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「今世は聖女」 なんて言われても  作者: 野原のこ
第一部 前世は魔女ですが、なにか
15/52

フレディの誤算(フレディ視点)

「叔父上!レティーナがいなくなったって本当ですか?!」


 ローファン子爵家に着いて早々、フレディは声を荒げた。

 養子縁組をした今は書類上の父ともなった叔父からの一報を受け、無理やり時間を捻出してやってきたのだ。

 先ぶれもなく急に訪れたせいで叔父は若干機嫌を悪くしながらも、フレディを客間に通した。


「本当だ。どこをどう探しても見つからなかった」

「で、でもレティーナではそれほど遠くに行けませんよね?!」

「そのはずだ。魔術もろくに使えないし、手を貸す者もいない。だがどこにもいなかったのだ。あやつめ、育ててやった恩も忘れてとんだ疫病神だ!」


 腹立たし気に叔父は言うが、フレディはそれどころではなかった。


「レティーナを売って得るはずだったお金は?!それはどうなりますか?!」

「売るものがないのだから、入ってくるわけがないだろう」


 呆れたように言われてしまう。フレディにだってわかっているが、それでも聞かずにはいられないのだ。

 現実の出来事に吐きそうになりつつ、頭の中で思っていたことを口にする。


「も、もしかしたらすでにディクソン商会に連れ去られていて、金を払うのを渋られたのでは?!」


 すると叔父はうんざりしたような顔をした。


「それは私も考えた。だから先方にそれとなく伝えたらものすごい剣幕で怒鳴りつけられたよ。自分達の不始末をこちらのせいにするつもりかとな。屈強な護衛達に囲まれて、反論どころかひたすら頭を下げるしかなかったぞ」

「ですが!」

「それに疑うのなら商会でも屋敷でもどこでも家探ししろと言われた。それで娘が見つからなければ、違約金を倍にすると言われて引き下がるしかなかったのだ」

「そ、そんな……!それじゃお金は……」


 一銭も入ってこないというのか。

 頭が混乱し真っ青になるフレディだったが、逆に叔父は口角を上げた。


「ともかく前金の返金と違約金を払う必要があってだな、足りない分は借金する必要があったのだ。なに、フレディがいればすぐに返済できる。ジュリアス殿下の側近になったのだから手当てもぐんと上がったんだろう?」

「ま、待ってください!借金って!」

「年利は少々高いが、これでもディクソン商会から借りるよりは安かったのだぞ」


 叔父から書面を見せられ、フレディは愕然とした。

 賭博場の知り合いに融通してもらったというが、その借用書にはびっくりするような借金額と法外な利息が明記してある。しかもそれだけではなく、叔父は別の請求書まで見せてきたのだ。


「な、なんですかこれは。な、なぜ、こんなことに……?」


 自然と声が震えてしまう。フレディの呟きに叔父は視線を泳がせた。


「まさかレティーナが失踪するなんて思いもしなくてな。少々使ってしまったのだ」

「そ、それで前金の返金すらもできずに借金になったと?!それにこっちの、伯母上のサインが入ったこの請求書の束はなんなのです?!」

「それは私も知らなかったのだ。レティーナがいなくなってからあいつの様子がまたおかしくなってな。魔除けの宝石やら短剣やらを買いあさっていたようだ」


 子爵夫人は赤髪のレティーナを生んでから情緒が安定しておらず、定期的に散財に走る時期がある。自分の娘を魔女と同一視しているのか、まるでなにかに取りつかれたかのように胡散臭い高額な魔除けグッズを勧められるままに購入してしまうのだ。


「で、でもだからって!」

「落ち着け、フレディ。そもそもレティーナがきちんと売れさえすればこんなことにはならなかった。すべてあの娘のせいなのだ!」


 叔父は自分の言葉が正しいといわんばかりに強く頷いた後、引きつった笑みを浮かべて「フレディだけが頼りだ」と言い出した。持ち上げてくる叔父の言葉を茫然と聞いていたが、堪え切れずフラフラと立ち上がる。


「おい、フレディ。どうしたのだ」


 叔父の声が背後に聞こえたがそれを無視し、覚束ない足取りでなんとか馬車に戻った。

 どさりと腰かけたフレディの顔は、青を通り越して真っ白になっている。


(なんで、なんでこんなことに……。僕だって、レティーナを売ったお金をあてにしてたのに……!)


 喚き散らしたくなる衝動を必死に抑え込んだ。

 こんなふうにレティーナを物のように扱うなんて、昔のフレディなら考えもしなかっただろう。



 二人が初めて顔を合わせたとき、フレディはレティーナに一目で恋に落ちた。

 太陽の光を浴びて煌めく華やかな赤い髪にパッチリした大きな紫の瞳、ぷっくりとした唇に真っ白な肌。花の妖精が絵本から飛び出してきたんだと本気で思った。


 だから祖父母が亡くなるときも「レティーナのことは任せて」と約束したし、レティーナにも「いつか自分が助けるから」と宣言もした。

 両親にも叔父夫妻にも「レティーナと結婚したい」と伝えている。反対されているが、そのうち折れてくれるだろうと安易に考えていた。


 けれど学園に入学し友人ができると、徐々にレティーナが色褪せて見えてきた。

 友人達は皆身なりに気を遣い、勉学に励み、学園生活を楽しんでいる。対してレティーナはいつも薄汚れた格好で、知識も幼いまま。

 レティーナが小屋に閉じ込められているせいで成長できないことはわかっている。けれど自分の世界はどんどん広がっていくのに、彼女の世界は狭い。

 キラキラと輝いてはずのレティーナは、いつの間にか灰色に塗りつぶされてしまっていた。


 学園を卒業後、文官の道に進み仕事に励んでいると、ある日上司から声がかかった。


「僕が、第二王子殿下の執務室勤務にですか?!」

「そうだ。だが無理にとは言わん。ここだけの話、ジュリアス殿下の側近はハードすぎて辞めた者も多い。次の移動時期まで猶予はあるから、じっくり考えてみてくれ」


 第二王子の側近といえばジュリアス親衛隊と呼ばれるエリート集団。子爵家の縁戚でしかない自分がその一員になれるなんて、こんな大出世はきっとこの先望めない。

 業務がハードだとしても、フレディはそれなりに仕事をこなしてきた自負もある。迷うまでもなかった。


 親戚中からも祝いの言葉をもらい意気揚々としていると、叔父から再び跡取りの話を持ち掛けられたが、今回はそれに同意した。

 養子縁組してしまえばフレディが次期当主となり、レティーナの居場所は無くなってしまう。

 さらには愛人として売りつけるなんて最低な選択だ。


 けれど今さらレティーナを娶る気もなく、かといって自分以外の誰かに嫁ぐなら、きちんとした相手ではない方がいいと思ってしまった。

 自分勝手だとわかっているが、きっとこれが二人の運命なのだろう。


 そうして物事が順調に進み、フレディにはこの先輝かしい未来が待っていると信じていた。


 けれど――



「おい、フレディ。支払いの方はどうなっているんだ」

「も、申し訳ありません。近々まとまったお金が入りますので、まもなくお支払いできると思います」

「殿下のお側にいるための必要経費だぞ。さっさと払えよ」

「は、はい。もう少し、もう少しだけお待ちください」


 必死に頭を下げていると、ジュリアスの側近達は舌打ちしながらもフレディを解放した。

 彼らが執務室から出ていったことを確認したフレディは大きな溜め息を吐きながら、自分の着ている派手な制服と腰にある魔道銃に目をやる。


(こんなものに法外な金額を要求されるなんて、知ってたら側近の話なんて受けなかったのに……)


 第二王子ジュリアスの側近。それは思い描いていたものとはまるで違った。


 期待に胸を膨らませて向かった配属初日、最初に説明されたのは金の請求だった。

 親衛隊として制服の着用義務とジュリアスが推奨する魔道銃の携帯義務があり、目が飛び出るほどの金額を自費で購入しろと言われてショックを受けた。


 しかも側近には上級側近と下級側近なんてものがいて、上級側近は高位貴族の令息達で固められており、常にジュリアスの周囲に侍りおべんちゃらを言っている。


 対してフレディが所属する下級側近はジュリアスと執務室すら違っており、会話どころか目を合わせたことすらない。

 側近なんて名ばかりのただの文官で、馬車馬の如くひたすら働かされている毎日だ。


 再び溜め息が零れそうになるのを堪えていると、フレディと同じ下位貴族の令息達が心配顔で近づいてきた。


「フレディ、金の工面はできそうか?」

「う、うん。まあ、な、なんとかね」


 従姉レティーナを売った金を充てにしている、なんて言えず言葉を濁すと彼らは安堵したように笑った。


「ならよかった。払えなければ最下層堕ちだからな」

「最下層堕ち?どういう意味なの?」


 不穏な単語に戸惑っていると、彼らは周囲に目を配り声を落とした。


「ここだけの話、ジュリアス殿下は金を着服したりカイセル殿下に嫌がらせしたり、まあそれなりに後ろ暗いこともやってるみたいなんだ」

「で、そのためには汚れ仕事をする奴が必要ってわけ。それで僕達下位貴族には厳しいってわかってて、あの金額を吹っ掛けてくるのさ」

「払えない奴を借金で雁字搦めにして、ヤバい仕事を押し付けるためにな。下級側近よりも下だから、親衛隊の中では密かに最下層って呼ばれている」


 突然聞かされた話にフレディは唖然とする。


「そ、そんな!き、君達は支払いはどうしたの?!」

「俺は親戚中に頭を下げてなんとか工面した」

「僕は妹の嫁ぎ先が裕福だったから用立ててもらったよ。そのせいでジュリアス殿下の評判は駄々下がりだけどね」

「とにかく金さえ払えば最下層堕ちは免れるから、無理にでもかき集めた方がいい。ああ、でも充てがあるならよかったな」


 そんな話を聞かされたフレディは一気に不安が押し寄せてきた。なにせ現状は手元に金があるわけではない。不吉な予感に胸がざわめくも必死に大丈夫だと言い聞かせて、レティーナが無事に引き渡されるよう切に願った。

 けれどやはり、フレディの勘は当たってしまった。


「まさか、レティーナが失踪するなんて……!」


 先ほどの叔父との会話が頭の中をぐるぐるしている。

 こんなはずじゃなかった。レティーナを売った金で支払いを終えればなんとかなると思っていたのに、金はもう手に入らない。

 それどころか叔父夫妻のせいで子爵家はすでに借金まみれ。どうにかして金を工面しなくてはならないというのに、その手立てもない。


 フレディには輝かしい未来が待っていると思っていた。

 けれど今は、自分の周りに薄気味悪い空気が張り付いているようで、背筋から嫌な汗が流れる。


(これから先、僕はどうなるのか……)


 城に戻るのが怖かった。



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