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「今世は聖女」 なんて言われても  作者: 野原のこ
第一部 前世は魔女ですが、なにか
19/52

誰よりも大切だから

 日が傾き、薄暗くなってきたので最後に夕食を摂ろうと二人でレストランに入った。

 少し格式の高いお店だったが、個室になっているので周囲を気にすることなく食事ができるようになっている。


「肉と魚、どっちにする?」

「それはやっぱりお肉よね」

「言うと思った」


 カイセルが笑いながらオーダーをとってくれた。それぞれ違う肉料理を頼んだのでいつものように交換する。

 あれが美味しいこれが美味しいと二人で勧め合い、食事を堪能した。


(一日、あっという間だったわね)


 そう思っていると、カイセルが懐から綺麗にラッピングされた小さな箱を出してレティーナに差し出す。


「なに?」

「受け取ってくれ」


 なんだろうと思い箱を開けてみると、そこにはリング型のピアスが入っていた。


「これって!」

「レティがアクセサリー店でじっと見つめていたやつだ。気に入ったんだろ?」

「そう、だけど」

「前からピアスが欲しかったんだろう?これなら普段からつけていられる」

「もしかして、気づいてたの?」

「まあな」


 実はレティーナ、討伐団にいる女性達がピアスをつけているのを密かに羨ましく思っていた。

 貴族令嬢だとドレスに負けないイヤリングが好まれるが、魔術師なら邪魔にならないピアスが人気だ。ちょっとしたおしゃれにぴったりでかわいい。私もつけたいな、なんて思っていたのだ。


 だからアクセサリー店に入ったときは真剣に見つめていた。その中でも一番いいなと思ったのが、このリング型のピアスだった。


「今日の記念も兼ねて贈らせてくれ」

「今日の記念?」

「そう。今世初のデート記念」

「デ、デートって!もう、からかわないでよ」


 レティーナがむくれるふりをすると、カイセルは苦笑した。


「からかってるつもりはないんだけどなぁ」

「そういうのをからかってるって言うのよ」

「とにかく返品不可だ。受け取ってくれ」


 そう言われてレティーナはピアスを見る。自分がいいなと思ったものだからもちろんかわいい。でもそれをカイセルからプレゼントされるとは思っていなかった。


 今世、贈り物は祖父母から貰えたとしても、すべて両親によって捨てられてしまっていた。

 従弟のフレディからは摘んだ花や綺麗な小石などを貰ったこともあったが、それも遠い昔の出来事だ。祖父母が亡くなってからは日々の生活に一生懸命で、誰かになにかを贈ってもらえる日がくるなんて思いもしていなかった。


 それを思うと、手の中にあるこのプレゼントがさらに大事なものに感じた。


「カイ、ありがとう。大切にするわ」


 嬉しいな。そう思いながら微笑むと、カイセルは少し目を丸くしてから手で口元を抑えた。

 なぜかほんのり耳が赤くなっている。


「どうしたの?」

「お前、その笑顔は反則だぞ」

「え?なに?」

「いや、なんでもない。喜んでくれているならよかった」

「うん、嬉しい。本当にありがとう」

「っ!だからお前……!いや、なんでもない。レティ、また時間ができたら二人で出かけないか?」


 レティーナは目をパチパチさせたが、すぐに頬が緩んだ。


「忙しいのに大丈夫?」

「確かに忙しいが、俺だってご褒美があってもいいだろ?」

「ふふふ、ご褒美だなんて。じゃあ次は昼食を摂ったあのお店で他の国の料理も試してみない?」

「それもいいな。楽しみだ。じゃあ約束」

「うん、約束」


 二人ともグラスを前に差し出し、カチンと合わせて音を鳴らす。前世、サリュート国では酔っぱらった大人達がやっているのを子供ながらに真似していた。懐かしさに二人でクスクス笑い合う。


(この約束は、守れたらいいな)


 そう思いながら、レティーナはカイセルに向かって微笑んだ。






「ただいま、ルル」


 部屋に戻ったレティーナはマーサに着替えを手伝ってもらった後、ルルと二人になってから声をかけた。


『楽しかったみたいね』

「そうね。まともに外出したこともなかったし、カイといるのは気楽だから」


 鼻歌を歌いながらさっそく魔術で耳に穴を開けて、ピアスをつけた。

 アクセサリーをつけるなんて本当に久しぶりで、鏡に映る自分が少しだけ照れくさい。


「ねえルル、どう?似合ってる?」

『逆に聞くけど、似合わない人なんているの?』

「そこは普通に似合ってるって言ってくれればよくない?!」


 興味なさげなルルにこれ以上なにを言っても褒めてもらえないことはわかっている。

 仕方がないのでピアスが壊れないように保護プロテクトをかけた後、また鏡を見る。うん、かわいい。

 ふふっと笑っているとルルが話しかけてきた。


『それ、カイにもらったんでしょ?』

「そうよ。今日のおでかけ記念なんですって」

『なに言ってるのよ。男性が女性にアクセサリーを贈るのは好意があるって意味でしょ』

「ルルったら。私とカイはただの幼馴染よ」

『じゃあカイが他の女性にアクセサリーを贈ってもレティはいいのね?』


 レティーナの肩がびくっと揺れた。少し間があり、レティーナは苦笑しながらルルに答える。


「それは私がとやかく言うことじゃないわ」

『そうかしら』

「そうよ」


 それでもじっと見つめてくるルルの視線が嫌で、この場から離れたくなったレティーナは無言のままルルの横を通り過ぎた。




 バルコニーに出たレティーナは夜空を見上げる。満天の星が輝き、ひんやりとした空気が心地よい。

 レティーナはカイセルと過ごした時間を振り返ってみた。平和で穏やかで、楽しい一日。彼にもらったピアスに触れながら、涼しい風が頬を撫でるのを感じとる。


 熱帯夜の続くサリュート国とは大違いだと、瞳を閉じた。





 前世、砂漠に潜む魔物を蹴散らす大魔女クシュナの弟子だったレイナは、クシュナが他国に渡った後、後任としてサリュート国と契約をし、カイザーとともに魔物討伐に励んでいた。それが当たり前の日常だった。

 だがその日、国王はレイナだけを呼びつけた。

 王の私室に近い部屋で二人きり、伏したレイナに国王はいつものように声をかけた。


「レイナよ、我には6人の息子がおるが、次の王にはカイザーが相応しいと思っておる。だがあやつの母は身分が低い。わかるな?」

「はい。カイザー殿下には、後ろ盾の強い后様が必要ということです」

「おお、おお!そのとおりだ!レイナ、おぬしはこの国のために尽力してくれておる。魔女の力は素晴らしい。だがしょせんは他国の平民、王の隣に立つ者にはなりえぬのだ」

「何度も申し上げておりますが、私はそのような浅ましい考えなど持ち合わせておりません。ただカイザー殿下のお力になれればと」

「ならばそのカイザーのために、黙ってこの国を去ってはくれぬか」

「っ!」

「カイザーには隣国の姫君との縁談が持ち上がっておる。そしてカイザーもそれを受け入れた」

「……カイザー殿下が、ご成婚を……?」

「そうだ。だが隣国の姫君は、おぬしらの距離が近いことを懸念しておる。もしやすでに妾がいるのかとな」

「違います!私達はそのような関係ではございません!」

「わかっておる。わかっておるとも。おぬしは自分の立場をよおく理解しておる。それはカイザー然り。あやつは後ろ盾の強い妻を娶り、よき王になってくれるだろう。だがそこに、おぬしの居場所はない」

「…………」


 いつかは言われることだと分かっていた。こんな日が来ることも。

 何度も何度も釘を刺されてきた。だからレイナはカイザーに恋なんてしていない。ただとても大切で、一番近い存在で、誰よりも幸せになってほしい人。それだけだ。


「承知、いたしました」


 レイナはゆっくりと立ち上がり、礼をとったあと国王に背中を向ける。その背に向かって、王は独り言のように呟いた。


「魔女レイナよ。おぬしのその涙を、我は忘れぬと誓おう」



 その後、レイナは簡素な手紙をひとつ残してその日のうちに姿を消した。

 王との謁見の場にいなかったルルからは理由を何度も聞かれたが、「他の国が見たいから」と笑って答えた。

 でも本当は、心がずっと泣いていた。


 “俺のそばで力になってほしい” 


 その言葉に頷いたくせに。嬉しかったくせに。

 そんな大事な約束を、反故にして――






 レティーナはゆっくりと瞼を開けた。

 あの日の事は今でも鮮明に覚えている。自分の立場なんて、誰に言われなくても最初からわかっていた。だからずっと、多くを望んでいなかった。…それすらも許されなかったけれど。


 その後レイナは遠く離れたベルダン王国にやってきた。この国を助けてほしいと言われ、過去を振り返らないために必死で働いた。

 けれど世間知らずのレイナは結局、王太子にいいように使われて終わっただけだった。


 空を見上げてふぅっと息を吐く。

 カイセルは今世も王子だ。だから今だってきちんと立場を弁えている。ただカイセルを助けたいだけ、笑っていてほしいだけだ。


(カイとはずっと幼馴染でいいのよ。昔も今も、一番大切なのは変わらないもの)


 自分の心を再確認したレティーナは、両頬をピシャンと叩き「よしっ!」と気合を入れた。

 それから昼間、歯切れの悪かったカイセルを思い浮かべる。

 彼の近い人物が体調を崩しているという話、あれは放っておくべきではない。


 意を決したレティーナは気配を消してその場から離れた。



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