いきなりバレました
その後も場所を変えて討伐を続けていたが、日暮れになったところで城への帰還命令が出された。
団員達と雑談をしながら転移石に向かっていると、うしろからメイナードに声を掛けられる。
「レティーナ君、王宮に戻ったら少し時間をもらっていいかな?話があるんだ」
「はい。大丈夫ですけど……」
「よかった。じゃあ後でね」
そう言ってメイナードは離れていくが、レティーナは僅かながらその場で固まる。
(もしかして、お叱りを受けるのかも)
さすがに今日のはまずかったかもしれない。沼地が更地って、普通はない。
しかもここ最近は少々やりすぎな気もしていた。なぜなら団員達はいつもレティーナの魔術を“すごいすごい”と手放しで賞賛して目を輝かせてくれるので、ついつい調子に乗ってしまうのだ。
そこにきて今日のアレ。
メイナードもあきれ果てているのかもしれない。
そんなことを考えながら彼の背中を見つめていると、ソフィアがにじり寄ってきた。
「レティ隊長、さすがです!とうとうメイナード団長にまでお誘いをかけられるなんて!きっとフルコースディナーですよ!」
恋愛脳のソフィアがにんまりする。
いやどう考えても違うだろ、と突っ込みを入れる前に今度はライナーがぼそぼそ言う。
「お、俺も、その……レティ隊長と一緒に……」
「ライナーさん、そういうことは僕より魔力コントロールが上手になってからにしましょうか」
「……はい、すみません」
シュンと肩を落とすライナーと、それを楽しそうに見ているシリル。
この立場逆転はとうぶん覆りそうにないなと苦笑していると、ソフィアに肘でちょんちょんと小突かれた。
「フフフ、レティ隊長ったらモテモテですね」
「モテモテって」
「メイナード団長って陛下と歳が離れるからまだ30代ですし、独身なんですよ!そんな団長と二人きりなんて、これはもう間違いなく」
「盛り上がってるところ悪いが、俺も呼ばれてるぞ」
「カ、カイセル殿下!」
振り向くとカイセルが若干機嫌悪そうにソフィアを見下ろしていた。
「や、やだぁ、冗談ですよ、冗談!あ、そういえば私、今日は倉庫管理の当番でした!先に戻りますね!」
逃げるようにそそくさと足を速め、ソフィアは転移石板の向こうに消えていった。そんな彼女に苦笑しつつ、カイセルにメイナードの用件を訪ねてみた。
「ねぇ、カイ。メイナード団長ってかなりお怒りなのかしら?」
「お怒り?どういうことだ?」
「だってさすがに今日のはやりすぎだと思うわ。だから叱責されるのかと思って。呼び出される理由ってそれ以外に思いつかないし」
「まあ、叔父上もびっくりはしてたけどな」
カイセルは笑いながら周囲を気にしつつ、こっそり教えてくれる。
「叔父上がずっとレティに礼をしたがってるって伝えてただろ?呼び出されたのはその件だ」
(そういえば……)
毒に倒れたメイナードを、カイセルと夜中に忍び込んで治癒したことを思い出す。
両親とのごたごたのせいでずいぶん前の出来事のように感じるが、メイナードの方もようやく落ち着いたのでぜひにとのことらしい。
わざわざ礼なんていいのにと思う半面、呼び出し理由が叱責でなかったことにホッとした。
「ここだよ。入って」
メイナードに案内されたのは彼の宮にある客間だった。
以前は治癒するために彼の寝室に直接忍び込んだので、こちらは初めて訪れる場所になる。カイセルの宮は彼らしくシンプルに整えられているが、こちらは王族らしく豪華絢爛な装飾がなされていた。
促されてふかふかのソファに腰かけると、その隣にカイセルが、向かいにメイナードが座った。
「食事も考えたんだけど、甘い物が好きだと聞いてね」
メイナードの言葉を受けてメイド達が用意してくれたのは、スコーンやケーキなど豊富な種類を取りそろえたスィーツだった。レティーナが目を輝かせているとメイナードが笑う。
「君のために用意したんだ。好きなだけ食べて」
カイセルの宮ではメイド長のマーサが食事管理をしてくれているのだが、マーサは甘い物の摂りすぎはよくないと出してくれる量は正直少ない。しかもほとんどルルに取られてしまう。
みかねたカイセルが自分の分をレティーナにくれるのだが、カイセルのデザートは少ない上に甘みも抑えてあるのでいつも物足りなさを感じていた。
それを知ったメイナードが豪勢なお茶会を用意してくれたそうだ。
準備を終えたメイド達が下がった後、髪を隠すために移動中かぶっていたフードを脱いで礼を伝える。
「お気遣いありがとうございます、メイナード団長」
「お礼を言うのはこちらだよ」
メイナードは優しく笑った後、レティーナを真摯に見つめた。
「改めて。聖女レティーナ、私を救ってくれて本当にありがとう。暗闇の中でもがき続けていた私にとって、あの光はまさに天からの救いだった。それだけじゃないよ。団員達があれほど楽しそうに森の中で過ごせるようになったのは間違いなく君のおかげだ。そして神獣様」
メイナードの視線がレティーナの肩に向いた。
「この度は救いの手を差し伸べてくださり、心より感謝いたします」
深く頭を下げるメイナードをルルは黙って見ていたが、くるんと一回転して金色の豹姿に戻った。
『構わないわ。それより私もケーキが食べたいんだけど』
「ちょっとルル!」
『なによ。こんなにあるんだからいいじゃない』
「やめてよ!なんでそんなに食い意地が張ってるのよ!」
『失礼ね。美味しいものに目がないだけよ』
そんな会話にメイナードは目を丸くしていたが、やがてハハッと笑った。
「レティーナ君、落ち着いて。神獣様、カイセルからお好みを伺っております。私がお取りしましょう」
メイナードは並べられたケーキの中からカスタードパイとチーズケーキを小皿にのせて、まるで貴婦人を相手にするかのようにスマートな仕草でルルの前に差し出した。
「さあどうぞ、神獣様。お召し上がりください」
『悪くないチョイスね。いただくわ』
ルルがはむはむ食べだした。なにが“悪くない”だ、両方とも大好物のくせに。
ルルを睨みつけているとカイセルからは「もう気にするな」と言われ、メイナードは楽しそうに笑っている。
「よかったらレティーナ君の分も私が取ろうか?」
「い、いえ!結構です!自分でやります!」
「そう?なら遠慮しないで食べて」
「そ、それではお言葉に甘えていただきます」
気を取り直してまずは大好きないちごのケーキを小皿に取り、口に入れる。その瞬間レティーナの顔が自然に緩んだ。いちごの酸味と生クリームの甘さが絶妙なバランスでとても美味しい。
あっという間に食べきってしまったので、次は濃厚そうなチョコレートを取り分ける。少し苦みを残した深い味わいが素晴らしく、柑橘ベースのブレンドティーがよく合う。
至福の時間を過ごしていたレティーナだったが、この部屋に向かって勢いよく近づいてくる気配を感じた。咄嗟にフードをかぶり赤い髪をしまい込む。
レティーナの突然の行動にカイセルとメイナードが目を丸くしたとき、ノックが聞こえたかと思ったら返事を待たずして扉が大きく開かれた。
「ナード!治ったというのは本当だったんだな!」
筋肉粒々の大柄な男性が両腕を広げてずかずかと部屋に入ってくる。それを見たメイナードは苦笑しながらも立ち上がった。
「心配させたね、ウォル。もう大丈夫だから」
「よかった!よかったぜ、ナード!」
ウォルと呼ばれた男性は涙ぐみながらメイナードをひしっと抱きしめた。その力強さはメイナードの細腰が折れそうなほどだが、メイナードはそれを平然と受け止めてあやすように背中をポンポンしている。
男性の愛称と彼が着ているグレーの軍服でピンときた。
(あの方が騎士団長のウォルフ様なのね)
王弟であるメイナードとこんなふうに抱き合えるなんてよほど親しい間柄なのだろうと微笑んでいると、カイセルが笑いながら口を開いた。
「ウォルフ、まさか戻って早々ここに来たわけじゃないよな?」
「もちろん最低限のことは済ませてきたぜ。邪魔して悪いな、殿下。だが居ても立ってもいられな……」
話の途中でなぜか男性はレティーナを見て口をあんぐりと開けた。そうしてなにかを納得したようにうんうんと頷き、メイナードから離れて片膝をつく。
「我が友、メイナードをお助けいただきありがとうございます。聖女殿」
え、今聖女って言った?!




