非情な通告
ひさしぶりの投稿です。よろしくお願いします!
雲ひとつない空、燦燦と降り注ぐ陽の光が眩しい。
こんな日は洗濯日和だ。乾きも早いし、太陽の匂いを含んだシーツはいい香りがする。
レティーナはジャブジャブと濯いだ最後の洗濯物をギュッと硬く絞り、斜めに傾いた竿が倒れないように気をつけながら丁寧に干した。
「ふう、終わったわ。次は掃除ね」
額の汗をぬぐいながらくるりと振り返り、今にも倒壊しそうな小さな小屋に目を向けた。
レティーナはローファン子爵家の一人娘でありながら、両親から疎まれてこの小屋で生活している。ここは昔、住み込みで働く庭師用だったらしく敷地内の隅にひっそりと建てられており、ちょうどよいとばかりに両親によって放り込まれた。
ここに来た当初は見よう見まねでやる家事に失敗続きだったけれど、今ではなんとかさまになってきた。
その分空き時間が増えたことで暇を持て余しているのも事実。晴れた空を仰ぎ見ながら、レティーナはよく知った顔を思い浮かべた。
(もうずっと顔を見てないけど……。フレディ、元気かしら?)
レティーナのひとつ年下、17歳となる父方の従弟フレディとは幼いころから仲がよく、レティーナの境遇を心配してまめに訪問してくれたり手紙を送ってくれたりしていた。唯一気遣ってくれる優しい従弟の存在にずっと救われている。
けれどもう一年近く、フレディからはなんの音沙汰もない。
学園を卒業してからは城で文官を務めているので仕事が忙しいのだろうとは思うけれど、無理をしすぎて体調を壊していないか心配でもあった。
ぼんやりと考え事をしていると、じゃりじゃりと地面を踏む足音が聞こえた。
やってきたのは年若い執事で、レティーナに冷たい視線を向けている。主の娘に対する態度ではないが、こんなところに追いやられているレティーナを気遣う使用人はいない。
「あの、なにか御用でしょうか?」
「旦那様がお呼びです。すぐに執務室へ向かってください」
「お、お父様が?!」
突然のことにレティーナは戸惑った。
ここに押し込められてから、レティーナは本邸への出入りを許されていない。それなのにわざわざ執務室に呼びつけるなんて。
躊躇していると執事が早くしろと急かすので、彼の後に続いた。
「失礼いたします。レティーナ様をお連れしました」
「し、失礼します」
執事に促されて執務室に入ると、机に向かっていた父が顔を上げた。その表情は冷たく、レティーナを鬱陶しそうに睨みつけてくる。
昔からずっとそうだった。わかっているのにこの視線に怯えてしまい、体が自然と竦んでしまう。
「遅いぞ、グズが!呼ばれたならさっさと来い!」
「も、申し訳ありません」
「ふん、まあいい。お前は子爵家から除籍した。これがその書類だ」
父から書類をバサリと投げつけられた。
数枚の紙がはらりはらりと舞う中、レティーナはなにを言われたのかすぐに理解できなかった。茫然としていると父に怒鳴られる。
「さっさと確認しろ!」
体がビクンと揺れ、のろのろと地面に落ちた書類を拾い上げて目を通す。そこにはレティーナが子爵家から除籍された書面が揃っていた。書いたはずのない自分のサインまできっちりと入っている。
「わ、私はサインなんて……」
震える声で呟くと、父は真っ赤な顔をして怒鳴りつけた。
「黙れ!これはお前がサインしたものだ!」
「で、ですが私は」
「黙れと言っただろう!これはもう決定事項だ!そもそも社交デビューもしていない、学園にも通っていないお前は家の恥でしかない!そんなお前をいつまでも家に住まわせてなんになる!」
レティーナはボロボロになったワンピースをぎゅっと握りしめた。
確かに貴族なら当たり前の社交デビューもしていないし、学園にも通わせてもらえなかった。もう何年も令嬢らしい生活なんてしていない。
でもそれは両親が強いたことではないか。
「それからフレディは我が家の養子となった。それでお前は奉公に出す」
「っ!」
「除籍した以上お前はもう赤の他人、なにがあっても戻る場所はないと肝に銘じておけ!ここを発つのは一週間後になるが、それまでは今までどおり小屋で大人しくしていろ。わかったな!」
父の言葉に愕然としていると「早く出ていけ!」と怒鳴られてしまう。執事に強く腕を引っ張られて廊下に連れ出され、目の前でバタンと扉が閉められた。
レティーナは混乱していた。つい先ほど言われた言葉が頭の中でグルグルしている。
(フ、フレディが養子になったなんて……。そ、それに本当に除籍されてしまったの……?)
昔から両親はフレディを養子にしたいと願っていた。本来であれば一人娘のレティーナが婿をとり跡を継ぐはずだが、両親はそれをよしとせず甥のフレディに跡を継がせたがっていたのだ。
ただそうなるとレティーナの行き場がなくなってしまうので、気を遣ったフレディがずっと断ってくれていた。それなのになぜこんなことになっているのか。
突然の出来事に頭が混乱して動けずにいると、金切り声が辺りに響いた。
「こんなところでなにをやってるの!」
その声に反応してレティーナの体中に緊張が走る。
ヒステリックな母からはしょっちゅう頬をぶたれるので身構えるのが癖になってしまった。そういう意味では暴言だけの父よりも苦手な存在かもしれない。
「こんなところでなにをしているのか聞いているのよ!」
「落ち着いてください、伯母上」
母とは別の知った声が聞こえ、レティーナは廊下に目を向けた。
そこには苛立ちを隠しきれない母と、それを宥めるようとしているフレディがいる。久しぶりに会ったフレディは短く整えた髪を後ろに撫で付け、以前に比べ洗練されたようだった。
フレディがいることで少し落ち着きを取り戻したレティーナは、小さな声で返事をする。
「あの、お父様から呼ばれて……その、除籍したと……」
すると母はいやらしく口角を上げた。
「そう、聞いたのね。これでお前との縁がようやく切れたわ。清々するわね。ねえ?フレディ」
「そうですね」
小声ながらも同意の言葉に、レティーナは目を見開いた。いつものフレディなら困った顔をするかやんわりと否定するかだったのに、母の言葉に頷くなんて思ってもみなかった。
「フレディ……」
青ざめたレティーナがフレディを見ると、彼は気まずそうに視線を逸らす。その隣では母が満足そうに笑みを浮かべた。
「フレディもようやくわかってくれたのよ。お前が我が家にとっていかに不要な存在かということをね。さあフレディ、あなたからもきちんと伝えてあげなさい」
母に急かされたフレディは、意を決したようにレティーナを強く見据えた。
「レティーナ、僕は第二王子殿下の執務室に転属するんだ」
聞いた瞬間、レティーナは頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けた。