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「今世は聖女」 なんて言われても  作者: 野原のこ
第一部 前世は魔女ですが、なにか
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前世を思い出しまして

 一旦落ち着こうと、レティーナはローファン家の小屋に戻ってきていた。

 きちんと閉まらないクローゼットの扉、壊れかけた椅子、ひび割れた窓、いつもの風景だ。

 自分に洗浄クリーンをかけてから古ぼけたベッドに腰かける。ミシミシと尋常じゃない音が鳴り、よく今まで壊れずにいてくれたと感謝した。

 あの後レティーナは、魔狼(ウルフ)を燃やし尽くして跡形もなくしてきた。あんな森の入り口に魔物の死骸があれば大問題になってしまう。


「それにしても、まさかベルダン王国の子爵令嬢に生まれ変わるなんてね。なんの因果かしら」


 今はくすんでしまって見る影もない赤い髪と紫の瞳。痩せぎすのせいで妙に頼りなく見えるが、それでも前世を彷彿とさせた。

 紅蓮の魔女改め、王太子に汚名を着せられた魔女レイナ。

 そう、レティーナの前世、レイナは国なんて襲っていないし、むしろ貢献してきた。けれど当時の王太子は名声欲しさにレイナの手柄をすべて横取りした揚げ句、国を襲おうとしたなんて汚名を着せた。しかも“紅蓮の”なんて怪しげな渾名までつけられて。

 どこが英雄だ。ただのクズじゃないか。

 まああの当時は、強大な魔女の力を利用するだけ利用してポイしたり飼い殺しにしたり、レイナと似たような出来事が相次いで行われた時代。のちに“魔女狩り”なんて呼ばれるようにもなっているが、しょせんは300年前の出来事である。


 自分の内に意識を向けると、レティーナのそれなりの魔力と前世の膨大な魔力とが渦巻いているのがわかる。襟元を広げてみると、鎖骨の下あたりに今まではなかった“刻印”が現れていた。


(あら?前世のときとは少し文様が違ってる……?)


 不思議に思いつつも、ともかくは記憶を取り戻したことですべてが復活したようだ。

 それならと、レティーナは懐かしいその名を呼んだ。


「ルル」


 宙がぼんやりと丸く光り、中から大きな豹が降りてきた。

 金色に輝く美しい瞳と同色の毛並み、誰をも圧倒させるほどの神々しさを放って、豹は尻尾をゆらゆら揺らしながら口を開いた。


『ちょっと!思い出すのが遅すぎるわよ!』


 手厳しい第一声に、それでもレティーナは満面の笑みで豹の首周りに抱きつく。あいかわらずふわふわしていて気持ちいい。


「ふふふ。ルル、久しぶりね!」

『久しぶりすぎるのよ!』


 憎まれ口を叩きながらも、ルルは尻尾をふりふりしてレティーナの首筋に顔をすりつけた。


 ルルは豹の模した神獣で、正式名はルーディアンという。

 普通の豹より2周りほど大きく斑紋があるわけではないので、大きなネコ科といった感じか。少しツンなところがあるが、前世でレイナの最期を看取ってくれた大事な相棒なのである。


「思ったより記憶って思い出せないのね。死にかけてようやくよ」

『ホント信じられない。人間の生なんてあっと言う間なのに』

「……そうよね」


 レイナは今のレティーナと同じ18歳で亡くなった。治癒に長け、長生きするはずの魔女なのに、あまりにも早すぎる死だった。

 そんなレイナがレティーナとして転生できたのはルルのおかげだ。

 とはいえ“前世の記憶を持つ転生”なんて特大のルール違反ともいえるので、細かい取り決めがある。転生先は選べない、さらに当人が自力で前世を思い出すまで神獣は干渉できない、というものだ。

 だからルルはレティーナに呼ばれるまで姿を現すことはできなかったし、どれほど境遇がしんどくても、陰で手助けなんてこともできない。


「幼少期はともかく、なかなかハードな人生なのよ。聞いてくれる?」

『聞かなくてもわかってるわよ。ずっとそばにいたもの。歯痒くて仕方なかったわ』

「っ!ルル――!!」


 感極まって再びルルをぎゅっと抱きしめた。

 そうか、そばにいてくれたのか。

 レティーナの心がほんわか温かくなる。


『ちょ、苦しいわよ!』


 怒ったルルに肉球でぷにっと顔を押されるが、これも癒しだ。


「それならついさっきの出来事も知ってる?」

『もちろんよ。あいつら全員、思いっきり嚙みついてやりたいわ』


 ルルの言葉にギョッとして、慌てて声を上げる。


「ダメよ、ルル!神獣が人間を害すのはご法度でしょ!」

『わかってるわよ!だから我慢してる私はえらいわ』


 フンと鼻息荒くするルルに、レティーナは安堵と同時に笑みが漏れた。

 先ほどのフレディの言動、言われたときには計り知れないショックがあったが、前世の記憶が戻った今は特に思うことはない。昔は仲がよかっただけに残念ではあるけれど、よくよく考えてみれば以前からレティーナのことが煩わしかったのだろう。態度が素っ気なくなっていたし、手紙すら届かなくなったのがいい証拠だ。

 それから両親。

 レティーナはずっと両親からの愛情に飢えてきた。

 ああ見えて彼らは夫婦仲は良好で、だからこそ余計にその輪に入りたかった。赤髪を疎まれるだけでなく、難産の末に子が望めなくなった母からは憎まれて暴力も奮われていたが、レティーナはそれを当たり前のように受け入れてきた。きっといつかは、なんて夢を見ていたこともある。今となってはもっと早く見切りを付けられたらよかったのにと思うけれど。

 どちらにしても酷い扱いを受けてきたレティーナが、彼らのために売られて爺の愛人になるとか。


『ない、ない、ないわ』

「ありえないわね」


 二人はともに首を横に振る。


「この状況で記憶を取り戻せたのはラッキーだったわ」

『そのとおりね。で?レイナ、じゃなかった、レティーナはどうするつもり?』

「レティでいいわ。もちろんさっさと家出するわよ」

『報復は?』

「そんなことしないわ。面倒だもの」


 父が国に提出した除籍書にはレティーナの偽のサインが入っていたが、縁が切れるのはこちらとしても願ったり叶ったりなのでこのままで構わない。

 それに売るつもりだったレティーナがいなくなるだけで金銭的に打撃を受けるはず。


『フン、そんなものはあいつらの自業自得よ。まあいいわ。それならとっとと行きましょ』


 ルルに急かされてクローゼットからフード付きのコートを取り出す。これは以前、メイドが焼却場に捨てたもので、髪が隠せるからちょうどいいと拾っておいたものだ。着るものはこれでよいとしても、大前提として金がない。 


「まずはお金を稼がなくちゃね。とりあえず国内のギルドに行こうかしら」

『じゃあ冒険者になって魔物狩り?』

「それが一番手っ取り早いわね」


 とはいえ魔女の力は凄まじい。張り切ってSランクにでもなったら王家に目を付けられ、それで利用されるなんてことになれば前世の二の舞になってしまう。そんなのはもうごめんだ。


「ねえルル、今世は私、地味に暮らすことにするわ!」


 そう告げるとルルは目を丸くしたあと半目になった。


『レティが地味に?冗談でしょ』

「冗談じゃないわよ。魔女の力は強すぎるし、目立つとろくなことがないわ。今世は絶対王家と関わりたくないもの」

『なにそれ。フラグ立ててるの?』

「怖いこと言わないでよ!とにかく王家に近づかないためにもひっそりこっそり地味に生きつつお金を貯めて、将来は田舎でスローライフが目標ね。どうかしら?」

『ふーん』

「なによ、その顔」

『別に。それよりさっさと行くわよ。新たな一歩でしょ』

「そうね!」


 大型の豹だったルルが一回転し、レティーナの肩の上にぴょんと飛び乗った。金色の毛並みをレティーナの瞳と同じ紫色に変え、さらには子猫姿に変化している。

 神獣改め、使い魔ルル。懐かしさに顔を見合わせてクスッと笑った。


 忘れ物なんてあるはずもないけれど、レティーナは部屋の中を見渡した。この小屋に押し込まれた日を思い出す。

 薄闇の中、埃の溜まった小屋の中でたったひとりぼっち。少しの物音にもビクビクして、怖くて寂しくて苦しくて、膝を抱えて涙を流した。

 それから8年の歳月をここで過ごしてきた。

 レティーナがいなくなったことに、彼らはいつ気づくだろう。誰からも放置された娘の存在に。

 今までの孤独を思い出して、瞳が勝手に潤んだ。


『レティ……』

「やだ、少し感傷的になっちゃったわ」

『うん』


 ルルがレティーナの頬に頭を刷りつける。柔らかな感触が気持ちよくて、レティーナはふふっと笑った。


「お世話に、なりました」


 そんな言葉を最後に残して、レティーナとルルはその場から跡形もなく消えた。




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