レティ隊長は思ったよりも慕われている
討伐団に入って一か月ほどが経過した。
レティーナは団の一員として毎日森に入り込み、皆と一緒にせっせと魔物討伐に明け暮れている。最初にカイセルに伝えたように、魔物をけちょんけちょんにしている日々だ。
「シリル、北西にいる魔物との距離は?ソフィア、種類はわかる?」
「約15フィート先に5体の魔物がいます!」
「えーっと、あれは山猪です!」
「二人とも正解よ。ライナーは今のうちに黒狼の死骸を燃やしなさい」
「はい隊長!《火焔》」
入団初日に好意的だったシリルはもちろん、ソフィアとライナーも従順な部下となっている。特にライナーはレティーナから教えを請おうとべったりだ。
それに当初は腰が引けていた団員達とも、すぐに打ち解けることができた。
さすがは実力主義の討伐団というべきか、あの日以来誰もが純粋にレティーナの実力に感服している。
それどころかベテラン含めた全員が敬語を使い、“レティ隊長”と呼ぶようにまでなり、討伐中でも質問攻めに合っている。
「レティ隊長!俺の氷魔術はどうですか?!改善点はありますかね?」
「今のままでも十分な威力はあるわ。ただ術を放つとき力む癖があるから、そこを改善すると魔力がスムーズに流れてさらによくなるわね」
「力む癖なんて気づかなかったです!気を付けてみます!」
「僕の風と水はどうです?やはりミックスさせた方が威力は上がりますか?」
「基本的にはそうだけど、単属性でも十分発揮できるわ。一番大切なのは魔力の濃度なの。圧縮させて一気に放出することが大事よ」
「どうやって圧縮するんですか?!」
「それにはまず魔力コントロールをあげる訓練をすることね。全身に流れる魔力を隅々まで感知して、今度はそれを自分の意志でゆっくり流したり早く流したりを繰り返すの」
「レティ隊長もその訓練をやってたんですか?!」
「私は5歳の時から毎日2時間やってきたわ(前世だけどね)」
「5歳から?!」
「すげーー!!さすが隊長!!」
こんな会話も討伐中に行われている。
レティーナがいれば絶対大丈夫という安心感が大きいらしく、皆がのびのびと楽しく戦えるようになっている。自然と士気が高まりチームワークもよくなっているので、討伐もさくさく進む。
もちろん聖女だとはバレていない。
というか、その件については誰もなにも言ってこない。レティーナが細心の注意を払っているのもあるだろう。
その代わり、と言ってはなんだが。
「あ、レティ隊長の訓練法、隊長から聞いたって言いませんから、安心してください!」
「初級クラスの魔術が隊長にかかると上級クラスになるなんてこと、もちろん内緒にしますので!」
それは騎士達も同様で。
「マントのおかげで臆することなく切り込めるようになりました!付与ありがとうございます!あ、誰にも言ってませんから!」
(マントのことまでバレてるの?!)
誰もかれもが“秘密にしますから!”と言ってバチンとウィンクしてくる。統括官のアンリがなにをどう説明したのかよくわからないけれど、とにかく全員でレティーナの桁外れの力を隠してくれているのだ。
でも違う。違うのだ。
レティーナが思っていたこっそりってこういうことじゃない。こんなバレバレなのにバレてないって言えるのか?
――ねぇルル。私が思い描いていたのと違うんだけど
――なに贅沢言ってんのよ。好き勝手やってるくせに
――だってみんなが注目してくるんだもの。かっこ悪いところは見せられないわ
――はいはい、無自覚の目立ちたがり屋ね
――それやめてよ!
今思えば、最初のライナーとの対戦が失敗だった。
あそこでレティーナは鼻っ柱を折るのではなく、か弱く負けてド新人の魔術師と認知させ、みんなが知らないところで静かに動かなくてはいけなかったのだ。
ただそれをカイセルとルルに話したら呆れられた。
「今さらか?」
『今さらね』
確かに今さらな話だった。
とはいえ皆が隠してくれているから、広い目でみたらこっそりできている。それに聖女とは言われていない。もうそれでいいじゃないか。
「レティ隊長」
呼ばれて振り向くとライナーが立っていた。そのすぐ後ろにはシリルもいる。なぜか気配を消しているが。
ライナーが緊張気味に口を開く。
「あ、あの、レティ隊長、明日って予定ありますか?」
「明日?そういえばお休みをもらっていたわね」
討伐団は忙しすぎてまともに休みが取れていなかったが、レティーナが加入したことで余裕ができ、少し前からは交代制できっちり休みを取ることになったのだ。
「特にないわよ」
「そ、それなら明日、お、俺に付き合ってもらえませんか?」
ほんのり顔を赤くしたライナーを見て、レティーナは微笑んだ。従順になったライナーはレティーナの言うことをよく聞き、一生懸命魔物討伐に励んでいる。
(対戦は失敗だったけど、ライナーの鼻っ柱を折ったのは正解だったわ)
そう思い、うんうんと頷く。
「あ、あの、レティ隊長?」
「ああ、明日ね。ライナー、見直したわ。休みの日にまで私と一緒に鍛錬に励もうなんて、最初とは大違いね」
すると後ろにいたシリルがぶーーっと噴出した。ライナーがびっくりして振り返る。
「シ、シリル!お前いつの間に!」
「最初からいましたよ、ね?レティ隊長」
「そうね。ライナーはもう少し感知力を上げた方がいいかも。明日はその訓練を」
「レティ」
見るとカイセルが汗を拭きながら近づいてきた。洗浄をかけてあげると礼を言われる。
「レティ、明日は休みだろう?俺と出かけないか?連れて行きたいところがあるんだ」
「あ、えっと明日は」
「レティ隊長、僕がライナーさんの訓練に付き合うので大丈夫ですよ。せっかくのお休みなのでカイセル殿下と息抜きしてきてください。ね?」
「そう?ならライナー、シリルに見てもらうってことでもいいかしら?」
「あ、あの……あの…………は、はい、わかりました」
「それならカイ、大丈夫よ。だけど忙しいんじゃないの?」
「たまにはいいさ。じゃあ明日な。忘れるなよ?」
「忘れないわよ!」
フッと笑みを浮かべたカイセルは、なぜかシリルの頭をポンポンしてから離れていった。
シリルは満面の笑みを浮かべているが、逆にライナーのテンションは駄々下がり。歳の離れたシリルに教えを乞うのに抵抗があるのだろうが、魔力コントロールはシリルの方が上なので仕方がない。
一部始終を見ていたソフィアが瞳を輝かせた。
「レティ隊長、明日はカイセル殿下とデートなんですね!」
「デートっていうか、二人で出かけるだけよ」
「それをデートって言うんですよ!」
ソフィアにきゃあっと叫ばれてレティーナは目を丸くした。
(デート?デートなの?カイと?そ、そうなの?)
ソフィアは少し前に恋人ができたばかりなので、頭の中が大体お花畑になっている。
そんなソフィアの言葉を真に受ける必要もないが、デートと言われてしまうとなんとなく落ち着かない。二人で出かけるなんて昔はよくあったけれど、今世では初めてだ。
「レティ隊長とカイセル殿下って仲がいいですよね!」
「そ、そうね。幼馴染だし」
「もう、隊長ったら。そんな言葉で誤魔化せませんよ!私は最初から気づいていたんですから!」
「気づくってなにを」
「もちろんお二人の仲ですよ!お昼だっていつも二人で離れたところで食事されてますし」
「ええっと、それは…(そ、それはルルが一緒に食べたがるから)」
「二人で中身を交換し合ったりして」
「そ、そうだけど…(だって前世では当たり前だったから)」
「この前なんて飲み物も同じグラスだったじゃないですか!完全に間接キスですよ!」
(そ、そこは触れないでほしいの)
ソフィアの勢いに負けてたじたじになっていると、ライナーが割り込むように声を張り上げた。
「おい、やめろソフィア!レティ隊長が困ってるだろ!」
「なに言ってるんですか、ライナー先輩。隊長は困ってるんじゃなくて照れてるんですよ」
「そうですよ、ライナーさん。そもそも使い魔のルルさんがあれほど殿下に懐いているんですよ。レティ隊長が気を許している証拠じゃないですか」
ソフィアとシリルに言われて「うっ」と怯んだライナーだったが、レティーナと目が合うとをキッと睨みつけてくる。目力がすごい。
「レティ隊長!隊長とカイセル殿下はただの幼馴染ですよね?!」
「それは違うわ、ライナー。カイのことはただの幼馴染じゃなくて、誰よりも大切な幼馴染よ」
そう言うとライナーはブルブル震えて叫んだ。
「それはどっちなんですか?!」
「えええ?」
困惑しているとシリルがライナーの腕をガシッと掴む。
「レティ隊長、僕達は少し見回りに行ってきます」
「そう?気を付けてね。なにかあったらすぐに使い魔のエティティで知らせるのよ」
「はーい!」
そうして離れていくシリルとライナーを見送ったレティーナだったが、この後ライナーが再び鼻っ柱をへし折られることには気づかなかった。
「ライナーさん、傷は浅い方がいいと思うのではっきり言います。レティ隊長は無理です」
「そんなことはない!隊長は俺にかわいい笑顔を向けてくれるんだぞ!」
「隊長は誰にだって笑顔です。別にライナーさんが特別じゃありません」
「お、俺は!隊長のとんでもない強さとかわいい笑顔のギャップに惹かれたんだ!レティ隊長だって俺のギャップを知れば!」
「ライナーさんにギャップはないです。そもそもレティ隊長の隣に立つには、ライナーさんじゃ弱すぎます」
「よ、弱すぎるだと?!」
「プライドだけは一丁前で、火力調整いまいち、感知力も低い、戦い方も一辺倒、ただのごり押し、想像力も弱いから魔物の動きがわかってない、そのくせすぐしゃしゃる、カッカする子供」
「もうやめてっ!」
ライナーは耳を塞いだが、シリルは許してくれなかった。




