久しぶりの付与魔術、テンションあがるよね
実はレティーナ、カイセルの制服を見て防御効果が少し弱いのではと思っていたのだ。
詳しく聞いてみるとやはりそうで。
「討伐団の制服は最近新しく変わったのですが、こちらも第二王子派の嫌がらせを含んでいるのです」
ジュリアスの側にいる大勢の側近や近衛達は、自分達を“ジュリアス親衛隊”と名乗り、英雄を象徴する青色を基調とした派手な制服で統一、そしてカイセル率いる討伐団には飾気のない黒を着せることで落差を印象づけたかったようだ。
しかも本来、討伐団の制服には付与魔術が施されているはずなのに、それもいい加減にされているとか。
(装飾なんて討伐の邪魔だから別にいらないけど、防御が適当とかありえないわね)
新しい制服にはちゃちな防御力しか付与されておらず、それでも自分達でなんとか効果を上げたそうだが、忙しすぎてマントにまで手を加えられていないらしい。
「制服は団員達の元にありますので、マントだけでも付与してもらえるととても助かります」
アンリが喜びを隠すことなく嬉しそうに言うので、それならすぐにでもやろうという話になり、アンリ先導で魔物討伐団の倉庫部屋に向かうことになった。
「私は別の仕事がありますので、ここで失礼します」
それでは、とトウリは去っていくが、明らかに肩を落としていた。
なぜならルルに向かってすこーしだけ手を伸ばしかけたトウリに、“お前にはまだ早い”といわんばかりにルルがカイセルの肩に飛び乗ったから。
可哀想だが、こればかりは仕方ない。
「じゃあ行きましょうか 」
「そうですね!」
久しぶりの付与にテンションが上がるレティーナ。
それを見ながらカイセルは不安になった。
レティーナがやる気になっているのは喜ばしいのだが。
「レティ、大丈夫か?」
「任せて。ばっちり防御効果を上げてみせるわ」
「ほどほどでいいぞ。目立たず地味にいくんだろ?あんまり張り切りすぎるなよ」
「ふふふ、大丈夫よ。そのあたりうまくやるから」
レティーナは軽い足取りでアンリについていく。
カイセルは自分の肩にいるルルに聞いてみた。
「大丈夫だと思うか?」
『そんなわけないでしょ。鼻歌まで歌ってるんだから』
「だよなぁ」
楽しそうにフンフン口ずさんでいるレティーナを見てカイセルは思った。
あいかわらず音が外れているけどかわいいな、と。
倉庫に辿り着き部屋に入ると、正面のテーブルにマントが山積みにおいてあった。
そのうちの一枚をアンリが広げてみせてくれる。制服と同色の黒いマントは丈が長くシンプルで、纏えばさらにダークヒーロー感がアップしそうだ。
クールでかっこいいわね、なんて思いながら手に取ったレティーナは思わず叫んでしまった。
「なによこれ!これならなにもついてない方がましじゃない!」
思わず叫んでしまった。
付与されているのは防御力強化だが、あまりに効果が弱すぎる。
アンリはうんざりした顔で同意した。
「そのとおりです。他人がかけた付与を解除するには繊細な魔力操作が必要なので、時間も手間も余計にかかっているのです」
魔物討伐で神経をすり減らしているので余裕がなく、遅々として進まない。
それでもなんとか制服だけは付け替えたが、マントまで手が回らずほったらかしになっているそう。
レティーナはワナワナ震えた。
この防御力強化、低級魔物ならともかく討伐団が相手するのはほぼ上級クラス。この程度じゃカイセルもその部下達も危険にさらされてしまう。
前世、レイナはカイザーが病に侵されていたことを知らなかった。なぜ、いつ、どんな病で。聞きたいことは山ほどあるが、黙って去った自分が安易に口にしていい話題でもない。
だから余計に思ってしまった。
今世もまた、自分が知らないところでカイセルになにかあったら……?
そう思ったら居ても立っても居られなくなった。自分で言うのもなんだが、レティーナの実力はそこらの魔術師よりも格段に上。問題はない。
「アンリ様、私に任せてください!きっちり効果をあげてみせますから!」
「本当ですか?それはとても助かります。ぜひお願いします」
「じゃあもう一気にまとめて解除しちゃいますね」
「え?まとめて……?そんな簡単にできるものでは」
アンリがなにか言っていたがレティーナは手の平に魔力を集めて集中する。
《解除》
レティーナの両手から魔力が注がれていく。
山盛りのマントから徐々に魔術が剥がれ落ちていくが、ここで焦ってはダメ。一定量の魔力を流し込み、細部にまで意識を集中させる。
結果、少し時間がかかってしまったが完璧に消し去ることができた。
「ま、まさか本当にまとめてやってしまうなんて!しかもこんな短時間とは……!す、すごいです!すごすぎて」
「ここからが本番よ!」
カイセルが、討伐団の皆が無事に帰って来られるように、両手にさらに魔力を込める。
《多重付与》
《防御力強化》
《魔力上昇》
《身体能力強化》
《生命力増強》
《体力回復》
《運気上昇》
そして最後に。
《状態永久固定》
すべてを重ね掛けして、ようやく手を下ろした。
ふうっと額の汗を拭い笑顔を向けると、驚愕しているアンリの横で、カイセルが頭を抱えていた。
「ん?あら?どうしたの、カイ?」
「どうしたのってお前……いや、レティだしな。うん、まあ、仕方ないな」
ハハハ、と顔を引きつらせているカイセル。
疑問に思って首を傾げていると、突然アンリが叫んだ。
「ま、待ってください!どういうことですか?!通常、多重付与は魔術師の技量にもよりますが最大でも4つですよね?!それが倍?!なぜこんなことが?!」
(あ、そうだったわ)
アンリの言うとおり、大体付与できるのは4つぐらい。それ以上できなくはないが、効果が格段に落ちてしまうので普通はやらない。
でもレティーナが付与したマントには効果がガンガン効いているので、アンリは驚愕しているのだ。
もしやこれ、表に出せない?そう思うとちょっと焦ってくる。
ちょうどルルが肩に飛び乗ってきたので聞いてみた。
――ねえ、ルル。私ってやりすぎたのかしら?
――見ればわかるでしょ。あのアンリって子、びっくりしすぎて鼻水でてるじゃない
――言わないであげて
言い訳すると、前世では当たり前のようにやっていたので大袈裟なものではなかったのだ。
むしろ魔女ならこれぐらいできなくてどうする、というレベル。
どうしようかと視線を彷徨わせていると、カイセルが付与したマントと小粒の魔石を差し出してきた。
「レティ、この魔石をマントに定着してみてくれ。そうすればマントと魔石にそれぞれ付与したように見せかけられるから問題ないはず。……たぶん」
「わかったわ、やってみる!」
そうしてマントの首元に定着してみるとかなり自然な感じに馴染み、これならどちらになにを付与したのかもわからないぐらいだ。
「できたわ、カイ!」
「おお、いいじゃないかレティ!」
「これなら効果が落ちていなくても自然よね!」
「小粒の魔石なら費用もかからないし問題ないな!」
よかったよかったと二人で笑っていると、唖然としていたアンリが再び叫んだ。
「いやいや、ちょっと待ってください!付与もですけど、小さな魔石って魔力操作がものすごく難しいんですよ?!こんな小粒じゃすぐ割れてしまうのに、それを一瞬で定着するってどんだけなんですか!すごすぎて逆に怖いんですけど!」
ドン引きしだしたアンリ。するとカイセルがアンリの肩にそっと手を置いた。
「アンリ、落ち着け。レティは凄腕の魔術師なんだ」
「凄腕」
「そうだ。だから細かいことは気にするな。このマントがあれは団員達も危険にさらされなくなる。それでいいじゃないか。な?」
優しく説き伏せるカイセルにアンリは目をパチパチさせていたが、やがて苦笑いに変わった。
「わかりました、カイセル殿下。ですがこれだけは言わせてもらいます」
そうしてアンリはレティーナに向き直った。
「レティーナ様!どうか私の代わりに統括官になってもらえませんか?!」
「えええ?!」
深々と頭を下げるアンリにレティーナが驚いていると、カイセルが顔を伏せてそっと呟いた。
「そういうの、前世でよく聞いた」




