叔父にも即バレ(カイセル視点)
翌日、カイセルはメイナードの部屋に向かうために足を進めていた。
颯爽と歩く姿は凛々しく品があり、すれ違った人々は男女問わず通り過ぎていくカイセルに見惚れている。
しかし当のカイセルはどんよりとした心を抱えていた。
(昨日のは失敗だった。あんなふうに困らせるつもりはなかったんだが……)
昨夜、メイナードを救ってくれたレティーナに対し、感極まってつい言ってしまった。
“俺の太陽”
愛する人に向けて使う最上級のそれは、カイセルにとって紛れもない事実だ。だが言われたレティーナは戸惑うような表情をした後、「大袈裟ね」と無理に笑顔を作って、すぐに去ってしまった。
いつもそうだ。
カイセルが距離を縮めようとするとレティーナはスッと離れていく。前世でも年を追うごとに線を引かれるようになってしまった。
もちろん大切に思ってくれているのはわかっているし、幼馴染だからというだけではなく、それ以上の感情を持ってくれていることも理解している。
ただそれが自分と同等のものかと問われれば、そこが違うのだろう。
前世でも父親伝いに“親愛の情”しかないと言われた。やはりそこ止まりなのだろうか。
(いや、だとしても俺の気持ちは変わらない。今世こそはレティに幸せな人生を歩んでほしいんだ)
怖いのは勝手にいなくなってしまうこと。前世の二の舞はごめんだ。
そんなことを考えつつ、辿りついた部屋の前でノックをする。中からくぐもった声が聞こえ、カイセルは扉を開いた。
「待ってたよ、カイ」
部屋の中央にあるソファにゆったりと腰をかけている王弟メイナードは、切れ長の瞳を細めてカイセルを迎えた。
胸元まである美しい青灰色の髪、年齢を感じさせない中性的な顔立ち、すらりと伸びた長い手足、どれをとっても女性と見紛うほどの美しさを持つメイナードだが、剣の腕は凄まじく右に出る者はいない。
幼少期のカイセルは第一王子でありながら弟の付属品としてほぼ放置され寂しい思いをしてきたが、そこに手を差し伸べてくれたのがメイナードだった。
少々Sっ気があるのか、幼いカイセルを笑顔で打ちのめしてくるこの叔父に苛立ったりドン引いたりすることもあったが、そのしごきのおかげで余計なことを考える暇がなくなり真っ直ぐ育つことができた。剣の師匠であり親代わりでもある、大切な人だ。
こんなふうに再び笑顔が見られるようになるなんて思えなかったため、カイセルも自然と顔が綻ぶ。
メイナードの向かいのソファに腰を下ろし、お茶を用意してくれたメイドが下がったことを確認してから早々に口を開く。
「叔父上、起き上がっても大丈夫なのか?」
完治しているとわかっているが念のため聞いてみると、メイナードは笑った。
「問題ない。細胞ひとつひとつが若返ったようだよ。さすが聖女の力だね」
「叔父上、そのことだが」
「わかってる。秘密にしたいんだよね。でもまず、そもそもあの子は誰なの?」
メイナードの疑問にカイセルは丁寧に答えた。
レティーナはローファン子爵家の一人娘だが髪色のせいで両親に疎まれ隠されるように育ったこと、魔物に襲われかけたときに聖女として覚醒したこと、今は討伐団に在籍して力を貸してくれていること、レティーナのおかげで討伐団に活気が戻ったことなどを細かく説明した。
「ただ本人は目立つのが嫌で、聖女になる気はない。だから今回のことも秘密にしておきたいんだ」
「聖女と公表した方がお前の強みにもなるのに?」
「そんなことにレティを関わらせる気は毛頭ない。あいつがどうしたいかが一番大事だ」
「そう、わかったよ。少々勿体ない気もするけど、私だって命の恩人の願いを無下にするつもりはないからね」
メイナードが了承してくれたことで、カイセルは安心したようにホッと息を吐いた。
するとメイナードが楽しそうに口角を上げる。あまりよろしくない笑みだ。
「それで?」
「……なんの話だ?」
「お前とあの子の関係に決まってるでしょ。かなり親密にみえたけど」
「……俺達は幼馴染だ」
「幼馴染?お前にそんなものいないよね?」
それはそうだ。前世の幼馴染なのだから。
今まではすんなり受け入れてもらえたが、父親代わりのメイナードが騙されるはずもない。
「それにお前、転移なんていつの間にできるようになったの?あれは魔術師でも習得が難しい高等技術なのに」
転移はレイナの師匠である大魔女クシュナから習ったものだ。クシュナに「死にかけたレイナと砂漠で二人きりになったらどうする」と言われて必死で習得した。魔力が高いわけでもないのに、よく頑張ったと自分でも思う。
とはいえ前世やら魔女やらなんて話、大っぴらにできることではない。
黙っているとメイナードは興味深そうにカイセルを見た。
「ふーん、幼馴染ね。まあいいよ、お前が惚れこんでいるのはよくわかったから」
「ぶっ」
飲みかけていたお茶を喉に詰まらせてしまった。唐突に直球すぎる。
「なにを……ゴホゴホ」
「汚いよ、カイ。見てればすぐわかるよ。今日のお前、やけに必死じゃないか」
カイセルは口元をハンカチで拭いながら、それほどわかりやすかっただろうかと自問自答した。レティーナへの思いを隠しているわけではないが、必死と言われるとちょっと恥ずかしい。
「女性に対してまったく興味がなかったくせに。それがなに?彼女のことになると饒舌にまくし立てて」
「まくし立ててはいないだろう」
「そのくせ関係を聞けば幼馴染って。お前って一途で奥手なんだね」
にやにやと楽しそうに笑うメイナードに、カイセルは無表情を貫く。この年になって遊ばれるつもりはない。
それでもメイナードは続ける。
「昨日言ってた女神って彼女のことなんだね。運命の女性ってところ?」
「女神のことは忘れてくれ」
「自分で言ったくせに。じゃあ彼女のことは運命ってほどではないんだね」
「違う。俺にとってはこの先も一生、一番大切な人だ」
「ヒュウ!いいね、カイ。私が寝込んでいた間に、ずいぶん大人びたようだ。やはり恋は人を成長させるんだね」
そうなのだろうか。自分ではよくわからないが、前世を思い出したのは大きい。レティーナへの想いも経験値も一気に飛躍したのだから。
「それで、彼女の方はどうなの?お前が王子だからと怖気づいているんじゃない?」
「怖気づくもなにも、それ以前の問題だ」
そう答えるとメイナードは目を丸くした後、なにかを察したようにクスクス笑い始めた。
「そう、そうなの。フフ、お前、相手にされてないの」
「相手にされていないわけじゃない。ただ思いの方向性が違うってだけで」
「ハハッ!なにそれ!兄としてしか見られないとでも言われたの?」
「そこまではっきり言われたわけじゃない」
「でも近いことは言われたんだね。フフフ。お前、すでに振られているじゃないか」
「まだ振られたとは言えない。人づてに聞いただけだから」
すると笑っていたメイナードがピタリと止まる。
「人づて?」
「そうだ。信頼できる人から聞いたんだ」
「……お前、それを信じてるの?」
「信じるというか、それが事実だと受け止めてはいる」
なぜこんなことまで言わされているのか。メイナードを前にすると、気づけば余計なことまでついつい暴露してしまう。
自分の青さ加減に頭を抱えたくなるが、メイナードは先ほどとは打って変わって妙に真面目な顔つきになった。
「前に話したよね、カイ。お前は王子、お前が聞かされる話にはなにかしらの思惑が潜んでいる可能性が高い。だから事実は自分で調べなさい、と。人づてに聞いた話を鵜吞みにするなんてもってのほかだよ。それがたとえ恋愛感情であってもね」
それはもちろん覚えている。
だが前世でカイザーにその話をしたのはサリュート国王、カイザーの父親だ。しかも父は最終的にはレイナとの結婚を許してくれた。そこに思惑なんてあるはずもない。
そう思いながらもなんとなく引っかかった。
(そういえば、レイナが去った後、父上はすぐに隣国の王女との縁談を持ってきたんだったな。俺を王にしたいと言って。当時はなにをバカなと深く考えなかったが……)
あまりに手際がよすぎないだろうか。
隣国との縁談なんて、たった数日でまとまるはずがない。もしかすると自分の知らないところですでに話が持ち上がっていたのだろうか。
考え込んでいるとクスッと笑い声が聞こえた。正面を見るとメイナードが口元に手を当てて笑いを堪えている。
「お前が女性に振り回されてる姿っていいね。大人になってからは揶揄いがいがなくなってつまらなかったけど」
そんなことを言うメイナードに、カイセルは呆れるしかなかった。こちらは真剣に考えていたというのに。
とにかく元気な顔が見れたのだからよしとしよう。
「今から会議で昨夜のことを説明するんだろう?レティのことは絶対に伏せてくれ」
「わかってるよ。命の恩人とかわいい甥っ子の頼みだからね」
メイナードが楽しそうに笑っているとノックが聞こえ、侍従長が顔を覗かせた。
「メイナード様、ご準備はよろしいでしょうか?皆様お待ちかねのようです」
「今からいくよ。カイ、お前もついておいで」
「俺も行くのか?」
「その方が安心でしょ。それに狸爺達の相手を私一人にさせるつもり?」
あんたが一番の狸爺だ、とは言わなかった。




