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第2章第1節

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「……ォーク、起きな。クォーク!」


耳元で怒鳴られ、湊はビクッとして起き上がる。寝ぼけていた眼を凝らすと、そこは見覚えのない部屋だった。ベッドの傍らには、やはり見覚えのない中年の女性が腰に手を当てて仁王立ちしている。どことなく、自分の母親に似ているような気がした。


「いつまで寝てるんだい? こんなんじゃ明日の面接だって遅刻しちまうよ」


面接……何のことだろうと湊は考えを巡らす。けれども、まったく心が当たりが無かった。それより……と記憶を辿ろうとしたところで


「クォーク、何をボーッとしてるのさ。早く起きて食事を摂りな」


と女性に遮られる。


今、何と呼ばれたのだろうか。その女性は「クォーク」と言った。クォーク? どのクォークなのか。


女性が部屋を出て行ったのを見計らい、湊はベッドから起き上がって鏡を探す。壁にかかった古い鏡。きれいに研磨されていないからか、ところどころ歪んで見える。そこに映っていたのは自分ではなく、かつて湊が読んでいた「アルダスとダブラー:二人の錬金術師」の挿絵に登場するクォークそのものだった。


思わず大きな声が出て、湊は慌てて口を押さえる。頬をつねってみるが普通に痛かった。パントマイムのように手を動かしたり、表情を変えてみたりする。やはり、鏡の中の人物も同じように動いていた。


湊は鏡に映るクォークをまじまじと見つめる。自分とは違うきれいな顔立ち。透き通るような白い肌に、まつ毛の長い大きな瞳。額の生え際からまっすぐに伸びる髪の毛は、耳の上で切り揃えられているが、伸ばしたら女の子と間違えられるかもしれなかった。


繊細な輪郭に反して、口元にはわずかながら皮肉げな歪みが宿っている。そのせいで、どこか冷ややかで人を突き放すような雰囲気が漂う。そんな違和感を覚えながらも、湊はこれが自分の顔なのだと、改めて胸に刻み込んだ。


確か、自分は社屋から飛び降りて死んだはずである。なのに、こうして生きている。春原湊ではなくクォークとして。これがライトノベルの界隈で流行している「転生」なのだろうか。


それにしても……と湊は鏡から目をそらす。よりによって、あの傲慢で鼻持ちならないクォークになってしまうなんて。どうせなら、まったく別の人物になってアルダスを助けたかった。そうすればダブラーだけでなく、クォークも打ち負かすことができただろう。


そんなことを考えているうちに「クォーク! 早くしな」と怒鳴り声が聞こえて、湊は寝間着姿のまま部屋を飛び出した。

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