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「今世は聖女」 なんて言われても  作者: 野原のこ
第一部 前世は魔女ですが、なにか
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カイセルの苦境を救いたい

 レティーナが王宮にきて、気付けば一週間ほどが経っていた。過去最大の怠惰な日々だ。

 カイセルとルルと朝食を摂った後は読書をするか昼寝をするか、もしくはマーサに髪や肌の手入れをされるか。


「あの、マーサ。そこまでやらなくてもいいんじゃないかしら」

「あらあら、レティーナ様は遠慮深い方ですねぇ。ですがマーサは基本的なことしかしておりませんよ?」


 妙な圧をかけてくるので黙って従うことにした。居候はおとなしくするべき。

 他にもマーサは “もっと太らせなくては”とせっせと食事の用意してくれるので、それを遠慮なくいただいた。

 おかげで日に日に髪も肌も艶々になっていき、ガリガリだった姿も華奢な女性ほどになった。たった一週間で?と思うだろうが、そこは魔女。回復力が違うのだ。


 前世の魔力も体にすっかり馴染み、健康体になったレティーナはそろそろここから出ていかなくては思っていた矢先だった。



 ◇


「どうか、魔物討伐団への入団をお願いします!」


 ビシッと頭を下げる団服を着た男性に、レティーナは困惑中だ。

 いつものようにカイセルと朝食を済ませた後、廊下にでたところで二人の男性に出くわしたのだが、そのうちの一人がレティーナに気づき目をくわっと開いた。


「ああ!あなたは!」


 そう叫ばれてから、頭を下げられている。


「アンリ、落ち着け。レティがびっくりしている。まずは名乗るのが先だろう」

「はっ!私としたことが、大変失礼しました。アンリ・エドラと申します」

「ええと、レティーナと申します」

「それでですが、ぜひ我が討伐団に」

「まてまてアンリ、一旦部屋に戻るぞ」


 二人の男性を連れてもう一度部屋に戻り、お茶を準備してもらって席に着いた。


「ご挨拶が遅れました。私はトウリ・エドラと申します。カイセル殿下の補佐官をしております」


 先に挨拶をしたのはもう一人の男性だった。

 鋭利な空気を纏っており、細身のメガネとスーツがよく似合っている。


「エドラというと……」

「私はアンリの弟です」

「お二人はご兄弟なのですね」


 そう返事をしたが、トウリとは一切目が合わない。彼の視線はレティーナの肩、つまりは子猫姿のルルに釘付けだ。


「トウリ、ルルは使い魔だから猫のエサは食べないぞ」


 トウリはハッとしたようにポケットから手を出した。もしかしたらあそこに猫のエサが?

 カイセルを見るとしっかり頷いた。


「トウリは無類の猫好きなんだ。暇さえあれば野良猫にエサをやっている」

「そ、そうなの」


 トウリの手がうずうずしている。ルルを触りたくて仕方がないようだ。


 ――ルル、触らせてあげたら?

 ――初対面で触らせるほど私は安くないわ

 ――まあ、神獣だしね


 仕方がないかと思っていると、最初に声を掛けてきたアンリが口を開いた。


「先ほどは失礼しました。改めまして、アンリ・エドラです。同じくカイセル殿下の補佐官でして、魔物討伐団の統括官も兼任しております」


 アンリはトウリに比べ穏やかそうな雰囲気を纏っているが、剣の腕前は一流だというのがひしひしと伝わってくる。

 二人とも20代半ばだろうか。精悍なカイセルとはまた違うが、エドラ兄弟も文句なしのイケメンだ。


「それで先ほどのお話ですが、討伐団への入団を前向きに考えていただけないでしょうか。あの巨大毒蜘蛛ジャイアントタランチュラ討伐のときの実力は素晴らしいものでしたので、ずっと勧誘したいと考えていたのです」


 レティーナがチラリとカイセルを見ると、彼は苦笑した。


「俺は強制するつもりはない。レティの好きにすればいい」

「殿下!」

「アンリ、悪いが俺はレティの希望を尊重する。レティは強い力を持っているからこそ、目立ちたくないと考えているんだ」

「そうなのですか?私はてっきり……」

「てっきり?なんだ?」

「あ、いえ。目立ちたくない方というのは自分の力を隠す傾向がありますが、そんなふうにはとても……」


 戸惑っているアンリにカイセルがぶっと噴出した。


「ちょっとカイ!なに笑ってるのよ!」

「悪い、けどな、アンリの言うことは一理ある。ハハハッ」

「もう!」

「すまんすまん、レティのおかげで助かったのに笑っちゃ駄目だな。フフッ」


 カイセルは口元を隠しているが隠しきれていない。レティーナがジト目を向けていると、アンリがおずおずと口を開いた。


「あの、お二人は、その、とても仲がよろしいんですね?」


 言われて気づく。ついいつものくせで話しているが、第一王子のカイセルに馴れ馴れしくしすぎたかもしれない。

 焦っていると、カイセルがアンリに言葉に頷いた。


「昔、俺が城を抜け出したときに知り合って、それからはよく一緒に過ごしていたからな。ここじゃあまり知られてないが、幼馴染ってやつだ。なぁ?レティ」

「……そうね。カイは抜け出してくるといつも服を破いていたわ」

「それをレティが直してくれたんだ。ガタガタだけど」

「それは言わない約束でしょ」


 遠い昔の真実を話しているせいか、アンリもトウリも納得したようだった。

 それからアンリはぐっと表情を引き締めてレティーナを見つめてきた。


「どうか我が団の現状を、聞いてくれませんか?」


 アンリが言うには、もともと魔物討伐団は派遣の要請があって現場に向かう指揮系統になっていたそうだ。

 だが冒険者が減り魔物が溢れてしまったことで、今では常に森に入りひたすら討伐し、なんとか均衡を保とうとしてきた。

 けれど圧倒的に人数が足りておらず、最近では瘴気が広がったせいで手強い魔物としょっちゅう戦闘に陥る。ハードすぎる職場に退団する者もいて、危険度は増す一方。

 レティーナが参戦したあの日も別の場所で魔物被害があり、副団長を含む団の半数をそちらに送り込んでいたので余計に窮地に陥ってしまったのだそう。


「我々も力を尽くしていますが、かなり厳しい状況なのです」


 瞳を伏せるアンリを見て、思い出す。記憶を取り戻すきっかけとなった魔狼ウルフとの遭遇。

 すっかり忘れていたが、あんな森の入り口で魔物に出くわすなんて本来ならありえないことだ。


「ですがそれほど大変なら、なぜギルドに魔道銃を持たせる規定を作ったのですか?そのせいで冒険者が他国に流れたって聞きましたけど」

「それは……」

「それはジュリアスの政策のせいだ」


 カイセルの口から出てきたその名前に、レティーナの肩がぴくんと揺れる。

 青髪青目を持つ“英雄の再来”、第二王子ジュリアス・ベルダン。


 彼のせいでは決してないが、従弟のフレディはジュリアスの元で働くためにレティーナを切り捨てた。


「便利な護身用として、ジュリアスは魔道銃を広めたんだ。対人用としてなら十分な殺傷能力もあるし、女性でも扱える。盗賊に襲われた馬車が魔道銃のおかげで撃退できたという話もあって貴族の間では評判がいい。そこまではよかったんだが、ジュリアスはさらに冒険者の規定にまでしたんだ」

「魔物相手じゃ威力が弱すぎるのに?」

「ジュリアスもあいつの側近達も討伐なんてやったことがないから、威力が弱いってわかってないんだ」

「え?わかってないの?」

「ああ。あれで魔物も倒せると思っている」


 信じられなかった。無知って怖い。


「もちろんあれでは無理だと理解している者達もいるが、肝心のジュリアスがな。しかも面倒なことに、俺はジュリアスに敵視されている」

「敵視?」

「あいつは王位を狙ってるから俺が邪魔なんだ」


 そういうことかとレティーナは息を吐いた。どの時代でもどの国でもありがちな話。実の兄弟であっても起こる、王位継承争い。


 特にジュリアスは幼いころから英雄の再来と持て囃され、第二王子でありながら王になる気満々。対してカイセルは弟の付属品扱いされて、兄弟が逆であればなんて陰口も叩かれるほどだった。


 しかし1年ほど前、カイセルが緊張状態だった隣国との間に和平条約を締結させ一気に知名度を上げたことで風向きが変わった。

 それが気に食わないジュリアスは躍起になり、華開いたのが貴族達への魔道銃の普及だった。

 そこで止まればよかったものの、賞賛が集まったことで調子に乗ったジュリアスはさらに支持を集めようと勝手にギルドの規定にしてしまった。


 撤廃するよう求めているが、ジュリアスサイドの “英雄の再来”という謳い文句はどこまでも強固らしく、耳を貸さないそうだ。


(英雄の再来だからなんなの?当時の王太子は私に汚名を着せた、ただのクズですけど)


 鼻白んでいるとアンリが付け足した。


「討伐団でも魔道銃を携帯するようせっつかれていますが、カイセル殿下が拒否し続けています。それもあって第二王子派は、討伐団のせいで魔物が溢れていると吹聴しています。カイセル殿下がジュリアス殿下の功績を妬んで、魔道銃を持たないせいだと。それを鵜呑みにしている貴族も少なくありません」


 レティーナは腹が立ってきた。なんて馬鹿げた話なのかと。

 魔物討伐はそんな簡単なものじゃない。現場を知らないくせに余計なことをした揚げ句、カイセルを貶めるなんて許せない。


「私からもお願いします」


 それまでひたすらにルルをガン見していたトウリが口を開いた。


「カイセル殿下は魔物討伐団の他にも第一王子としての執務がございます。ですから日々睡眠時間を削られているというのに、第二王子派から厄介な案件ばかり回されているのです」

「そんな……」


 カイセルを見ると彼は肩を竦めた。


「王族なんてこんなものだ。レティが気にすることじゃない」


 いつも笑顔でいるカイセルがそんな状況だなんて思っていなかった。表に出していなかっただけで、想像以上の面倒事に巻き込まれていたのだ。

 力になりたい、そう思うけれど。


「話はわかりました。でも私じゃ逆にカイの足を引っ張りかねないです」

「それは、なぜですか?」

「見てのとおり、私の髪は紅蓮の魔女を連想させてしまいます。嫌悪する団員もいるでしょうし」

「嫌悪なんてことはありません。こちら側に英雄の再来を尊ぶ者はおりませんし、討伐団は完全なる実力主義です。見た目うんぬんは関係ありません」

「ですが第二王子サイドに付け込まれる可能性だってあります。もしなにかあったらカイに迷惑が」

「そんなこと気にするな」


 レティーナの言葉にカイセルが否定する。


「もし仮にジュリアス側がなにか言い出したとしても、俺はこの先もレティとの関係を変えるつもりはないぞ」

「カイ、でも」

「無理に魔物討伐団に入る必要はない。だが俺はレティがなにをしようとバックアップすると決めているし、英雄の再来や紅蓮の魔女なんてものに振り回されるつもりはない」

「それは……」

「だからレティのやりたいようにやればいい。なにがあっても俺はお前から離れるつもりはないし、そばで見守るとずっと決めている。昔も、今もだ」

「カイ……」


 カイセルの言葉は、じんわりと心に響いた。

 前世の記憶が頭を過り、二人で過ごした懐かしい時間が蘇る。そこには確かな絆があった。


 それはきっと、今でも変わっていないのだ。


「おい、なに笑ってるんだ。俺は真剣にだな」

「ふふ、ごめんなさい。そうね、カイ。私もそんなものに振り回されたくないわ」

「だろ?レティーナならそう言うと思った」

「ふふふ」


 決めた。カイセルと一緒に討伐団で戦おう。

 そして今世こそ彼のために、陰でしっかりと支えるのだ。


「カイ、私を討伐団に入れてくれる?魔物なんてけちょんけちょんにしてやるわ」


 宣言するとカイセルは目を見開いた。


「いいのか?」

「任せてよ」


 そう言うとカイセルはフッと笑った。


「相変わらず頼もしいな。レティ、ありがとう」


 素直に感謝されると少し照れくさい。

 アンリもホッとしたように息を漏らした。


「ありがとうございます、レティーナさん。どうぞよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。ですが力を隠したいっていうのは本当でして」

「討伐団には選りすぐりの魔術師もいます。木を隠すには森の中、討伐団に入れば必然的に目立つことはないでしょう」

「それもそうですね。ではさっそくですけど」


 レティーナはにっこりと笑った。


「討伐団の制服、私に付与エンチャントさせてもらえないかしら」


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