犯人を捕まえよう!
その日の深夜、レティーナはカイセルとウォルフとともに医薬研究所の一室に来ていた。
黒いマントを着るとややこしくなるので、二人ともウォルフから騎士団の制服であるグレーの外套を借りている。
三人の前に立つのは若葉色の髪をきっちりとまとめあげた、白衣が似合う美しい女性だ。
「カイセル殿下、ようこそいらっしゃいました。それからメイナード団長のご快復おめでとうございますわ」
「君にも世話になったな、コーデリア嬢」
「いいえ、わたくしの調合では現状維持が精一杯でした。さらに精進いたしますわ。それで、こちらの方は?」
白衣の女性は穏やかな視線をレティーナに向けた。
「討伐団に在籍している魔術師のレティーナだ。レティ、彼女はコーデリア・ハワード、薬草学の権威であるハワード伯爵家のご令嬢で腕のいい調合師だ。薬草園の管理を任されている」
ハワード家は代々薬草学を極めており、コーデリアは直系の娘として幼少期から英才教育を施されてきたらしい。彼女自身も薬草を愛してやまず、知識を深めるために隣国に留学経験もあるそうだ。
レティーナが深く被っていたフードを少しだけ上にずらすと、コーデリアが目を見開いた。
「赤い髪……」
「はい。ですのでこのような恰好で失礼いたします。レティーナと申します、よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いしますわ。装いのことはお気になさらないでくださいな。それもこれも“英雄の再来”なんて呼び名があるせいですわね。実力が伴っていない名など意味もありませんのに」
「コーデリア嬢」
「あら、ごめんなさい。つい本音が」
嗜めたカイセルにコーデリアは悪びれもせずにっこり笑った。
ジュリアスが魔道銃製作のために医薬研究所の予算を削ったそうで、それ以来ハワード家はジュリアスのことを目の敵にしているそうだ。
「それで先ぶれでも伝えたとおり、今夜は俺達が見張りをする。犯人がくる確証はないが」
「ありがとうございます、心強いですわ。わたくしもご一緒させていただきますので」
「無理する必要はないぞ」
「研究で徹夜は慣れておりますもの。それに薬草園を荒らすなんて所業、許せませんわ!」
コーデリアは拳をぎゅっと握りしめたが、ハッとしたあと恥ずかしそうに口を開いた。
「あの、殿下。アンリ様はご一緒ではないのでしょうか?」
「アンリはいない。今日は俺達だけだ」
「そ、そうですの」
あからさまにガックリと肩を落としたコーデリアに、カイセルが苦笑する。
「また薬草クッキーでも差し入れてやってくれ。アンリはあれに目がない」
「ま、まあ!そ、そうですわね。わたくしの薬草クッキーは滋養強壮にもよいですし!」
今度はパァッと顔を輝かせた。なんだか可愛らしい人だ。
薬草園を管理するコーデリアと統括官のアンリは仕事上やり取りする機会も多く、その流れから親密になり婚約も間近だとか。
美人な上に仕事もできる女性の心を射止めるなんてアンリも隅に置けない。
――でもそれならアンリ統括官はシロよね。恋人なら薬草園を荒らすなんてしないもの
――なに腑抜けたこと言ってるのよ。それがアンリの策略かもしれないじゃない
――怖いこと言わないでよ!
でもそうか。恋人だからってアンリが犯人ではないと言い切れるわけではないのか。そう思うとゾッとした。
カイセルも同じことを思ったのだろうか、少し顔が曇っている。
けれどその横で、先ほどから一人ではしゃいでいるウォルフが声を上げた。
「おい見ろよ、コーデリア嬢!これが真実の腕輪ってやつだ!すごいだろう!俺も現物を見れるとは思わなかったぜ!」
魔石のついた黒い腕輪を見ながら飛び上がる勢いで喜んでいる姿はまるで子供のようだ。
コーデリアが苦笑する。
「はしゃぎすぎですわ、騎士団長。落ち着いてくださいませ」
「そいつは無理な話だぜ!これがあればどんなに口が堅い犯罪者でも一発だ!」
るんるんしているウォルフの言うとおり、この腕輪は嵌められると真実しか話せなくなる魔道具だ。設計が複雑すぎて作り手がなかなかおらず、滅多にお目にかかれない代物である。
先ほどメイナードに渡された用紙はこの魔道具の設計図で、レティーナの情報がどこまで漏れているか正確に知るためにも作ってほしいと頼まれたのだった。
300年前に設計したのはレティーナなので、純度の高い魔石さえあればささっと作れる。目の前で作ってみせたらメイナードとウォルフは「さすがは魔術師の聖女」と手放しで喜んでくれた。“それを言うなら魔女な聖女だよね”とカイセルとこっそり笑いあったことは内緒だ。
ただこの魔道具の存在が知られれば誰が作ったんだと追及が始まるので、今回は犯人にこっそり使うつもりである。
ちなみにウォルフと共にノリノリだったメイナードは、今夜の見張り番のくじに外れてここにはいない。
「コーデリア嬢、犯行現場を見せてくれないか?」
「ではご案内します。こちらですわ」
コーデリアの後に続き研究所の外に出る。
隣接された薬草園は思った以上に広々としており、様々な薬草が等間隔に綺麗に植えられている。どれも生き生きとして状態がよく、手をかけて育てているのがよくわかった。
「現場はこちらですわ」
コーデリアに案内されたのは薬草園の端の方だった。そこの一画だけ、ぽっかりと空いたように土山だけが残されている。荒らされた薬草は破棄するしかなく、もう一度土作りから始めなければならない。
「酷いですね……」
レティーナの呟きにコーデリアが頷く。
「不幸中の幸いというべきでしょうか。ここに植えられていたのはすべて代替えがきく安価な薬草ばかりだったのです。魔草にも被害がなくて助かりましたわ」
コーデリアの視線の先には、月明かりを浴びて葉や実がキラキラと光っている魔草が並んでいる。
魔草とは魔力を含んだ薬草のことで、高い効果を得られる分手がかるので希少価値が高い。
「あれはもしかしてコチアですか?魔草の中でも実をつけるのが難しいと言われているのに、素晴らしいですね」
「ありがとうございます。時間はかかりましたが、ようやくここまで育ってくれましたわ」
コーデリアは嬉しそうに微笑んだ。
「それで、どうやって捕まえる?ここじゃ隠れるところもないし、もし相手が魔術師なら感知されるかもしれんぞ?」
ウォルフはレティーナを見ながら楽しそうにしている。次はなにをしてくれる?と期待満々の笑みだ。
それならとレティーナはお忍びにぴったりの魔術、お得意の隠密を全員にかけた。自分達の存在が不明瞭となったウォルフとコーデリアは驚愕の表情になる。
「これなら感知にもかかりません。ただし他人と接触すれば術は解けますのでご注意ください」
「隠密だと?嘘だろ?!しかも完璧じゃねぇか!」
「ウォルフ、静かにしてくれ。声は漏れるんだぞ」
「だってなぁ!認識阻害じゃなくて、その上の隠密だぞ!しかも四人同時、さすがレティ隊長だな!討伐団辞めて騎士団にこないか?」
「やめろ。勝手に勧誘するな」
そのときレティーナは薬草園に近づいている人影を感知した。相手は一人、ゆっくりと薬草園に入ってきたのがわかった。思ったよりも早いお出ましだ。
「たった今、薬草園に誰かが侵入しました」
レティーナが伝えると三人に緊張感が走る。音を立てないよう隅の方に行きじっと聞き耳を立てていると、少しずつ足音が近づいてくるのがわかった。
周囲を警戒しながらやってきたのは予想どおりに黒いマントを纏った男性。その人物が目に入った瞬間、息を飲んだのはレティーナだったかカイセルなのか。
「まさか、そんな……!」
コーデリアの悲鳴に似た声が辺りに響いた。




