今世は聖女ってそんなのアリ?!
アンリの言葉に目が点になった。聖女どころか、前世は魔女ですけど?
唖然としていると、カイセルが硬い口調で返す。
「アンリ、今の言葉は聞かなかったことにする」
するとアンリが動揺したように目線を動かした。
「そ、そうですね、余計なことでした。申し訳ございません、今のはなかったことに」
そう言ってそそくさとこの場を離れ、団員達に指示を出し始める。どうやら魔力が尽きたライナーを救護室に連れて行くようだった。
(聖女?アンリ統括官はなにを言いたかったのかしら?)
首を傾げていると、その様子を見ていたカイセルが目を見開き、恐る恐る口を開いた。
「レティ、まさかお前、自分が聖女だってわかっていないのか?」
「カイまでなに言ってるのよ。私は魔女よ。知ってるでしょ」
するとなぜかカイセルはギョッとした後、頭が痛いとでもいうように自分のこめかみをぐりぐり押し始めた。
「ちょっとここで待ってろ」
そう言い残してアンリとオズマの元に向かい、二言三言話してから戻ってくる。ついでにソフィアに預けていたマントも一緒に持ってきてくれ、レティーナに手渡した。
「レティ、話がしたいから団長室に行くぞ」
「でも今から討伐に行くんでしょう?」
「遅れることを伝えたから大丈夫だ」
よくわからないままカイセルに連れられて、討伐団の詰め所の奥にある団長室に連れて行かれた。
向かい合ってソファに座ったカイセルはレティーナ、ではなくルルに話しかける。
「ルル、レティは自分が聖女だってわかってないのか?」
『そうね。私からは言ってないし』
「言ってないって。なぜそんな大事なことを話してないんだ」
『話したところで無駄じゃない。地味に過ごすなんて言って、結局は神龍様まで呼ぶんだから』
「そうはいっても魔女と聖女では勝手が違いすぎるだろう」
二人の会話を黙って聞いていたが、さすがにレティーナも焦りだした。これではまるで自分が聖女みたいではないか。
「ちょ、ちょっと待って!急になんなの?私は魔女であって、聖女ではないでしょう?」
するとカイセルが困ったような顔を向けてきた。
「レティの前世、レイナは確かに魔女だ。だが今世は違う。今世のお前は聖女だ」
「…………え?なにを言ってるの?」
「神獣を連れている、神獣から授かった刻印がある、死者蘇生を省いたすべての治癒が可能。それらはすべて聖女の条件だ」
いやいやちょっと待ってほしい。それは魔女の条件の一部だ。
そう伝えるとカイセルも頷く。
「そのとおりだ。だが前世で魔女と呼ばれていた存在は、今世では聖女と呼ばれている。だからお前は聖女だ」
「はぁあああ?!なによそれ!意味がわかんない!」
思わず叫んでしまう。
「前世は魔女なのに今世は聖女って、そんな話ありえないでしょ!そもそも聖女って幻の存在じゃない!慈愛に満ちていて博愛主義者で、その微笑みは人々の心までも癒したっていうあれでしょ?!」
「確かに幻の存在だったが、ここ数年で姿を現した。現に隣国の王女がそうだ」
「ええっ?!そ、そうなの?!王女様が?!だ、だとしても魔女と聖女なんて大違いじゃない!」
八年間も小屋に閉じ込められていたレティーナはここ数年の世界情勢なんてさっぱりだ。だから聖女がいると言われてびっくりするものの、魔女と聖女ではいろいろな意味で違いすぎる。
納得できないレティーナに、ルルが大きく溜め息をついた。
『魔女狩りのせいよ』
「魔女狩り?レイナ時代に起こったっていう?」
『そうよ』
その昔、創成神は魔物の活性化を抑えるために神獣を地上に送り込んだ。神獣達はそれぞれ穢れのない美しい魂に刻印を授け、力を与えられた者達は聖女と呼ばれるようになった。
だが聖女を巡って国同士が争うようになってしまう。心優しい聖女達はその状況に耐えきれなくなり、姿を消す道を選んだ。
数百年後、再び魔物が活性化し、神獣達が次に選んだのは強い精神力と自由な気質を兼ね備えた魂だった。
魔女と呼ばれた彼女達は、隠れ住んだり国と契約したりとその在り方は様々で、何百年もうまく回っていた。
これなら問題ないだろうと創成神が肩の荷を降ろそうとした矢先、今度は“魔女狩り”が起こってしまい魔女も姿を消すはめになる。
そうなると魔物の活性が抑えられなくなり、創成神はどうしようかと悩んだ末――
『今度は聖女時代に突入したってわけよ』
「元に戻っただけじゃない!」
『違うわ。今度はふてぶてしい魂が聖女だもの。だからレティも聖女なのよ』
「私の魂ってふてぶてしいの?!」
『当り前じゃない。とにかく魔女も聖女も元は同じ、時代によって呼び方が違うだけよ』
レティーナは頭を抱えた。魔女と聖女、どちらも魔物を抑えるための存在で、実は呼び方が違っていただけなんて。自分は魔女だと思っていたのに、今世ではまさかの聖女。怖すぎる。
「なぜそんな重要なこと教えてくれなかったのよ!」
『聞かれたら言うつもりだったわよ。刻印が前と違うことには気づいてたじゃない』
そういえば、と思い出す。
記憶を取り戻した直後、刻印の文様が違っていることに疑問を持った。すぐに忘れてしまったけど。
「文様が違うことに意味があるの?」
『あるわよ。聖女のときは治癒の力が強く引き出せるようになってるわ』
聖女というと癒しのイメージ、なるほどというほかない。改めて胸の刻印を確認したいけれど、カイセルの前でボタンを外すのはさすがにまずいだろう。
どうやら今世は本気で聖女のようだ。でも噂に聞く聖女と自分では中身が違いすぎて混乱する。
「確認するが、レティは聖女になりたくないんだな?」
カイセルの問いに瞬時に頷く。
聖女になったところで聖女らしくないと反感を買うことが目に見えているし、下手をすれば前世同様、髪色も相まって極悪聖女なんて言われかねない。
「どう考えても私では無理ね」
「なら今まで以上に力の使い方に気を付けろ。ルルが神獣だとバレないようにする、刻印を隠す」
「待って!着替えを手伝ってくれたマーサにはすでに見られているわ!」
「マーサなら大丈夫だ。“レティーナ様は聖女様なんですねぇ”とのほほんとしていた。もちろん口留めしている」
驚きもしないのか。さすがだ、マーサ。
「それから治癒術は使わない」
「使っちゃダメなの?」
「当たり前だ。治癒なんて普通できないからポーションが発達したんだぞ。しかもお前が使うのはルルの力を借りた聖魔術。金色の光がキラキラ舞うなんて、私は聖女ですって言っているようなものだ」
『ちなみにキラキラ度は前世よりも五割増しよ』
危なかった。聞いていなければ普通に使うところだった。しかも“聖”魔術ってなんだ。前世ではそんな言い回しはしていなかったのに。
そこで救護室に運ばれたライナーを思い出してハッとする。
「ま、まさか神龍様を呼ぶのって……」
「あれは完全にアウトだ。神の御使いである神獣の第一柱、すべてを無に帰すといわれる最高峰の龍を召喚するなんて、たとえ影であってもできるのは聖女ぐらいだ」
「じゃ、じゃあさっきのでバレちゃったってこと?!」
「アンリに、先ほどのあれは幻影魔術だと皆に伝えるように言っておいた。神龍召喚なんて非現実的だからそれなりに納得するだろう」
あの神気を誤魔化せるとは思えないけど。
カイセルは口には出さなかった。
「俺もきちんと確認すればよかったな。地味に過ごしたいって言ってたから、わかってるものだと思いこんでた。悪かったな」
カイセルにそう言われて、レティーナはしおしおと顔を上げた。
「ううん、私も言葉足らずだったし。カイは悪くないわ」
『そのとおりよ。地味に過ごしたいなんて言ってできないレティが悪いわ』
「私に教えなかったルルも悪いでしょ!」
ソファに寝そべっているルルを睨むが、ルルはどこ吹く風だ。くそう。
それを見ていたカイセルがクスッと笑う。
「安心しろ、レティ。隣国の聖女は……は……あ……」
カイセルは口をパクパクさせるだけで声がでない。本人もびっくりしたようで、手を口元に置いた。
「制約魔術がかかってるみたいね。隣国は情報規制がきちんとしているのね」
「……そのようだな。でもなぜなんだ?」
カイセルが納得できないような顔でぶつぶつ呟いているが、隣国とのことは見当もつかない。
ともかく聖女とバレなければいいのだから問題はなさそうだ。刻印は服で隠れているし、治癒魔術は使わずポーション頼りにすればいい。ルルはちやほやされるのが嫌いだから自ら神獣だなんてバラさないはず。
そう考えると少し落ち着いてきた。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ。聖女なんて言われてびっくりしたけど、気づかれないようにすればいいんだし」
「レティの場合、そこが一番問題なんだが」
「安心して!もっと気合を入れてひっそりするから!私は絶対聖女になんてならないわ!」
きっぱりはっきり宣言すると、カイセルは楽しそうに笑った。あまり信用されていなさそうだけど、これからの行動をみてもらおう。
ダラダラと寝ころんでいるルルにも一応釘を刺しておく。
「ねえルル、ルルもちゃんと協力してね」
ルルは面倒そうに顔を上げてレティーナを半眼で見た。
『周囲にバレるか自分で選ぶのか、どっちが先かしらね』
「え?なにか言った?」
『なんでもないわ』
どうせ聞こえたって意味ないし。
ルルは心の中で呟いた。




