騎士団長の話とは
レティーナは目を丸くした。なぜいきなり聖女だとバレている?!
今は討伐団の制服を着ているので胸元の刻印は見えず、フードで顔半分隠しているのでどちらかといえば怪しげな部類。聖女だとバレる要素はなにもないはずだ。
カイセルが焦るように口を開いた。
「なぜ彼女が聖女だと?!」
「いやだって、神獣様がいらっしゃるじゃないか」
ハッとして隣を見ると、ルルは金色の豹姿のままケーキをはむはむと食べている。
――ルル!なぜ使い魔になっていないの?!
――このチーズケーキが思った以上に美味しいから。レティも食べてみなさいよ
――今はそれどころじゃないでしょ!
レティーナは頭を抱えたくなった。まさかチーズケーキを食べたいがために変身しないなんて。
なんとか誤魔化そうと口を開いてみたが、パクパクするだけで思いつかない。神々しいまでに金色に輝く大きな豹、なにを言ったところで神獣にしか見えない。
「レティ、残念だが諦めろ。ウォルフは信頼のおける人物だから大丈夫だ。ウォルフ、悪いが彼女が聖女というのは内密にしてほしい。いいな?」
「レティーナ君、ウォルはこう見えて公爵家の生まれで私の古くからの友人なんだ。だから安心して。ウォル、私からもお願いするよ。もちろん聞いてくれるよね?」
二人に圧をかけられたウォルフは戸惑いながらも頷く。
「ま、まあ、二人がそう言うなら、俺は見なかったことにするぜ。大体俺が突然部屋に入ってきたのが悪かったしな。申し訳ありませんでした、聖女殿。じゃなくてだな」
「レティーナと申します。魔術師として討伐団に所属しています」
バレてしまった以上もう仕方がない。きちんと挨拶しようとかぶっていたフードをあげると、ウォルフは目を丸くした。
「……赤髪」
「はい。それもあって聖女であることを隠しています。ご協力していただけると助かりますし、平民ですので敬語も不要です」
「……魔女の色を持つ聖女か、確かにややこしいな。そういうことならナードの部下として扱わせてもらうぜ。だが聖女殿を呼び捨てするのは気が引けるな」
「ならレティ隊長でいいんじゃない。うちの団員達は皆そう呼んでるし、魔術師としての腕も別格だから」
するとウォルフはピュウと口笛を吹いた。
「ナードにそこまで言わせる腕か。そりゃ頼もしいな。なら俺も隊長呼びでいくわ」
「いえ、あの。騎士団長にそう呼ばれるのはちょっと……」
「細かいことは気にすんな。ウォルフ・ブレイドだ。よろしく頼むな、レティ隊長」
「……はい、よろしくお願いいたします」
騎士団長からの隊長呼びは違和感しかない。けれど王弟が勧め、本人が納得している以上受け入れるしかない。
そうして自己紹介が済んだ後、ウォルフは当たり前のようにメイナードの隣に腰かけた。
「ウォル、もう用は済んだんじゃないの?」
「いや、ナードの顔を見に来たのはもちろんだが、伝えなきゃならないことがある。ちとやっかいな話だ」
ウォルフは眉間に皺を寄せて三人の顔を順に見渡し、カイセルに視線を止める。
「話ってのは殿下と討伐団に関することだ」
「俺と討伐団?」
「まず前提として、これはまだ一部で止めている話だから公になっていない。だがこのままというわけにはいかない。これを公表した場合、責任の所在は殿下に向くだろう」
「俺に?それなら叔父上が完治する前の出来事ということか?」
「ある意味そういうことになる。事の起こりは二週間前だ」
二週間前の深夜。
王城内の夜間巡回をしていた騎士が、一点を見つめるように立ち尽くす男性を見つけた。
といっても長いマントとフードで顔を隠しており、体形的に男性と分かるだけでそれ以外は不明。ぴくりとも動かないその男性を不審に思い、声を掛けると素早く立ち去ってしまった。
それから数日後の深夜にも、別の騎士が同じような人物を見つけたので声を掛けるとまた逃げてしまった。
特になにか起こったわけでもないので、内部で情報を共有するだけに留めていたのだが。
「昨夜、そのマント男に薬草園が荒らされた」
「薬草園が?!」
城内にある医薬研究所に併設された薬草園ではポーションの原料となる貴重な薬草を育てており、そこで作られたポーションは国内各所に送られている。
その薬草園が荒らされたというのは国としても大問題だし、騎士団や討伐団にとっても死活問題となってくる。
「犯行を目撃したうちの団員達が捕まえようとしたが失敗に終わった。剣も魔術も、黒いマントに見事に弾かれたそうだぜ」
「黒いマントって……まさか!」
「そう。お三方が纏っている黒いそれと同じやつ」
ウォルフに指を差され、レティーナ達は目を見開く。
このマントはレティーナが討伐団の入団を決めたその日に付与したものだ。
一緒にいたアンリがドン引きするほど強力な保護をつけたが、なにせ相手は見境なしに襲いかかってくる狂暴な魔物なのだからやりすぎぐらいでちょうどいい。ただ対人戦となると、逸脱したものになってしまう。
そして黒いマントは討伐団の制服。
メイナードとウォルフの関係をよく知る騎士団員達は事を荒立てない方がよいと判断して昨夜は穏便に済ませ、本日帰還したウォルフが面会と報告のためにここにやってきたのだそう。
「なるほどね。で、その流れだと犯人はうちの団員ってことになるよね」
「叔父上!」
「だってそうでしょ。剣も魔術も弾いちゃうマントなんてまずないんだから。レティーナ君が付与してくれたこのマントってかなり特殊だし」
「それは……そうだが」
黙り込む三人を見て、レティーナもなにを言っていいのかわからなかった。
レティーナが入団してからさほど時間は経っていないが、団員達は皆まじめで一生懸命魔物討伐に励み、自己研磨を怠らない姿を目の当たりにしている。
今日だってレティーナのやらかしを笑ってくれて、次回は任せてくれなんて言ってくれる気のいいメンバーだ。
それなのに大事な薬草園を荒らすなんて、そんなことをする人物が討伐団の中にいるなんて信じられなかった。
(それに、このマントをそんなことに使うなんて……)
恐れることなく討伐できるようになったのはマントのおかげだと、皆喜んでいたのに。
荒らされたのは薬草園のほんの一部だったのでウォルフの方で話を止めることができているが、それも長くは難しいとのこと。
「これを公にすれば、犯行に使われないために討伐団のマントは没収しなくてはならんだろうし、第二王子派からカイセル殿下の監督責任を追及されかねん。なにせそれほど逸脱したマントを用意したのは殿下だからな」
「それなんだけど」
考え込むように顎に手を置いていたメイナードが口を開いた。
「むしろそっちが目的かもしれないね」
「どういうことだ?」
「わざわざ姿を目撃させた上で犯行に及んでるし、被害も大きくない。犯罪というには稚拙だよね。だから討伐団からマントを奪うこと、カイセルの評判を下げること、こっちが本命なんじゃないかな」
「なら第二王子派の仕業ってことか?」
「今までのことを思えば無きにしも非ず、でしょ」
「確かになぁ」
これまでもカイセルを貶めようと似たような出来事が多々あったそうだ。情報のミス伝達とか重要書類の紛失だとか、莫大な損失金が発生しそうになったこともあるらしい。
なんとか回避できているので大きな問題にはなっていないが、それでも対応に追われてかなり大変なのだそう。
「今までは仕事上のミスで片付けられてきたけど、今回は罪に問うことができるからね。きっちり捕まえないと。だからウォル、公にするのはもうちょっとだけ待ってくれる?その方が次の犯行が起こりやすいと思うんだ」
「今のままじゃマントを没収できない、カイセル殿下も糾弾できない。だから犯行を重ねると?」
「そう。近いうちにまた薬草園が狙われるんじゃないかな。犯人が誰なのかは、あまり考えたくないけどね」
メイナードは少し寂しそうにそう言った後、レティーナを見て微笑んだ。
「それでね、レティーナ君。カイセルのために犯人を捕獲するのを手伝ってくれないかな」
「待ってくれ叔父上!これは俺達兄弟の、王家の問題だ。こんなことにレティを利用するのはやめてくれ!」
「利用じゃなくて協力だよ、カイセル」
「だが!」
「お前は事を甘く見てるよ。もしも犯人がジュリアスサイドと繋がっている内通者だとしたら、あちら側にもレティーナ君の正体がすでにバレているかもしれない。そうしたらどうなると思う?」
「それは……」
「聖女だと認知されていないレティーナ君はただの平民でしかない。ならジュリアスが強引にベッドに引きずり込んでもあの子はお咎めなしだよ」
「「ベッドって!」」
レティーナとカイセルの声が重なる。
ギョッとしていると、メイナードはなんでもないことのように言った。
「既成事実さえ作っちゃえば後はどうにでもなるからね。レティーナ君を手に入れた後で聖女だと公表する、そうすればジュリアスの知名度はさらに上がって王位まっしぐらだよ」
レティーナは唖然とした。自分の置かれた状況に。
前世、レティーナはこの国で痛い目を見た。散々利用された揚げ句、汚名を着せられたのだ。
それなのに今世は聖女だとベッドに引きずり込まれるのか。怖すぎる。
ぶるっと震えると、カイセルが苛立つように言った。
「そんなことは絶対させない」
「わかってるよ。あくまで最悪な状況を想定しただけ。レティーナ君なら逃げられるだろうし、反撃してジュリアスをボコボコにしても私の方でなんとかするから。だからカイセル、殺気を抑えなさい」
メイナードは苦笑しながらレティーナを見た。
「でもね、現状を正しく把握するためにも犯人を捕まえたい。君が力になってくれると助かるんだけど」
「わかりました。協力します」
力強く即答した。現状を正しく把握、そのとおりだと思った。
メイナードは嬉しそうにうんうんと頷き、おもむろに立ち上がり机の引き出しから数枚の紙を取りだした。
「それなら君の実力を見込んで、作ってほしい物があるんだよね」
メイナードから渡された用紙を見て、レティーナは一瞬目を丸くするもののすぐに納得した。
その様子を見たメイナードは嬉しそうに微笑む。
「この設計図がなにか見ただけでわかるんだ、すごいね。それともさすがというべきかな。どう?作れそう?」
「……はい、まあ」
だって300年前にこの設計図を書いたのは私ですから。
レティーナはそんな言葉を飲み込んだ。




