テンション上がるね、団長復活!
カイセルがメイナードに揶揄われているころ、レティーナはいつものように団員達と魔物討伐に励んでいた。
いつもは魔術師達からの質問攻めにあっているけれど、今日は違う。なんというか、視線がうるさい。
「見たか?昨日の。メイナード団長の部屋らしき場所がピカーッて!」
「それで団長が完治したって、明け方まで王宮が騒がしかったんだろ?本当なのか?!」
「完治は本当みたいだぞ!俺、寮を抜け出して医務官達が騒いでるのをこっそり聞いたんだ!」
全員がチラリとレティーナを見る。
「まさかメイナード団長が完治できるなんて!夢みたいだな!」
「ああ!きっとどこかの凄腕魔術師が団長を助けてくれたんだ!」
「きっとそうだ!凄腕魔術師様に感謝を!」
そうしてチラチラとレティーナを見てくる。涙目の団員までいて、もうよくわからない。
すると統括官のアンリがレティーナを庇うように前に出てきた。
「皆さん、レティ隊長はなにもしていませんよ!わかっていますね?! 」
「もちろんです!隊長がやったなんてこれっぽっちも思ってませんから!」
「もしそうだとしても誰にも言いませんし!」
「そうですよ!俺達口は堅いんで安心してください!」
アンリが満足そうに頷いたあと、レティーナに向かってしっかりと頭を下げる。しかも副団長のオズマまで頭を下げるので、全員が倣うようにお辞儀をしてきた。
(なんでそうなるのよ)
全員がレティーナのやったことだと思い込んでいる。というかバレている。
――見たわけでもないのに、私がやったって決めつけてるわね
――そりゃこの子達はレティの実力を知ってるんだから、当然でしょ
聖女って呼ばれてないだけ。
ルルにそう言われてレティーナは肩を落としかけたが、ふと気配に気づき魔力を練り上げて風裂刃を放つ。
少し距離のある木の上から切り刻まれた毒蛇がボトリと落ちた。
「おお!さすがレティ隊長!感知力がすごいです!」
「俺達もやるぞ!目指せ凄腕魔術師!」
「目指せ凄腕騎士!」
「「「オー――ッ!」」」
メイナードが完治したと聞いたからか、いつも以上に元気いっぱいだ。
「お前達、森の中にいるのにずいぶん楽しそうだね」
よく通る声が聞こえ、全員がそちらに目を向ける。
長い髪を横に流してひとつに縛り、端正すぎる顔立ちは美しいという言葉がよく似合う。けれど目には見えない圧倒的な覇気をまとっているので、そのギャップが凄まじい。
昨日は包帯を巻いていて顔はほとんど見えなかったけれど、彼がメイナードだとすぐにわかった。
「うぉおおお!メイナード団長!本当に完治したんですね!」
「よかったぁあああ!団長!」
「おかえりなさい!待ってましたよぉおお!」
全員がメイナードの周りに集まっておいおい泣き出した。
普段は周囲に気を配っているアンリも、厳めしい表情のオズマも男泣きしている。それをメイナードは「声が大きいよ」と笑顔で切って捨てている。
レティーナはメイナードの後ろにいたカイセルに歩み寄った。
カイセルは朝からメイナードに呼ばれて討伐には参加していなかったのだ。
「カイ、大丈夫だった?」
「ああ。叔父上には事情を説明したら理解してくれた。それで皆に詰問されても、叔父上は知らぬ存ぜぬを繰り返してやり過ごしていたんだが……」
「どうしたの?」
レティーナが問いかけると、カイセルは大きな溜め息をついた。
「叔父上が途中から女神が現れたとか言い出したんだ 」
「女神……」
「それで余計収拾がつかなくなってな。なのに叔父上は話を無理やり切り上げてここに来たんだ。なにがしたかったのか聞いたら、お前が言ったことを真似しただけと言われてしまって返す言葉もなかった」
ここに来るまで散々からかわれたらしく、疲れが顔に滲み出ていた。
「メイナード団長は今日から討伐に参加されるの?」
「王宮にいるとうるさいから嫌みたいなんだ。完治しているし大丈夫だろう」
ぼそぼそと話していると、メイナードがレティーナ達に向き直る。
「君がレティーナ君だね。私、メイナード・マクスウェルは、君に心からの感謝を」
そう言って胸に手を置き、頭を下げた。それを見ていた全員がびしりと固まる。
「叔父上!それは!」
「どうしたの、カイ?私は討伐団に力を与えてくれた子に礼をしただけだよ。それともそれ以外になにかあるの?」
「……別にない」
「だよね。冒険者が減ったことで疲弊していた討伐団は、私が倒れたことで危うくなりかけたけどカイが持ち直してくれた。さらにレティーナ君の加入は絶大だったと皆の顔を見ればわかる。その礼だよ」
そう言ってメイナードはレティーナに笑顔を向けた。
王弟でもある団長が一団員に頭を下げるなんておかしいのだけど、団員達が涙を拭きながらうんうんと頷いている。もうあまり考えないようにしよう。
「ところで、君は気づいてるの?南東方向」
メイナードの試すような問いにレティーナは返答する。
「はい。血濡熊の群れが迫ってきていますね。おこぼれをもらおうと雷鳥も後に続いています」
「その割には落ち着いてるね」
「血濡熊は爪が脅威ですが連携をとれば問題ないです。雷鳥は私が打ち落とせますし」
メイナードは一瞬目を丸くしたが、フフッと笑った。
「そう、雷鳥を打ち落とせるの。それは頼もしいね。さて皆、聞いていたと思うけど今から血濡熊の群れと雷鳥を討伐するよ」
メイナードは鞘から剣を抜いて空に掲げた。
「全員!気合を入れて私に続きなさい!」
「「「おおっ!」」」
掛け声とともにメイナードの後に続き、血濡熊と対峙する。群れを成しているので数が多いが、それを先頭に立つメイナードがバンバン切り捨てていく。
さすがは団長、半年間寝込んでいても勘は鈍っておらず圧倒的な強さを見せてくれる。
さらにカイセルやアンリ、オズマとの連携は実に見事で、見入ってしまうほどに素晴らしい。
「右翼に回れ!一体も残すな!」
「「「はいっ!」」」
騎士達が血濡熊を取り囲み、魔術師達がその援護をする。
とそのとき、バサリと大きな羽音が聞こえた。雷鳥のお出ましだ。
やっかいなのは空から雷撃を落としてくることと、縦横無尽に飛び回るので的が絞りにくいこと。
ただレティーナにはあまり問題はない。それより血濡熊と対峙しているカイセル達の邪魔にならないようにしなくては。
「シリルは騎士達への防御壁を展開、ソフィアはその強化、ライナーは右翼側の補佐をお願い!」
「はいっ!《氷結壁》」
「やります!《強化》」
「任せてください!《火炎陣》」
三人の魔術が整ったのを見届けたレティーナは魔力を練り上げて、一気に右手から放つ。
《鋭風檻》
変形させた細かい網状の風檻が空に広がり雷鳥をぎっちりと絡めとった。
檻系の魔術は直方体が基本となるので、投網のように変形させるというのはかなりの高等技術だ。そのため魔術師達からどよめきの声が上がった。
「なにあの檻!」
「あんな変形型初めて見るぜ!」
雷鳥は檻から必死に逃れようとしているがレティーナの術から解放されるわけもなく、むしろ暴れれば暴れるほど鋭利な網が体に食い込んでいく。
もちろんこれで終わりではない。レティーナは再び魔力を練り上げる。
《灼熱砲》
燃え盛る巨大な炎の塊を雷鳥にぶち込んだ。雷鳥は一瞬にして火だるまになり、ギャァアッという断末魔があたりに響き渡る。それでもレティーナは風檻を浮かせたまま燃やし続けた。落ちてきたら邪魔だから。
それを見ていたメイナードが笑い声を上げる。
「ハハハッ!なにあの火力!雷鳥を一撃なんて本当にすごいね」
「レティのおかげで討伐団は活気が戻ったんだ」
「あれだけの力だ。頼もしいよ。レティーナ君、こっちも手伝ってくれる?」
「はい、いきます!」
雷をまとった鋭刃が血濡熊を切り刻み、やがてすべての血濡熊を殲滅し終え、団員達から歓声が上がった。
それからも魔物討伐を続けていたが、日が暮れてきたので城に戻ることになった。
魔物は日が落ちるとさらに狂暴化するため討伐は日没までとしており、列をなして転移石に向かう。
転移石、といっても実際は見上げるほどの大きな石板だ。
王城の門前横に転移石広場と呼ばれる開けた場所があり、そこには国の主要箇所に繋がる転移石板が何枚か設置されている。そのひとつがこの森の入り口と繋がっているので、討伐団は普段からこれを利用しているのだ。
少量の魔力を流すだけで移動できる簡単便利なこの石板を作ったのはレイナだけれど、これもいつの間にか当時の王太子の手柄にされてしまった。英雄の偉業として語り継がれているのが微妙なところだ。
転移石で城門に戻ってきた団員達は復活を遂げたメイナードに感無量で、疲れを見せることなくテンションが高い。
わいわいと賑やかな中、レティーナは自分の後ろを歩くシリルとライナーが気になった。シリルは艶々ないい笑顔をしているが、ライナーは妙にやつれてげっそりしている。
「ライナー、どうしたの?今日は疲れた?」
「いえ、違います。……なんでもありません……」
「シリル、ライナーはどうしたの?」
するとシリルはいい笑顔で言った。
「昨日ライナーさんをしごきました!伸びてきた鼻はへし折らないと!」
「……へし折ったのね」
「それよりレティ隊長、カイセル殿下とのデートは楽しかったですか?」
「デートっていうか出かけただけだけど、楽しかったわよ」
「そのピアスって、もしかしてカイセル殿下からのプレゼントですか?」
「そ、そうね」
「わあ、やっぱり!よく似合ってますよ、ね?ライナーさん!」
「……はい」
「声が小さいですよ、ライナーさん!それからもっと背筋を伸ばして!」
「は、はい!」
指摘されたライナーが背筋を伸ばして声を張り上げた。この二人、歳の差が縮まるどころか逆転した上下関係までできている。
大丈夫なのかと思っていると、今度はソフィアがきゃあっと騒いだ。
「そのピアスって、やっぱりカイセル殿下からのプレゼントだったんですね!」
「ええ、そうね」
「素敵です!とてもよく似合ってますよ!せっかくなのでお揃いをつけたらどうですか?殿下におねだりしたら即購入してくれると思います!」
「あー、あのね、私達はただの幼馴染だから」
「ワンセットのピアスをお互いの耳にひとつずつ着けるっていうのも流行ってるんですよ!」
「だから私達は」
「ちなみにうちはお揃い派です!今度彼がプレゼントするよって言ってくれて!」
「そ、そうなの」
そこからソフィアの惚気が始まった。
いつものことでもあるけれど、楽しそうなソフィアがかわいらしくてふんふん聞いていると、突然後ろから呼び止められる。
「レティーナ」
久しぶりに聞くその声に、とうとう来たかとレティーナはゆっくり振り返った。




