聖女の光は5割増し!
深夜の城内は意外に明るい。
城壁には明かりが灯っているし、近衛兵達が光を照らしながら見回りをしている。
その上空を、レティーナとカイセルはルルの背にまたがって飛んでいた。もちろん隠密をかけているので誰にも気づかれることはない。
本当は転移で飛ぶのが一番手っ取り早いのだが、転移は一度行ったことがある場所にしか飛べず、レティーナはメイナードの部屋を知らないので不可。魔力の少ないカイセル主導で飛ぼうとすると、レティーナとカイセルがべったりと密着しなくてはならないので自然に却下された。
ちなみにメイナードは大公家を賜っているが、結婚はしておらず、今も城を居住にしている。
「うーん」
「どうした?」
「王城結界にずいぶん綻びがでていると思って」
300年前、この王城結界を張ったのはレイナだ。あのころのペルダン王国は今と同じく魔物が活性化していたので、万が一のために結界を張ったのだ。
まあそれも、当時の王太子の手柄となっているけれど。
「王宮魔術師達は気にならないのかしら」
「魔術構築が高度すぎて、簡単には直せないって聞いてるぞ」
「そうなのね。んー、ちょっとだけ修復してもいい?穴だらけでこれじゃ意味ないわ」
「俺は構わないが、大丈夫か?あんまりやりすぎるなよ」
「少し直すだけだから」
魔力を練り上げて気になる箇所をちょいちょいと修復していく。
「ルル、城の周りを旋回してくれない?」
『まったくもう。やりだしたら止まらなくなるんだから』
なんだかんだ言いつつルルがくるくるしてくれたので、目立ったところは塞ぐことができた。
「お待たせ。それでメイナード様はどちらにいらっしゃるの?」
「あれだ、あの塔になっている宮の上階に叔父上の部屋がある」
カイセルの指し示した方角にルルが進み、やがてメイナードの部屋のバルコニーに降り立った。
「久しぶりにルルの背中に乗ったが、やっぱり楽しいな」
「そうよね!今度は遠出してみない?久しぶりに海が見たいわ」
「それいいな!せっかくだから弁当を持っていこう」
『あなた達、子供のときと発想が変わってないわよ』
こそこそ話しながらレティーナが解錠し、三人で部屋に入る。消毒の匂いが充満している部屋は、あまり空気がいいとはいえなかった。
奥にあるベッドの上に人の気配がするので、そちらに近づく。
横たわっているメイナードは体のほとんどが包帯で埋め尽くされ、その隙間からは爛れた肌が見えていた。時間が経ってもこれほどの病状、団員達を逃がすために毒を浴び続けたことが見て取れた。
「叔父上……」
眉間に皺を寄せ、苦しそうな声でカイセルが呟く。その悲痛な表情を見たレティーナは胸がざわざわした。
こんなカイセル見たくない。そう思ったら居ても立ってもいられなくなった。
「カイ、大丈夫よ。私に任せて!」
小声で囁きカイセルの手をとって強く握りしめた。カイセルは苦しそうな表情のままレティーナを見つめ返す。
「レティ……。いや、ちょっと待て。少し待ってくれ。お前力が入りすぎてる」
「安心して!完璧に治すから!」
「まてまて、一旦落ち着こう。な?」
「メイナード様は私が元通りにしてみせるわ!」
レティーナはカイセルから手を離して、両手で治癒の印を組む。
「我が身に宿りし光の欠片、かの者に清らかなる癒しを授けたまえ《聖光治癒》!」
その瞬間、部屋中がピカーーッと一気に光輝いた。美しくも神々しい光はまさに聖魔術ならでは。
とはいえ強すぎる。
レティーナも自分でやっておきながら眩しすぎると思った。暗闇の中でこの光、どう考えても窓からも扉からも漏れ出ているはず。そうだ、聖女の光は5割増しだった。
こうこうと輝いていた光がようやく収まり、シンと静まり返った部屋の中でレティーナがカイセルを見ると、やっぱり頭を抱えていた。
強烈すぎる聖魔術に隠密すらも解けてしまい、ルルからは冷たい視線を向けられている。“またなの?” “やっぱりバカなの?” そう言われているのがわかった。
「あの、カイ、ルル」
二人に謝ろうと思ったとき、メイナードがパチッと目を覚ましてむくりと起き上がった。
「叔父上!」
「カイセル、私、重病だったよね?でもものすごく元気なってるんだけど。どういうことなの?」
「聖魔術をかけたんだ!でもそれは秘密に」
そのとき扉がドンドンと強く叩かれた。あの光で衛兵が駆けつけてきてしまったようだ。
「メイナード様!ご無事ですか?!メイナード様!」
「駄目だ、開かない!扉をこじ開けるぞ!」
室内にピリッと緊張が走った。
レティーナはすぐに隠密をかけ直そうとしたがなぜか不発に終わってしまう。一気に血の気が引いた。
「魔術が使えないわ!」
『聖女の聖魔術は特別なのよ。体の中に余韻があるから魔術が打ち消されちゃうだけ。しばらくすれば使えるようになるわ』
「そんな話は前もって教えておいてよ!」
小声で叫ぶレティーナの横で、カイセルがメイナードに詰め寄った。
「とにかく叔父上、俺達がここにいたことは秘密にしてくれ!」
「そうはいっても完治しちゃったよね。これはどうするつもり?」
「女神が降臨したとか言えばいいから!」
「女神?お前、なに言ってるの」
「とにかく俺達のことは秘密だ!詳しいことは明日話すから!」
二人の会話をおろおろしながら聞いていたレティーナだったが、扉からバキッという大きな音が聞こえた。と同時に急に浮遊感に襲われ、気付くとカイセルに抱き上げられている。いわゆるお姫様抱っこだ。
「カ、カイ!」
「転移で飛ぶだけだ!ルル、行くぞ!」
扉が開かれる直前、ルルがカイセルの肩に飛び乗り三人は部屋から姿を消した。
一瞬にしてカイセルの執務室に戻ってきたレティーナは、すぐ間近にカイセルの顔があってドキッとした。
それに気づかずカイセルはふぅっと息を吐く。それが耳にかかり、自然に顔が赤くなってしまう。
「カ、カイ、お、下ろしてくれる?」
「ああ、すまない」
その場で下ろされるかと思いきや、カイセルはレティーナを抱っこしたまま歩き出してソファに優しく座らせた。同時にルルもカイセルの肩から飛び降りる。
「あ、ありがとう」
「いや、それよりも……」
カイセルが眉間に皺を寄せたので、レティーナは慌てて頭を下げる。
「ご、ごめんなさい!私、またやりすぎちゃって!」
「いや、そうじゃない。レティ、違うから」
「え?」
カイセルは隣に腰をかけ、レティーナに笑顔を向けた。
「びっくりしたのは確かだけどだな。部屋中がピカーッて。フフ。ものすごく眩しかった」
「それは……正直私も眩しかったわ」
「自分でやったのに?」
「自分でやっても眩しいものは眩しいのよ」
「そうか。ハハハッ」
楽しそうに笑っていたカイセルはしばらくして、レティーナの片方の手をとった。
見ると優しい微笑みを浮かべている。
「叔父上が……。話すことも動くこともできなくなっていた叔父上が、起き上がって流暢に喋っていた。……レティのおかげだ」
そう言ったカイセルの目は真っ赤になっている。それを見たらレティーナは胸がぎゅっと苦しくなって、なんだか泣きたくなった。
「私、カイの役に立てた……?」
「ああ。お前はいつも俺を支えてくれる。俺の大切な……」
カイセルはふわりと笑った後、レティーナの手の甲に自分の額を合わせた。
「ありがとう。俺の太陽」
“俺の太陽”
それはサリュート国では愛を示す言葉だ。恋人や夫婦間で褒め称える、愛する人に送る最上の言葉。
レティーナは涙が零れそうになるのをぐっと堪えた。
勘違いなんてしていない。自分達は幼馴染だから。カイセルは心を込めて感謝しているだけ。
それでもその言葉は、レティーナの心を大きく震わせた。




