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「今世は聖女」 なんて言われても  作者: 野原のこ
第一部 前世は魔女ですが、なにか
13/52

伸びた鼻は折ってしまおう

「……え?」

「マジ?」

「……早すぎて見えなかったんだけど」


 団員達がざわつく中、壁に激突したライナーがよれよれと起き上がった。


「ぐぅっ!お、お前!魔術師じゃないのかよ?!」

「魔術師よ。でも蹴っちゃダメなんてルールないでしょ。挨拶がわりに一発入れただけじゃない」

「挨拶だと?!ふざけるな!」

「ふざけてるのはどっち?自分の持つ魔力を手の平に集中させることで魔術が使える。なのに腕を組んだままなんてありえないわ。カイセル殿下に言われたんじゃないの?本気だせって」

「くそっ!もう容赦しないからなっ!」

「そういう台詞は鼻血を拭いてからにした方がいいわ」


 ライナーは慌てて鼻の下を袖で拭った。顔が茹蛸のように真っ赤だ。恥ずかしいのだろう。

 外野からのヤジも飛んでこなくなった。先ほどの一発が効いたようで、真剣な表情でレティーナのことを見ている。

 これなら多少無茶しても対応できるだろうが、万が一演習場が壊れたら困る。だから。


「シリル」

「はい!」

「防御壁を場内に張り巡らせて。できる?」

「っ!やります!《氷防壁アイスウォール》」


 シリルが氷の防御壁を張っていく。広大な演習場を覆うのはさすがに苦戦しているようだったが、なんとか無事に出来上がった。


「上出来よ、シリル。構築がとても綺麗だわ。これを瞬時にできるようにしなさい」

「はい!頑張ります!」


 シリルの魔術展開に唖然としていたライナーだったが、鋭い目をしてレティーナをぎろりと睨む。


「なに隊長気どりで指図してるんだ!」

「あなたと対戦するためには必要なことよ。隊長にはこういう判断が必要なの。覚えておきなさい」

「うるさい!お前なんか一撃で沈めてやる!《轟炎槍フレイムランス》」


 ごうごうと燃え盛る炎の槍が出現し、まっすぐにレティーナに向かってきた。一撃で、との言葉どおり、これなら初級魔物を一発で刈り取れる威力がある。


(でもこの程度で満足してもらっちゃ困るのよね)


 威力があっても術の発動までが少々遅い。動き回る魔物相手では当たる確率が落ちてしまう。

 レティーナはまったく同じ轟炎槍フレイムランスを出現させ、槍同士をぶつけて相殺した。


「な!相殺、だと?!」


 ライナーが愕然とした。

 相殺できるのは相手の術を瞬時に見極めて、まったく同じ質量をぶつけた場合のみ。見切る力、発動時間、技の熟練度などどれもが重要な高等技術だ。

 シリルが目を輝かせて叫んだ。


「すごいです、レティさん!相殺なんてめちゃくちゃ難しいのに!かっこいいです!」


 槍を消されたライナーは目を見開いていたが、ギッとレティーナを睨みつけてきた。


「たまたま相殺できたからっていい気になるなよ!《灼熱砲バーニングキャノン》」


 巨大な炎の塊が空中に浮かびあがり、レティーナに襲い掛かかってきた。けれどまだまだだ。

 レティーナは向かってきたそれを片手で弾き飛ばす。ライナーは目を見張った。


「くそっ!フレイム」

「遅い!《暴撃風ウィンドストーム》」


 ライナーの魔術が発動する前に爆風で彼を吹っ飛ばした。

 ふらふらになりながらもなんとか起き上がったライナー目がけて、次は大瀑布ウォータースクリューお見舞いする。大量の水が滝のようにザザーッと流れた後、残ったのは水浸しになって再び地面に倒れ伏しているライナー。

 ちょっと可哀そうな気もするが、それはそれ。伸びた鼻を折る作業だ。

 ライナーがゴホゴホと咳き込みながら、よれよれと起き上がった。


「もう降参?」

「ふ、ふざけやがって!もうどうなっても知らないからな!“灼熱の炎よ、我が敵を紅に染めよ!すべてを焼き払い食らい尽くせ!《爆炎竜エクスプロードドラゴン》”」


 詠唱とともに上空には巨大な炎の竜が出現した。激しく燃え盛る竜はレティーナに向かって咆哮を上げる。空気がビリビリと振動した。

 なるほどこれが奥の手か。

 これだけの威力、魔力が枯渇寸前までいっているだろう。実用的ではないが、諸刃の剣としては悪くない。


「やりすきだ、ライナー!」

「殺す気か!」


 団員達が慌てふためく中、レティーナは冷静にシリルに声を掛ける。


「シリル、気合を入れて防御壁を守りなさい。さらに二重追加して」

「は、はい!」

「ソフィアはシリルの援護をしてちょうだい」

「え?あ、はい!《強化エンハンス》」


 レティーナは指を絡めて印を作り、魔力と空気中の魔素とを融合させる。これこそまさに魔女の力。

 通常、魔力というのは体内に循環している魔力量が個人の力量となるのだが、神獣から刻印を授かった魔女は空気中の魔素を体内に取り込むことができる。つまり魔力に底がなく、際限なく魔術が使えるのだ。

 はっきり言ってズルだけれど、これだって修業を積まなければ得られないので許してほしい。

 レティーナは古代召喚魔方陣を形成するために詠唱した。


「我が身に宿りし光の欠片。森羅万象、幾億の命、無限の宇宙、黄金の大地、すべてを統べる鍵にして、我は扉を開く者なり。来たれ、《陰神龍》」


 レティーナの上空にキラキラと光る大きな召喚陣が浮かび上がり、そこからぬうっと黄金に輝く龍が顔を出した。とてつもない大きさで炎竜の二倍以上あるそれは、あまりに覇気が強すぎてシリルの防御壁がばりばりと砕け散り、神々しくも恐怖が先に立ち戦慄が走る。


「ヒィィィィッ!!」


 対峙しているライナーから悲鳴が聞こえるが、誰も動けない。そんな中神龍がのそりとレティーナを見た。


 ――久しいな、赤の

 ――お久しぶりです、神龍様

 ――いくら影とはいえ、このような場に我を召喚するとは。其方ら師弟はあいかわらずだの


 神龍は楽しそうに喉をくつくつと鳴らした後、ゆっくりと動き口を大きくあーーんと広げ、ライナーの炎竜をパクンと丸飲みしてそのまま魔方陣の中に戻っていった。


 場内がしーんと静まり返り、ライナーがその場にへなへなと座り込んだ。顔が真っ白になっている。神龍に食べられると思ったのかもしれない。食べないけど。

 他の団員達も顔色が悪く腰が引けていて、アンリとオズマは目が飛びだしそうなほどカッと見開いている。その横ではカイセルがまたも頭を抱えていた。


 それを見てレティーナは、ようやく自分がやり過ぎたのかもしれないと思い始めた。影とはいえ、さすがに神龍はまずかったかも。

 そのときルルがレティーナの肩に戻ってきた。


 ――ねえ、ルル。私ってまたやり過ぎたのかしら

 ――当たり前でしょ。全員ドン引きしてるじゃない。レティってバカなの?


 返す言葉もない。

 言い訳させてもらうと、目には目以上を、竜には龍をと思ったのだ。圧倒的な力を見せつけないと意味がないし、ここには部外者がいるわけでもないから、多少力を見せたところで問題ないよね、と。

 目を泳がせているとアンリがカクカクしながら近づいてきた。


「み、皆さん、レティーナさんは、す、凄腕の魔術師なのです」

「「「「…………………」」」」


 誰もなにも言わない中、シリルがぼそりと呟いた。


「凄腕ってレベル、超えてますけど」

「と、とにかく!この勝負はレティーナさんの勝ち、チーム隊長はレティーナさんに決まりです!ライナー、いいですね?!」


 ライナーは茫然としながらも緩く頷いた。少し顔色が戻ってきたようで安心だ。

 落ち着かない団員達がざわざわしている中、カイセルもレティーナの隣に立つ。


「なあレティ。地味に過ごすんじゃなかったのか?」

「もちろんそのつもりよ。ただ今回は少しやりすぎちゃったかもね」

「今回は?少し?」


 カイセルは呆れたように苦笑いした後、団員達に向かって叫んだ。


「皆、これでわかったと思うが、レティーナの実力は本物だ。彼女の加入は討伐団にとって大きな力となるだろう!皆も負けじと精進し、今後も気合を入れて魔物討伐に励むぞ!」

「「「「お、おおおお!」」」」


 カイセル締めてくれたおかげでなんとか場が盛り上がった。

 ただしレティーナを挟んだ両脇では、ぼそぼそと会話が繰り広げられている。


「あ、あの、殿下。レティーナさんは本当に力を隠すつもりがあるのでしょうか……?」

「言いたいことはわかるぞ。だがレティだから仕方がないんだ」

「仕方がない」

「力が有り余ってるからすぐに加減を忘れるというか、一生懸命になっちゃうんだなぁ……たぶん。アンリ、これからもフォローを頼むぞ」

「は、はあ……」


 かたや苦笑、かたや困惑顔をしてくる二人に、レティーナはとりあえずへらりと笑ってみせた。

 そんな顔を見ながらアンリがぼそりと呟く。


「レティーナさんの正体って、聖女様なんですね」


 は?聖女?




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