これはデート?!
カイセルが連れてきてくれたその料理店は大通りの角を曲がって少し進んだところにあり、不思議な作りをしていた。
階によってテーマがあるらしく、一階は西の国、二階は東の国。そして三階は。
「こちら、砂の国にございます」
サリーを着た女性に案内された場所に、レティーナは目を輝かせた。
複雑な織りの絨毯、もたれ掛けられる大きなクッション、美しい柄のタペストリー。まるでサリュート国に舞い戻った気がした。
「素敵ね!」
「気に入ったか?」
「もちろん!」
以前二人で、またサリュートの料理を食べたいと話していたのだ。
カイセルは探してみると言ってくれたけれど、遠く離れたベルダン王国では正直難しいだろうと思っていたので余計に感動してしまう。
椅子も用意していると言われたが断って、さっそく地面に座る。独特の香辛料の香りが食欲をそそり、メニュー表を見せてもらうとさらに興奮した。
「カイ、薄焼きパンのチャーパと厚めのナーサがあるわ!どっちにしようかしら?!」
「両方頼めばいい。俺もどっちも食べたい」
「やっぱりそうよね!あ、見て、豆煮込みのダーリーも、トマトスープのラーシャムもあるわ!」
「お前の好きなドゥールチキンもあるぞ」
「本当ね!カイの好きなキーメもあるわよ!」
ウキウキしながらメニュー表をみていると店員の女性がクスクス笑った。
「お二人はとても慣れていらっしゃいますね。お料理もよくご存じですし」
「そうですか?」
「初めていらっしゃるお客様ですと、ご説明してもなんの料理かピンとこない方のほうが多いですし、いかがわしいことに利用するお店と勘違いされる方もいらっしゃるのですよ」
「いかがわしい?」
レティーナは周囲を見渡して冷静に分析する。
照明を落としているので少々薄暗く、謎の植物が生い茂り、艶やかすぎる色合いの織物に囲まれ、空間を仕切る透け感のあるカーテンが怪しげな色気を醸し出している。
(言われてみればそうかも……!!)
レティーナは急に恥ずかしくなってきた。同じメニュー表を覗き込んでいたせいで、隣に座るカイセルとの距離もずいぶん近い。思ったよりも至近距離で目が合ってしまい、胸がドキンと大きく鳴って慌てて距離をとる。
「あ、あの!わ、私達、そういうことではなくてお料理を!だから、だから違うんです!」
「レティ、落ち着け。俺達はここに食事をしにきただけだ。そうだろ?」
「そ、そそそうよ!もちろん!」
「彼女もわかってる。大丈夫だ」
「そ、そう!そうよね!」
冷静なカイセルに、一人でなにを勝手に騒いでいるんだと余計に顔が熱くなった。
(ソフィアが!デートだなんだって言うから!!)
変に意識してしまった自分が恥ずかしい。
店員の女性が“余計なことを言っちゃった!”みたいに気まずそうにしているのをカイセルがフォローしながら、とりあえず目についた料理をオーダーした。
ちょっとだけ気まずい空気が流れていたが、料理が運ばれてくるとレティーナは再び目を輝かせた。
「美味しそう!」
「そうだな。いい香りだ」
一口食べてみると、スパイスの効いた独特の味が口いっぱいに広がる。懐かしい、その一言に尽きた。
食材を手に入れるのは大変だろうと思い聞いてみると、ここのオーナーが他国巡りをするのが大好きで、伝手を使って取り寄せているとのこと。料理人もわざわざ連れてきているそうで、だから現地の味が生み出せると教えてくれた。
美味しすぎてついつい食べ過ぎてしまった二人に、店員の女性は喜んでくれた。
「またのご来店をお待ちしております」
「はい、またぜひ!」
笑顔でお礼を言って店を出た。
「ふう、美味しかった。お腹いっぱいだわ。カイ、連れてきてくれてありがとう」
「俺も食べたかったらな。少し歩くか」
カイセルに連れられて街中を散策する。外出なんてできなかったレティーナは目に入るものすべてが新鮮で楽しい。つい目移りしてしまい、人とぶつかりそうになってカイセルに引き寄せられた。
「あ、ご、ごめんなさい」
カイセルは仕方ないなと笑ってレティーナの手を握った。
「カ、カイ!」
「ふらふらしているからな。これなら安心だ」
「で、でも」
「手を繋ぐなんて昔はよくやってただろ?大したことじゃない」
そうカイセルに促されて再び歩き出すものの、レティーナの意識は完全に繋いだ手に向かっている。
(手を繋ぐって、私にはすごく恥ずかしいことなんだけど……!)
カイセルの手は昔よりも大きくごつごつとしていて明らかに大人の男性の手だ。子供の頃とは違う、そう思うと妙に緊張してしまうが、カイセルはいたって普通のまま。
だからレティーナも自然と落ち着いてきて、というか慣れ過ぎて、すぐに自分からぐいぐい引っ張るようになった。
「ねえカイ、あそこの店って魔道具店でしょう?入ってみない? 」
「ああ、いいよ。どうせまた解析したいんだろ?」
「だって楽しいもの。今世の魔道具って」
「カイセル様!」
突然後ろから声を掛けられて振り返ると、一人の紳士が近づいてきた。
「こんなところでお声をかけてしまって申し訳ありません。なかなかご挨拶ができないものですから」
「構わない。レティ、こちらはエドラ侯爵、アンリとトウリの父だ。侯爵、こちらは討伐団の魔術師でレティーナだ」
侯爵は目を丸くしたが、すぐに笑顔になった。
「これほどかわいらしいお嬢様が魔術師とは驚きですが、討伐団は実力主義。お嬢様も相当な腕前なのでしょうね」
「いえ、それほどでは。アンリ様とトウリ様にはいつもお世話になっております」
レティーナは曖昧に微笑んで謙遜した。実は統括官のアンリにまで「レティ隊長」と呼ばれていて、どっちが上司かわからなくなっているなんて知られたくない。
「それはそうと殿下、新しい薬を手に入れましたので、また団長にお届けに上がります」
カイセルの眉が一瞬ビクッと上がったが、何事もないように平然と答えた。
「そうか、頼んだ」
「ええ、それでは。失礼します」
エドラ侯爵はレティーナにも丁寧に頭を下げて去っていった。
「ねえ、カイ。薬が必要ってどなたか具合が悪いの?それに団長って?」
「あ、ああ。その、団長というのは前団長のことだ。少し体調を崩しているんだが大したことじゃない。それよりレティ、魔道具店を見るんだろ?行こう」
カイセルが歩き出す。レティーナは口を開きかけたがこれ以上聞き出すのは無理だと悟り、追及はやめることにした。
魔道具店では魔石を動力にした魔道具が所狭しと並んでいて、レティーナは気になったものを手に取ってみる。こっそり解析していると、それに気づいたカイセルにクスクスと笑われた。
「気になる魔道具はあったか?」
「全部気になるわ。技術って進歩してるのね。……あ」
「どうした?」
「魔道銃も売ってるのね」
「魔道具の分類に入るからな。武器屋にもおいてあるが」
討伐団が頑張っているおかげで魔物の被害は以前より落ち着いてきたが、ギルドの規定になってしまった魔道銃所持をどうにかしなければ冒険者は戻ってこない。
どうしたものかと考えていると店員が近づいてきた。魔道銃をじっと見ていたので購入の意志ありと思われたのかもしれない。レティーナは店員に軽く頭を下げて、カイセルを引っ張って店の外に出た。
それからも二人のウィンドウショッピングは続いた。雑貨店やアクセサリー店を覗いたり、屋台の匂いにつられたり弾き語りを聞き入ったり、気の赴くまま足を運んだ。
(やっぱりカイと一緒だと楽しいわ)
隣を見上げると、それに気づいたカイセルが優しく微笑む。
この時間がずっと続けばいいのに。そんなふうに思ってしまった。




