第14章第2節
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昼下がり。湊と石動は社長室で休憩していた。湊が作ってきた二人分の弁当はすっかり空になっている。石動のために大きな弁当箱を用意したが、それでもまだ足りないらしい。湊のおかずやご飯も少し分けてあげた。
石動はスマホに夢中になっている。湊が読んでいたネット小説「アルダスとダブラー:二人の錬金術師」を教えてあげたのだ。石動は太い指で力の加減を知らずに画面をタップしたり、スワイプしたりする。スマホを壊さないか、湊はひやひやしながら見守った。
やがて昼休みが終わる頃、石動は顔を上げて「読み終わったぞ」とつぶやいた。椅子にもたれかかると、大きな体をうんと伸ばし、満足げに一息つく。
「面白かった。おまえが夢中になるのも分かるな」
「そう言っていただけて嬉しいです」
湊はつい、いつものように丁寧な言葉を返す。けれども、その胸の奥には、石動と物語を共有できた喜びがじんわりと広がっていた。
「それにしても……あのダブラーってやつ、なかなか良い男だな。ぶっきらぼうだけど、想いがまっすぐで、やるときはやる。ま、俺に似てるけどな」
冗談めかしたその言葉に、湊は思わず吹き出しそうになった。
「そうですね、似てるかもしれません」
笑いながらそう答えたが、内心では別の感情が芽生えていた。
石動がダブラーを気に入ってくれたことが、なぜかとても嬉しかった。夢の中で確かに存在していた彼の姿が、現実の中でも肯定されたような気がしたのだ。
しばらく沈黙が流れたあと、石動が不意に問いかける。
「……で? おまえは、アルダスとダブラー、どっちが好きなんだ?」
以前の自分なら、間違いなくアルダスを選んでいただろう。けれども……今はもう違う。
夢の中で、あの人は何もかもを包み込むように愛してくれた。触れられた心は、まだほんのりと湊の中にぬくもりを残している。
「……ダブラーです」
湊は少し頬を赤らめながら答えた。それが石動を勘違いさせたらしい。
「そうだよな。俺に似てるもんな」
午後からの仕事の準備をしていた湊の手を捕らえて抱き寄せる。
「しゃ、社長。誰かに見られますよ」
「“社長”って呼ぶな」
「じゃあ、直哉さん……」
「そうだ」
石動は満足げに頷く。そのまま、唇を重ねてきた。ふと、何かに気づいたような顔をする。
「そうだ。おまえに渡したいものがあるんだ」
そう言ってジャケットの内ポケットから、小さな箱を取り出した。湊が不思議そうな顔をしていると、照れくさそうに笑う。
「開けてみろよ」
箱の中には、金色の指輪が静かに収まっていた。湊の指のサイズにぴったり合いそうな、シンプルだけど温かみのあるデザイン。
「直哉さん……」
「18金の安物だけどな。つけてくれるか?」
湊は何も言えず、ただ頷いた。震える指で左手の薬指に嵌める。柔らかな金色が窓からの光を浴びて、淡く輝いていた。
「……似合ってる」
石動の声は少しだけかすれていた。そのまま湊を胸に抱きしめる。
「俺がダブラーなら、おまえはクォークだな」
「やめてください。あんなに性格は悪くないですよ」
「そうだったな。おまえは可愛くて素直で……」
もう一度唇が重なる。
「世界でたった一つの、俺の宝物だ」
湊を見つめる眼差しは、真剣そのものだった。
「……そんなこと言われたら、もう離れられませんよ」
「本望だ。俺たち、一緒に生きていこうぜ」
「もう……仕方ない人ですね」
愛しい人に向けて尖らせた唇が、次の口づけを誘う。大きく見開いた湊の瞳には、確かに石動が映っていた。




