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君の瞳に映りたい~恋と錬金術~  作者: 石月 主計


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第12章第4節

-4-


王室からの依頼が一通り片付いた夜。湊は久しぶりにクォークの母親と夕食を囲んでいた。テーブルには腸詰や豆のスープ、焼いた卵、しっとりとしたチーズ、ふかふかの白いパンが並ぶ。舌鼓を打つ湊に、彼女は満足げに言った。


「ダブラー様々だね。こんなに豪華な食事ができるなんて」


彼女の服装も良質な生地のものに変わっていた。実の親子ではないとはいえ、こうして「息子」と呼んでくれる存在に報いることができたのは、湊にとって何より嬉しいことだった。


かつて噴水の水で空腹を紛らわせていた自分はもういない。そんな実感が、胸を温かく満たしていた。


「素直になって良かったじゃないか」


クォークの母親が感慨深げに言ったそのとき、戸を叩く音が響いた。


「こんな時間に、いったい誰だい」


「ダブラーかもしれません。母さんは座っていてください」


湊が扉を開けると、そこには思いもよらぬ人物が立っていた。


アルダスだった。


目の下には薄い影ができ、頬も少しこけて見える。まるで初めて会った時のように。


「……久しぶりだな」


湊は言葉を飲み込む。


「……お久しぶりです」


アルダスの瞳がかすかに揺れた。そこに湊が映ることはない。昔も今も……。


「店の経営が厳しいんだ。客足も途絶えてしまって……。エリックが問題を起こして、訴えられたりしてな」


湊はただ黙って、アルダスの言葉を聞く。


「おまえがいなくなって、ようやく分かったよ。どれだけ店を支えてくれていたのか……」


湊は視線を落とす。今でも覚えている。最初に「弟子にしてくれ」と懇願したあの日のことを。あの日から精一杯頑張ってきたつもりだった。


「ミレイユが……祝福の香を差し替えたって、白状した。私は……それを自分の力だと勘違いしていたんだ。どうかしていたよ」


痛みをこらえるような声に、湊の胸がぎゅっと締めつけられる。本当は助けてあげたかった。あなたの傍にいて、支えてあげたかった。でも、今となっては叶わなかった。


「もし、まだ遅くないなら……戻ってきてくれないか」


アルダスの言葉は、かすかな望みに縋るようなものだった。目をそらしたくなるほどに弱々しくて。


(そんな目をしないでください……)


湊は苦しみをこらえるように、強く唇を結んだ。そして、絞り出すように言う。


「……僕は、今、幸せです」


アルダスは凍りついたように動きを止めた。


「そ、そうだよな……私は……おまえに優しくなかった……」


戸惑うように呟くアルダスに、クォークの母親が口を挟んだ。


「帰っておくれ。うちの子はもう、ダブラー様の弟子なんだよ」


湊は驚いて彼女を見たが、その目は穏やかで、優しさに満ちていた。


「今の暮らしがどんなにありがたいか、あんたには分からないだろうけどさ。もう、邪魔しないでおくれ」


湊は一歩前に出て、アルダスに向き直る。


「……ごめんなさい。僕は、もう戻れません」


最後にそう告げると、アルダスは小さく頷き、静かに背を向けた。細い背中が闇に消えてゆく。追いかけたい衝動を、湊は懸命にこらえた。


扉を閉めた瞬間、ぽろりと涙が零れた。クォークの母親がそっと湊の頬に触れる。


「辛かったね……でも、よく言ったよ。あんたの選んだ道なんだもの」


湊は首を横に振る。


「泣いたら……ダブラーに悪いですね」


笑おうとした唇が、震えた。


「いいのさ。あんたは、間違ってなんかいないよ」


湊は何度も頷いた。自分に言い聞かせるように。



夜が更ける頃、湊はダブラーの腕の中で静かに目を閉じていた。


「……アルダスが来たのか」


その一言に、すべてを見透かされている気がした。


湊は黙って頷いた。


ダブラーはそっと湊の頬に口づけをして囁いた。


「俺は、おまえを離さねぇよ」


その言葉に、湊はそっと目を開けた。


「……もう迷いません」


互いの瞳に自分の姿を映し合う。重ねた手が、ぬくもりを確かめるように絡んだ。湊はようやく、決別という痛みを、愛情の中で受け止められそうな気がした。

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