真実の腕輪が暴くのは
堪えきれずに叫んでしまったコーデリアの声は、相手にも聞こえたようだ。
「え?コーデリア?いるのですか?!デリア?」
周囲をきょろきょろと見渡しているのは一番考えたくなかった相手、アンリだった。
コーデリアの顔は真っ青になっているが、たぶんレティーナも似たようなものだろう。カイセルは眉間に深く皺を寄せ、ウォルフはチッと舌打ちしたあと小声で呟く。
「一番嫌な展開じゃねえか」
アンリがやってきたという事実にショックが大きく、四人はしばらく動けずにいた。
しかし意を決したようにカイセルが足を踏み出しアンリの腕をグッと握りしめる。その瞬間にカイセルの隠密が解けた。
「アンリ、ここでなにをしている」
「え?ええ?カイセル殿下?!いつの間にいらっしゃったんですか?!今コーデリアの声が」
「アンリ、もう一度聞くぞ。ここでなにをしているんだ」
カイセルの低く鋭い声に、アンリはハッとしたように姿勢を正した。
「私は昨日、コーデリアに会いにこちらに来たのですが、そのときに所員達の話を扉越しに聞いてしまったのです。昨夜、何者かによって薬草園が荒らされたと。ここはコーデリアが大切にしている場所ですので、念のため見回りにきたのです。補佐官でありながら報告もせず、勝手な行動をして申し訳ありませんでした」
アンリはカイセルをまっすぐ見つめてそう言った。そこに嘘はないように見える。
カイセルが黙っていると、今度はウォルフがアンリの腕を掴んだ。
「それが嘘かどうかはすぐにわかる」
「えええ?ウ、ウォルフ団長まで?!もしかしてお二人も見回りに?」
「アンリてめえ、口から出まかせ言ってんじゃねえだろうな!」
「そんなことしませんよ!突然なんですか?!はっ!まさか私を疑って」
「うるせえ!いいからとっとと付けさせろ!」
ウォルフがアンリの腕をひっぱり真実の腕輪を装着した。わけもわからず腕輪を付けられたアンリだったが、すぐに目がトロンとなり地面に座り込む。
その正面にウォルフが片膝をついた。
「おい、アンリ。お前はここになにをしにきたんだ」
「薬草園が荒らされていたと盗み聞きしてしまいまして、見回りにきました」
「本当か?」
「はい、本当です」
「…………」
ウォルフは困惑顔でカイセルとレティーナを見た。この腕輪、本物か?そう言いたげだ。気持ちはわかる。レティーナもカイセルも頭の中に?が浮かんでいる。
「ウォルフ、もっと質問してみてくれ」
「あ、ああ。アンリ、お前一人できたのか?」
「はい、一人です」
「なぜ見回りをしようと思った?」
「デリアが困っているだろうと思ったからです。それにもし犯人を見つけたら」
「見つけたら?」
「デリアがすごく喜んでくれて、もっとイチャイチャできるかもと思いました」
「「…………」」
ウォルフとカイセルは目を背けた。コーデリアの頬がポッと赤くなる。
これはさすがに恥ずかしい。言わされたアンリはもちろん、聞いてしまった自分達も。
ルルが追い打ちをかけてきた。
――アンリって真面目そうに見えるから、余計に痛いわね
――言わないであげて
ウォルフがアンリの腕からそっと腕輪を外す。少しぼんやりしていたアンリだったがハッとして立ち上がった。
「わ、私は今なにを……!」
アンリの顔がみるみる赤くなっていく。
そう、真実の腕輪は、つけられて吐かされたことを本人が覚えているのだ。
「わ、悪いな、アンリ。今犯人捜しをしている最中なんだ」
「アンリ、すまん!だが同じ男として気持ちはわかるぞ!だから気にするな!」
羞恥に震えるアンリをなんとか宥めて、カイセルとウォルフはアンリを帰すことにした。
自分も協力したいとアンリは残りたがったが、実はレティーナとコーデリアもこの場にいて、今の聞いちゃったんだよね、なんて伝える勇気はなかったようだ。
とぼとぼと去っていくアンリの後ろ姿を見ながら、なんともいえない空気が流れた。
「真実の腕輪がこれほど恐ろしいものとは思わなかったぜ。……おい、コーデリア嬢、ニヤニヤしすぎだぞ」
「に、ニヤニヤなんてしておりませんわ!わたくしはただ、アンリ様が犯人ではなくて安心しただけですわ!」
「まあ確かに。アンリじゃなくて俺らもホッとしたぜ。なあ、殿下」
「ああ、そうだな」
ウォルフとカイセルが安心したように表情を緩めたとき、レティーナは再び誰かが薬草園に入ってきたのを感知した。
「また侵入を感知しました。こちらに向かってきます」
全員に再び緊張感が走る。レティーナがカイセルとウォルフに隠密をかけ直し身構えていると、やってきたのはアンリの弟のトウリだった。トウリは憔悴したように足取りが覚束ない。
「トウリのやつ、フラフラしてるが大丈夫か?」
「ああ、あれはたぶん……」
ウォルフの小声にカイセルが返そうとしたが、それより先にトウリが倒れそうになりウォルフがさっと支える。
「どうした、トウリ!大丈夫か?!」
「ああ、ウォルフ団長!エイミーを、エイミーを見かけませんでしたか?!」
「エイミー?」
「昨日から会えていないのです!も、もしかしたら連れ去られたのかもしれません!」
「なんだとっ!誘拐ってことか?!そのエイミー嬢の特徴は?!」
「しましま模様がかわいらしい野良にゃんこです」
「猫の話かい!!」
一応真実の腕輪を付けてみたが、トウリの話は終始猫への愛に溢れていた。猫好きはあいかわらずのようだ。
「紛らわしいんだよ、てめーは!さっさと部屋に戻れ!」
ウォルフにど叱られたトウリは恨めしそうにしながら去っていった。
「カイセル殿下よぉ、あいつが補佐官で大丈夫なのか?」
「ああ見えてトウリは仕事が正確で早いんだ。猫と戯れるための時間と金を捻出するのに余念がない」
「……あいつも変わってないな」
なんだかどっと疲れた四人は一旦研究所に戻り、メイド長のマーサが持たせてくれた夜食を食べることにした。
マスタードが効いたチキンソテーや具だくさんのサンドウィッチ、野菜たっぷりのスープなどどれも美味しくあっという間に平らげてしまった。
そして話題は先ほど現れたエドラ兄弟についてだ。
カイセルがメイナードの弟子になったころ、すでにアンリはメイナードの門下生だった。そこによく顔を出し稽古をつけてくれたのがウォルフで、四人の付き合いは長い。
当時、兄弟子の中で一番年の近いアンリがカイセルの面倒を見ることが多く、その流れでカイセルの執務補佐官にもなってくれた。メイナードが毒で倒れたとき、正式な団員ではないカイセルが空中分解しそうになっていた魔物討伐団を率いようと決意できたのも、アンリが支えてくれたからだ。
そのせいで執務の補佐と討伐団の統括業務とでアンリの負担も大きくなってしまったが、彼はそつなくこなしてくれている。
「俺にとってアンリは実の兄弟よりも信頼している。だから犯人じゃないとわかって心底ホッとした」
カイセルの言葉にウォルフとコーデリアはうんうんと同意した。
ちなみに弟のトウリも一緒に剣を習っていたが、トウリは稽古中だろうと猫を見つけると追いかけていなくなってしまうため剣の腕はいまいちなんだそう。
そうしてコーデリアが淹れてくれたハーブティーを飲みながら昔話に花を咲かせていたのだが、誰も現れずに時間だけが過ぎていく。
「おい殿下、もう結構な時間だぞ。このまま深夜のお茶会を続けるのか?」
「いつ来るかわからない以上仕方がないが、こんな時間になるなら順番に仮眠をとった方がいいな」
じゃあ誰が最初に仮眠をとる?なんて会話をしている最中、レティーナは今までとは違うピリッとした空気を感じた。張り詰めた気配と魔力を感知したのだ。
「皆様、たった今侵入者を感知しました。認識阻害を使っています。魔術師ですね」
「とうとう来たか!」
ウォルフの言葉と同時に全員立ち上がる。
隠密をかけてから静かに研究所を出て例の区域に近づき、カイセルとウォルフは腰の剣に手をかける。レティーナも魔力を練り上げて体制を整え、コーデリアは三人の邪魔にならないようにと下がった。
そうして待ってみれば、討伐団の黒いマントを着用しフードを深くかぶった人物が足早にやってきた。
“内通者”
その言葉が四人の頭によぎるものの、黙って様子を伺う。魔術師は周囲を警戒しながらも足を進めると、身近にあった薬草に向かっておもむろに右手を突き出す。小声で詠唱し躊躇なく術を発したが、それはバリッという音とともにレティーナの地防壁に阻まれた。
「なっ!防御壁?!」
魔術師が叫ぶと同時にレティーナは隠密を解き、4人の姿が現れる。すでにカイセルは剣の切っ先を魔術師の喉に向けていた。
「動くな」
「あ、あなたは……!そ、それに!」
剣を構え睨みつけるカイセルとウォルフ、冷たい瞳をしたコーデリア、そしてフードをかぶったレティーナ、四人を順に見ながら驚愕する魔術師に、ウォルフが近づく。
「さあ、顔を拝ませてもらうぜ」
「や、やめてくださ……ああっ!」
逃れようとする魔術師のフードがめくりあげられ、顔が露わになる。
けれどその顔を見たレティーナは戸惑った。討伐団のマントを身に着けているにも関わらず、知らない人物だったのだ。
一体誰なのかと困惑していると、その疑問に答えたのはカイセルだった。
「ニック・クロス。クロス子爵家の次男で、ジュリアスの部下だな」
「ジュリアス殿下の?!」
ということは親衛隊の一員。
内通者ではなくてよかったと思う反面、なぜ黒いマントを纏っているのか疑問はそのままだ。
後ずさるニックの腕をウォルフが掴んだ。
「おっと、今さら逃げられると思うなよ」
「わ、私は……私は……!」
「おい、なんだ?落ち着け」
ニックの顔が真っ青になり、ぶるぶると震え出す。ウォルフが宥めようとするもののニックは首を左右に大きく振り、突然大声で叫んだ。
「うわあああああああああ!」
「危ないっ!」
ニックの魔力が暴発し、辺りが一面爆風に見舞われる。レティーナはニックのすぐそばにいたウォルフを最優先に防御壁を張り巡らせつつ、暴発した魔力を抑え込む。その隙にカイセルがニックの背後に回り、彼の首筋に手刀を叩き込んだ。
「うっ」
低い唸り声とともにニックがどさりと地面に倒れ込む。レティーナが咄嗟に防御壁を張ったとはいえ、周りには土が散乱しウォルフの顔には数か所切り傷ができていた。
「大丈夫ですか?ウォルフ団長 」
「大丈夫だ。反応が早くて助かったぜ。さすがはせい……おっと、レティ隊長だな」
冗談めかして笑ったウォルフに苦笑していると、後方で小さな悲鳴が聞こえた。
「ああ、コチアが……!」
コーデリアの悲痛な声が物語るように、先ほどまでは美しい実をつけていたコチアは魔力暴発に巻き込まれたせいで茎が折れ、実が落ちてしまっている。
その周囲にある薬草達も酷い有様だ。これではポーションの供給が間に合わなくなるだろう。討伐団にとっても騎士団にとってもかなりの痛手になってしまう。
四人が絶句していると研究所の方から数名の研究員達が、薬草園の入り口からは騎士達も駆けつけてきた。
「コーデリア様、今の爆発はなんです?!大丈夫ですか?! 」
「団長!今の騒ぎは?!なにがあったのです?!」
「落ち着け、俺達は全員無事だ。ただ、薬草がな」
「っ!これは!」
ウォルフが騎士や研究員達に先ほどの出来事を説明すると、彼らは一様に顔を歪めた。
「ここまで酷いと、薬草の再生力に期待するのは無理ですわね……」
コーデリアの呟きに、レティーナはぴくりと反応する。
うん?再生力?




