表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君の瞳に映りたい~恋と錬金術~  作者: 石月 主計


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

60/69

第12章第1節

-1-


閉店後の店内は、静寂に包まれていた。


湊は来客用のソファに腰を下ろしていた。重厚な皮張りのソファは、店が王室御用達となった記念にミレイユの勧めで購入したものだ。普段は高貴な客をもてなすための場所。そこに座る自分が、いまや“よそ者”の立場であることに、湊はわずかな戸惑いを覚えていた。


向かいのソファにはアルダスが座り、腕を組んで視線を逸らしている。その横に立つミレイユの表情は険しく、さらにその隣で、エリックはどこか勝ち誇ったような目で湊を見下ろしていた。


「それで、話とは何だ」


沈黙を破ったのはアルダスだった。苛立ちを隠そうともしない声。


湊は深く息を吸い込んでから言った。


「この店を、辞めさせていただきたいのです」


空気が凍りついたような沈黙が広がる。


「ふん。いつかはそうなると思っていたよ。……ダブラーの店に行くんだな?」


アルダスの声には、怒りとも諦めともつかない感情が滲んでいた。湊は小さく頷く。


「勝手にしろ。……裏切り者が」


アルダスは吐き捨てるように言い残し、勢いよく立ち上がると作業場へと消えていった。その背中を追うように、エリックも視線すらよこさずに去っていく。


残されたミレイユは、ため息をつきながら湊の隣に腰を下ろした。


「本当に……行ってしまわれるのですね」


その声はどこか寂しげで、左手は湊の袖口をそっと掴んでいた。薬指には、アルダスから贈られた指輪が輝いている。もちろん、それが湊の手によって作られたものだとは知らない。


「あなたがいなくても……この店はやっていけるのかしら」


「大丈夫です。ミレイユ様がいらっしゃいますし、エリックも立派に育っています」


湊がそう返しても、ミレイユは黙ったまま自分の腹に手を添える。まだ膨らみ始めたばかりの命。彼女の不安は未来へと続いていた。


「……アルダス様に手柄を横取りされたのが、面白くなかったのですか?」


彼女の問いに、湊はすぐ首を振る。


「違います。ただ……もう、僕はアルダス様に必要とされていない気がして……」


それは半分本音で、半分は嘘だった。必要としなくなったのは、自分の方かもしれない。


作業場からアルダスに呼ばれたミレイユが立ち去ったあと、湊も静かに席を立った。扉へ向かう途中で、入れ替わりに現れたエリックが声をかけてくる。


「この店にいた方が、あなたのためにも良かったと思いますけどね」


「僕がいない方が、君も伸び伸びできるだろ」


「……せいぜい後悔しないように。もう戻る場所なんて、ありませんから」


湊はその挑発的な言葉に笑みを浮かべただけで、何も言い返さなかった。


店を出ると、冷えた夜風が頬を撫でた。城壁のそばではダブラーが腕を組んで待っている。その姿を見た瞬間、湊の胸にぬくもりが灯った。


「遅いじゃねぇか。心配で、今にも乗り込もうとしたんだぞ」


「大丈夫。アルダス様は……辞めていいと言ってくださいました」


湊の言葉に、ダブラーは目を細め、そっと手を差し出す。


「辛かっただろ?」


「……いいえ。もう、すっきりしました」


本当は少しだけ泣きたかった。でも、今は隣に心から愛する人がいる。


「僕はあなたと一緒に生きるって、決めたんです」


繋がれた手に力が込められる。


「……ったく、可愛いこと言いやがって。そういうの、我慢できなくなるだろ」


歩く速度がほんの少し早まる。湊はますますダブラーが愛おしくなった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ