包まれていき、辺りにはふわふわと光が舞っていく。その神秘的な光景に全員が目を見張った。
「これは……」
なにかを言いかけたコーデリアだったが、美しい光に魅入られたようで言葉が続かなかった。
そうして現れた優しい光はふわふわと漂っていたが、やがてゆっくりと収まっていき、辺りは再び夜の闇に覆われた。
ただ違うのは、刻まれた葉も折れた茎も時間が巻き戻ったかのようにしゃんとしている。
茫然としていたコーデリアは震える手を伸ばして薬草を確かめてから、レティーナの顔を見た。
「まさか、本当に聖女様……」
そこにカイセルが割って入る。
「コーデリア嬢、レティは聖女の地位を望んでいないんだ。だから今のは見なかったことにしてほしい。皆もだ」
「見なかったことになんて無理だぜ、殿下。あんな美しい光景、忘れようったって無理に決まってる」
「あのな、ウォルフ」
「だが口を噤むことはできる」
ウォルフがレティーナに向けて胸に手を置き敬礼の姿勢をとった。
「ご尽力に感謝いたします、聖女殿。そして今の出来事は俺の胸にしまっておくと誓いましょう。お前達もいいな?」
「は、はい!」
「ち、誓います!」
騎士達がつられたように礼をとる。
ウォルフが率先して意志を示したことで全員が理解したようだ。コーデリアもウォルフに倣うように深く膝を折った。
「ありがとうございます、聖女様。薬草園はわたくしの命、救ってくださり感謝の念に堪えません。本当に、本当にありがとうございました。そしてわたくしも他言しないと誓いますわ。皆も誓えますね?」
「もちろんです!」
「お約束いたします!」
「皆様、どうぞお顔を上げてください。カイセル殿下のおっしゃったとおり私は地位を望んでいませんので、誓いを守っていただくようお願いいたします」
「ええ、必ず守るとお約束しますわ」
コーデリア同様、研究員も騎士達もしっかりと頷いてくれた。
どのみち彼らのことは信用するしかない。ただ討伐団のメンバーと同じように目をキラキラさせてレティーナを見てくる彼らなら、なんとなく大丈夫な気がした。
「それにしてもすげえな!真実の腕輪にも驚いたが、薬草が元に戻るなんて思わなかったぜ。聖女の力ってのはとんでもないな!」
「言い伝えどおりまさに奇跡ですわね!」
光が神々しかったとか神秘的すぎて言葉がでなかったとか皆で盛り上がりまくっている。
賞賛の嵐に若干困っているとカイセルが笑った。
「治癒以外の聖魔術まで使いこなすなんてやるじゃないか、レティ。それに今回の力加減は絶妙だったな」
「そうね、初めてにしてはうまくいったと思うわ。落ち着いて対応できたし」
『こうやってレティも聖女に近づいていくのね』
「え?ルル、なんて言ったの?」
『なんでもないわよ』
コーデリア達と盛り上がっていたウォルフが指示を出し、ニックは騎士の肩に担がれた。
「こいつは俺が責任を持って取り調べる。腕輪も借りていくがいいか?」
「ああ、頼んだ。特に」
「レティ隊長の情報がどこまで漏れてるか、だろ?任せろ。それにいい加減親衛隊とやらにもメスを入れんとな」
今まではトラブルに見舞われてもなあなあになってきたが、今回は犯罪者として取り調べできるのだからきちんと罪を明らかにしてやる。
そう意気込むウォルフに安心していたレティーナ達だったが、翌日とんでもない話を聞かされた。




